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光と水と柑橘類。過去日記

















































































日記が消えました。

サーバーに障害が出たとかで、日記が消えてしまいました。まぁいいですけど。こういう事も本当にあるんだなぁ、としみじみ実感しています。

今日は昼過ぎまで寝ていました。なにしろ気付いたのが正午頃。日々疲労は蓄積されるものと見えて、おまけに昨日は大阪くんだりまで観劇に行っていた訳で、疲れて当然かもしれません。

そんな訳で気が済むまで眠ったのち、食料の買出しに出かけて今日は終わりました。ちなみに夕食はひとりで鍋を作りました。なんか白菜が安かったので。美味でしたわ。

2006年10月29日(日)No.1


秋の日は釣瓶落とし

ちょっと前までちょうど大学へ向かう途中に、まさしく逢魔が時という時間帯だったのが、最近では既に夜になりかけていて、秋の日は釣瓶落とし、なんて言葉が思い浮かんだりしています。

逢魔が時(と私が勝手に言っている時間帯)は、実際のところ不思議なほど現実感が希薄で、もし今、鬼が出てきて目の前で車をむしゃむしゃ食べちゃっても私はぼんやりとそれを眺めているだろうな、と思うくらいには非現実感が漂うときでした。

どんな時間帯が、そんな非現実感が漂うときなのか、というと、それは昼と夜の境目、夕焼けの赤い空ではなくて影がない時の事です。私はそういう時間帯が何故か、とても現実感が希薄に感じているのです。そんな状態で車の運転なんかしちゃってる訳ですけど(爆)。

そんな希薄な現実感を味わう時間帯は、一日の中でもう一度あって、つまり夜と朝の境目でした。空が白々と明るくなる時間帯は、まさしく白ける時間帯でもあります。そうした事をつらつらと考えていたら、なんだか太陽って偉大だな、なんて思いました。

そういえば、今夜はなかなかに見事な半月でした。

2006年10月30日(月)No.2


学校はお休みでした。

学祭とかいうので学校がお休み、なので仕事が終わった後の時間を買い物でもしていこうかと考えていたら、3連休に帰省するという同期が電車の時刻まで時間が空いているので一緒に行きたいと言い出し、私としては大変珍しいのですが二人連れで百貨店に出向いたのでした。欲しかったのはブーツでしたが、サイズとか型とか、いろいろ気に入るものがなかったので購入は見送り。同行者と足のサイズを測ってもらったり本を買ったり食事をしたり、最後に彼女を駅まで送り届けて終わりました。

同期の彼女は勤め先には珍しく、理系人間です。なので文系の人の考え方が判らないらしい。文系の私には理系の人の考え方は判りませんが、とりあえずいくつかの事例を挙げて私はこんな風に考える、と説明したところ、何かヒットしたらしく、非常によく判ったと、そんな事を言ってくれました。私が思うに文系と理系の違いは、応用が効くか否か、という事でしょう。私は物事を、例えば漢字の読み方のように捉えます。人名漢字を、どれだけどうしてこんな風に読むんだろうと疑問に思っても、そう読むものだ、と片付けるしかない、それは理屈ではなくてそういうものだからです。物事をそうやって捉える私にとっては、世界を支配する方程式を解く事にさして意味はなく、方程式で示された結果を「そういうもの」として理解する事に意味があります。彼女に世界云々の話をした訳ではありませんが、どうやら理系と文系の違いはそんなところにあるみたいですね。

まぁそれはともかく、買い物なんてほとんどしなかった割には結構楽しかったのでした。

2006年11月2日(木)No.3


牛乳を使った料理

最近牛乳を飲むようになりました。生臭いのが苦手で長らく縁がなかったのですが、胃の不調で、そういえば牛乳は胃にいいんだっけ、と思い出し、毎晩ホットミルクを飲むようになった次第です。でも生臭いのが苦手なのは相変わらずなので、砂糖を入れています。めちゃ甘。

3連休どこにも出かけずに引きこもっていたせいか、胃痛が現れる事はなく。でも今日買い物に出かけようとした時から胃が重くなりました(苦笑)。

で、その牛乳ですが、賞味期限が切れるより前に飲みきれるか心配になったので、今夜は牛乳で煮込み料理を作ってみました。根菜類をざくざく切って洋風ブイヨンと牛乳でひたすら煮込んだだけですが、味はともかく、沸騰した時の泡立ちが半端じゃなくて、それが鍋肌にこびりついたのであとで洗うのがちょっと面倒でした。

ホットミルクに砂糖を入れていると知人に話したら、砂糖の代わりにメープルシロップでもいいよ、と教えてもらったので早速買ってみました。牛乳もメープルシロップも、安眠効果があるようで。牛乳以上にメープルシロップを口にするのは久しぶりですが、こんな風に食べ物の種類がいっぱいあるって素敵☆と思いながら食欲の秋を満喫しています。

2006年11月5日(日)No.4


8℃

寒いなぁと思いながら車の運転をしていたら、橋にある温度計には8℃と表示されていました。そりゃ寒いはずだと思いながら帰宅してカレンダーを見たら今日が立冬である事を知りました。二十四節季って正確だと感心しました。

この部屋に越してきたのは確か4月の事でした。なので本格的な冬の装備というのが全然存在しません。本格的な冬の、なんていうと、例えば雪かきの道具とか保存食とか、なんかそんなのを想像していまいますが(笑)、単純に冬服と冬用の寝具の話です。。。このところ休みの日に出かけたり寝倒したりしていたので、全然準備できていないのでした。今度の土日にやろうっと。

2006年11月7日(火)No.5


ピアス

パンチ穴を空けられる書類になった気分でした。

何かっていうと、ピアスホールを作りに行ったんです。今までピアスは敬遠していたのですが、アクセサリーができる場所がなくなってきた事と(何しろ持っていない一般的なアクセサリーはピアスの他にはサークレットとアンクレットくらい、)ちょっと散財したい気分でもあったので、この際痛みは無視、って感じになり、でも自分でやるには私は根性無しなので、そういう専門のところに行った訳です。

結果として痛みはほとんど感じませんでしたが、ばちん、っていう衝撃が走りました。プロに任せて良かったと思った瞬間でした。こんなの素人じゃ、無理だよ、って感じで。

自分の耳が左右で違う形をしているのも、今日初めて判った事実でした。人の身体って多分ほとんど、アシンメトリーなんでしょうね。

まぁとりあえず、これであと1ヵ月後にはこのファーストピアスは取り外せます。その頃ボーナスの時期なので、何か高額な貴金属を買おうと思います。楽しみですわ☆

2006年11月12日(日)No.6


寝坊の多い日々

このところ朝寝坊する事が多くて朝食をじっくり摂っている時間がありません。結果として食材が余ってしまい、それを考えながら一週間分の食料を買ったら普段より安い金額で済みました。なんか、朝寝坊って倹約なの?とふと思った瞬間でした(←違う・・・)。

胃が痛いのは相変わらずです。仕事柄、自分のレセプトを見る事ができますが、私が先月医者にかかった際の病名は「急性胃炎」となっていました。多分これは急性ではなく慢性化していると思います。当座のしのぎとして市販の胃腸薬を買いましたが、結構効くんですね。脂っこい料理のあとに飲んだら胃痛がなかったです。すごい。胃をいたわる意味では脂っこいものなんて食べるべきではありませんが、何故かストレスが多い時ほどそういう身体に悪そうなものが食べたくなります。という訳で当分、胃腸薬を片手にストレスの多い日々を乗り切ろうと思います。

2006年11月19日(日)No.7


風邪引き

先週末くらいから風邪引きになっております。もともとの体質が頑丈なのか、風邪を引いても寝込んだりする事はまずありません。今回も咽喉と鼻がやられている以外は普通に元気です。でも、鼻詰まりが時々あるので鬱陶しいです。

発熱しない私の体質は、寝込まない代わりにいつまで経っても風邪菌をやっつけてくれません。一種、風邪菌と共存しているんじゃないかと思うくらいです。そんな訳で鬱陶しい日々はもうしばらく続きそうです。

2006年11月26日(日)No.8


銀杏吹雪

車のタイヤを冬用に交換してきました。つくづく車というものは非経済的だと思います。今回の冬用タイヤも高いのなんのって。まぁいいですけどね。

ディーラーのところへ行く途中、見事な銀杏並木のある道路を通りました。桜吹雪ならぬ銀杏吹雪でした。見惚れました。

銀杏の葉っぱは黄金色(こがねいろ)。黄金色は太陽の色。
落葉の色は太陽の色をそのまま映しているのだと、そんな事をふと思いました。

2006年12月3日(日)No.9


無題

昨日は休日出勤で、ついでにその夜映画を見てきたので帰りがすっかり遅くなり、今日は気付いたら午後5時で、何をする事もなく一日が終わりつつあります。

映画は「エコール」。
何か不思議な感じの映画でした。
6歳から12歳までの女の子ばかりが森の中の学校と寮で暮らし、ダンスと自然の生態を勉強しているのです。森を出る事は許されず、男性との接触もない。何のためにそんな事をしているのか、という謎解きはなくて、その少女たちがどうなったのかは最後まで見ても判らないのでした。

原作本「ミネハハ」を買ったので、これから少しずつ読んでいくつもりです。

2006年12月10日(日)No.10


授業が終わって建物の外に出ると、霧の世界でした。夜の闇を白で覆い隠すような、それはそれは幻想的で素敵な光景。デジカメを持っていないのが残念でした。車でその霧の中を走ると、フロントガラスの正面にドライアイスの煙みたいな霧が押し寄せてくるのです。空気の密度を感じました。

2006年12月12日(火)No.11


自損事故?

事故と銘打つものなのか、私には判断がつきませんが、こないだの月曜日に車体に傷をつけまして、ディーラーのところに持っていったら結構な金額がかかってしまう事が判明しました。結構な金額っていうのは、車を買ったときに加入した保険の金額よりも高かったという事です。迷わず保険で修理費用を出す事に決めました。車両保険に入っていて良かったと思いました。まぁ来年は保険のランクが落ちるかもしれませんが、仕方なし。車体に傷をつけただけで事故の相手がいなかった事が幸いと思う事にしています。

そういえばピアスを買いました。ファーストピアスからセカンドピアスへ、という訳なので、プラチナかゴールドがいいな、と思っていたのですが、ピアスって案外と安いんですね。その分指輪のように、これひとつあれば他にはいらない、というそのひとつがなかなか見つからなさそうです。結局とてもシンプルに、プラチナとダイヤのピアスを買いましたが、これは当座のしのぎ。可愛いのがあれば他にもどんどん買ってしまいそうです。

2006年12月17日(日)No.12


既に年末の気分

いつの間にか誕生日を迎え、28歳です。誕生日の6日前に家族で食事会をし、自分へのプレゼントとしてピアスを買ったので、自分の中ではとっくに誕生日を越したつもりでした。私の誕生日は冬至の日です。ちゃんとかぼちゃを食べて柚子湯に入りましたよ。誕生日のイベントはそれだけ。少しずつ、いろんなものから解放されている感じがします。

土曜日はまたしても休日出勤で、仕事帰りに映画を見てきました。「硫黄島からの手紙」。本当にアメリカ映画なのかと思うくらい、日本語ばかりでした。この映画について、面白かったとかつまらなかったとか、そういう単純な感想を述べる事はできません。エンターテイメントではなくて、争っている敵方ばかりが極悪非道ではなくて、ただ、そういうドラマがあったのだと、六十何年前かに思いを馳せました。

2006年12月24日(日)No.13


年末年始って・・・、

今さらながらに、一人暮らしを始めてから初めての年越しという事を思い返しています。というのも、普段通りの食材を買いに行っただけなのに、スーパーには年越しグッズが山のように並べられていて、お客さんも山のようにいて、私としては鬱陶しい事この上ない状態で。はぁ、と思わず溜め息です。

私としては鏡餅を飾って、黒豆と蕎麦を買って、年越しと新年の準備はそれで終わりです。ひとりだと、ああした大仰な年始グッズは要らないですしね。本当はミニ門松やしめ縄なんかを玄関に飾りたかったのですが、そのあと捨てる事を考えて止めました。この辺りのどんと焼き(?)の場所が判らないもので。

ところで、寒いです。ウォームビズとか、そんなじゃなくて、単純に電気代を気にしてあんまり暖房を入れていない私は、部屋の中なのに凍えておりますよ(笑)。動かないのでますます寒い訳ですしね。室温がどのくらいなのか、微妙に気になるので温度計を購入しようかなんて考えております。

2006年12月30日(土)No.14



あけましておめでとうございます。

混雑が始まる前に神社仏閣に初詣に行こうと思っていたのですが、ちょっとした事情により中止になりました。気を取り直して花びら餅を手土産に実家に顔を出し、夕食を食べてきました。一家団欒、なんでしょうか・・・(笑)。

某有名な占いによると、私は今年からダイサッカイとやらに入るらしいです。母が結構熱心に見てまして。私自身はあんまり興味ないんですが。どちらかというと私は迫り来る厄年の方が恐怖です。

時々思うのですが、生きるというのは、結局選択の積み重ねな訳です。私たちは一刹那ごとに選択をし続けなければならない。で、占い師さんとか、そういう大きな力を持っている人というのは、その選択肢を引き寄せる力が強い訳ですね。普通の人でも、特定の未来の選択肢を心の中だけでも実際に声に出してでも一瞬でも選択すると、その選択肢が、他の選ばれなかった選択肢よりも強大なものになるんですが、力を持つ人がそれをやると、さらにそれは強烈な事になる訳です。占いっていうのは、原理としてはそういうものなのではないか、とまぁ時々考えるんですが。選択肢を引き寄せて固定する。自分のならばともかく、他人のまでできるというのは、私からすれば空恐ろしいですけどね、それができるのが力ある人の所以なのでしょう。

さてそんな事はどうでも良く。新年早々黒猫が前を横切ってくれましたけど、別に気にしてないです。。

そんな訳で(笑)、今年もよろしくお願い致します。

2007年1月1日(月)No.16


遅ればせながら、、、

ようやく初詣に行ってきました。元日から6日目なのに、神社もお寺も人でいっぱい。私みたいな人も結構いるみたいです(笑)。

修理に出していた車がようやく戻ってきました。愛車に乗ってみて判った事は、結構代車にも慣れていたらしい、という事。アクセルやブレーキの踏み方からハンドルの位置や重さまで、結構違和感ありありで。おかげで今は愛車なのに、おっかなびっくり乗っている状態です(笑)。

2007年はともかく、平成19年なんですね、今はもう。なんだかその数字にまだ慣れていなくて、時の経つのは早いなぁ、なんて仕事始めに思いました。

2007年1月6日(土)No.17


ニュースで伝えられた通り、結構な雪が降りました。雪の日は空までもが白くて、多分私はそれが好きなんだと思います。

さて、そんな雪をものともせず、というか、昼過ぎには雪は止んで道路の雪も解け始めていたのですが、母と買い物に行ってきました。母は、友人や姉とは買い物に行ったけど私とは行っていないから、行きたい、とのたまうのです。昼食をご馳走する、との事だったのでつられて(笑)、付き合ってきました。ちなみに昼食は飛騨牛のひつまぶし。うなぎが牛肉に変わっただけですが、美味でしたわ♪

買い物といっても私が欲しいものはピアスくらいしかなくて、いろいろ見て周ったのですが、これといったものはなく。その後、百貨店ではなく、商店街の中にある貴金属を扱うお店で素敵なものを見つけました。買いませんでしたけどね。私の場合、宝石の意味を結構重視するのです。それは宝石の加護を期待するからではなく、不用意に力のあるものを見につけたが故の副作用を心配するためではありますが。まぁその前に、ファッションアクセサリーとして販売されている宝石の数々は、かなり安っぽい、、ような気がします。なんというか、薄い、ような。私はもっとゴージャスで、簡単に取替えのきかないものが好き、みたいです。プレゼントにはとことん不向きですねぇ(苦笑)。

と、買い物に行った割にはなにひとつ買う事もなく本日は終了したのでした。

2007年1月7日(日)No.18


庁から省へ

本日のニュースで一番目を引いたのは防衛庁が防衛省になった事でした。前々からそういう話は耳にしていたのですが、その時期も、内容もさっぱり判らないままになっていたのですが。

少し考えてしまいました。
省になる事は別にいいと思うのです。それによって権限が増す事も別にいいと思います。ですが、本来任務に海外活動が加わった事は、どうなのでしょうね。それは既に「自衛」の枠を越えているのでは、と思います。

少し前に「法学」の講義で憲法を勉強していました。それによると、かなり特殊な読み方をしない限り現状では自衛隊は憲法違反の存在となるようです。だからといって即座に憲法を改正しようというのもまた乱暴な話。憲法というのは元々、学校や会社の規則のように、こうしましょうああしましょう、というものではなくて、政府が勝手な事をしないように、市民が政府を監視する意味で作られているものなんだそうです。それから、侵略のための戦争は認めてなくて自衛のための戦争を認めている国は多々あるけれど、どこまでが自衛で、どこからが侵略なのか、その線引きはすごく難しい事。例えば、あの国はわが国を攻撃しようとしているから先にミサイル撃っちゃえ、というのは自衛なのか侵略なのか、という事。自衛のため、という大義名分で多分侵略戦争はできるんだと思います。だから、交戦権を放棄すると明記した先人たちは(たかだか60年くらい前の人たちですけど、)かなりすごい。で、私の意見としては、今の憲法の下でも自衛隊はイラクに行ってしまったくらいだから、憲法が改正されたら、都合の良い大義名分でいずれ戦闘行為も行うようになってしまうだろう、と思うので、今の段階では憲法改正には反対。な訳です。じゃあ攻撃されても反撃できないのか、と問われたらどうにも答えられないですけどね。

憲法の話は脇に置いておいて、防衛省の話ですが、私は結局、省に格上げになる事によって何がどう変わるかを全然知らなかったのです。たまたま新聞を読まなかった日の新聞に詳細が載っていたのかもしれないし、ニュースを見なかった日に限ってその特集でもあったのかもしれないですけど。でも、ほとんど、世間の人たちはそれについて騒ぐ事はなくて、スルーパスで省になって、本来任務に海外活動が加わる事になった。そういうのが、すごく、嫌だなぁ、と思ったのです。ほとんど何も知らされないままに、考えないままに、大事な事ほど十分な審議もされずに決まっていってしまって、そうしていつか、後戻りできないくらいひどい状況になったときに初めて、どうしてこんな事になってしまったのか、と嘆くようになる気がして、すごくすごく、嫌な感じがするのです。

こういう事に関して私ができる事は、多分なにひとつないのです。私はいつも傍観者です。でも、なんだか少し書きたくなったので書いてみました。こうして書く事ができるのも平和なればこそ、ですしね。


ここを読んでくださっている方々、読み辛い文章でごめんなさい。どうか読み流しておいてくださいませ。

2007年1月9日(火)No.19


懐かしい雰囲気

調べ物があって県立図書館へ行ってみました。
この図書館へ来るのは実のところ初めてでしたが、なんとも言えない懐かしさを感じました。それってつまりは、図書館そのものの雰囲気なのです。子供の声以外はほとんど物音がしない、しんとした空間で、そこにいる人たちは皆ほとんど読物をしている。騒がしくない、学習意欲(?)に満ちた空間がこれほどまでに懐かしいとは、我ながら意外でした。私が以前どれほど頻繁に図書館通いをしていたか、そして今現在は全くそれをしていないか、という事ですね。

借りた本は「冷戦後の世界政治経済」。
「国際関係論」という講義のレポートを書かなければならないのです。
こんな機会がなければおそらく読まなかった本とはいえ、こういう義務のような形で本を読むのは少々辛いです。

2007年1月28日(日)No.20


産む機械

このところ世間を騒がせているこの言葉ですが。
先日の倫理学で先生曰く、大学生ならちゃんとした日本語を使えなければならない、とこの言葉について断定口調で熱く語られました。

先生によると厚労相は「女性は子供を産む機械」ではなく、「子供を産む機械は女性」という事を話したんだそうです。言葉の順序を入れ替えるだけで意味が全然違いますよね、確かに。後者の言葉はむしろ男性差別になるとか。

私としては機械呼ばわりした事そのものが問題となっている気がするのですが、それはともかく、そんな話を聞いてからニュースでその言葉が出てくるたびに「ちゃんとした日本語」を思い浮かべる羽目になっています。マスメディアは、本当に勘違いしているのか、それともわざとそう言って煽っているのか、どちらなんでしょうね。ちなみに新聞記事を読むと、確かに「女性は子供を産む機械」とは言っていないのですよ。人口を増やすには、子供を産める年齢の女性の数を増やすか、女性ひとりが産む子供の数を増やすか、とは言っていますけどね。そして、「子供を産める年齢の女性」というのが専門的な言葉で分かりにくいために例として「機械」としている訳です。

少子化とは言うものの、ああした方々には、どうして子供の数が減っているのか、根本的には分かっていないんだろうなぁ、と思います。私の見解は、男も女も関係ない、性別にとらわれる事なく生きなさい、とずっと教育されたきたせいじゃないかと思っています。だって、結婚しなくたって子供を産まなくたって、後ろ指を差される訳じゃない。それより他に選択肢がなかった時代じゃないのです。教育によって変わってきた考え方に、現状が追いついていないのだと思います。

2007年2月1日(木)No.21


フランスパン工房

思わずスーパーで手にとってしまった「フランスパン工房」というお菓子。おやつカンパニーが作っています。美味しかったです。フランスパンをポテトチップスみたいに薄くして、味が付けてあるのです。揚げてあるのかは不明。

お菓子や太るものが大好きなので、全然痩せません。昨日は恵方巻きを食べたので本当に全然駄目駄目ですな。

で、電気屋さんで「ジョーバ」という機械を見てきました。この機械が開発か発売かされた時に新聞記事で読んだのですが、最近になって一般化してきたようなのでどんなものかと試してきました。面白いといえば面白いですね。なにより自分から動かなくていいというのが宜しいです。でも本当に痩せるかどうかは、、、やってみないと判らないのですが。まぁ、値段がかなり良いので、、、。似たような機械が他の会社からも出ていますけど、そっちも試してみたんですが、やはり値段が高いだけあって、本家本元が一番良いような気がしました。

ダイエットマシーンも欲しいけど、電子ピアノも欲しいです。そんな訳で最近の私は物欲にまみれています。

2007年2月4日(日)No.22


チョコレートを買いに

ようやく学校の試験が終わり、後期の日程が終了しました。
そんな訳で現在はつかの間の休み。残業をばりばりやってお金を稼ごうと思います(笑)。
ところで、この残業ができる、という事で、私が学校が休みになった、と知った会社の人たちは何故か、いいね〜、と言いました。何がいいんだろ・・・。。休みになったらアルバイトをしてお金を稼ぐのが正しい学生のあり方よ、と言った人も。私の本職は学生ではありませんけどね。やれやれ。

とりあえずは料理をしたり本を読んだり。のんびりした日々を送りたいです。
で、今日は間近に迫ったバレンタインデーのためにチョコレート売り場に行ってきました。毎度の事ながら美味しそうなチョコがたくさん。贈り物用と自分用とでは、絶対に自分用の方にお金をかけている人が大勢いると思います。私は見ているだけで十分ですが。

そうそう。なんだかふと食べたくなって豚汁を作りました。牛蒡と里芋と人参と豆腐と、あと豚肉。豚汁には泥臭いというか、野趣あふれる素材が似合うと思います。なんだか私の中では玉ねぎとかじゃがいもっていうのは、上品というか、洋風な感じがするのですね。牛蒡の下ごしらえが結構面倒でしたが、なかなか美味にできました。ところで私、こうした牛蒡の料理とか、実際に作った事はありませんでした。母が作っているのを横で見ていただけで。料理はまず見て覚えるものだ、と巷では言いますが、どうやら本当のようですね。。

2007年2月11日(日)No.23


予定調和

いろいろあって、へろへろになっていたので2週間ぶりです。
この土日はずっと寝ていました。
2日間で30時間くらいは寝たような・・・。

えーとまず、学校の日程が終了したので、夏にお世話になった先生方に挨拶に行こうと思い、予定をメールで聞いてみたのが2月10日の話。そこから3日間くらいで結構何度もやり取りをして日程を決めたのが12日。この時期は忙しいのでずっと研究室にいます、なんてメールに書いてこられたので、意味を図りかねて戦々恐々としたりしてました。つまり、忙しいからこんな時期に挨拶なんかに来るな、という意味なのか、それとも忙しいのが終わったら夜に研究室にいないから忙しい時期の方が都合が良いという意味なのか、という事です。メールでの言葉足らずを十分に理解しながらも、どうしようもないので予定の日に挨拶に行ってきました。手土産持参で。なんか、普通に和やかに話は弾み、いつもの事ですが考えすぎを反省したのが15日。同日に実は母方の祖母が亡くなっており、通夜だったのが16日。祖母が亡くなった知らせを聞いたのが仕事が終わってからだったので、仕事の引継ぎのために会社に出かけ、引継ぎと休暇届色々を済ませて大急ぎで百貨店で喪服その他を買いました。制服を着なくなってから誰かが亡くなるのは実は初めてで。わずか1時間ほどで13万円くらいの買い物をしました。いざという時の自分の決断力に感心しつつ、翌月のクレジットカードの引き落としが怖いなぁ、なんて。それから美容院で髪を整え、葬儀会場へ行き、読経したり親戚の家系図のややこしさに頭を抱えたり。一応実家に泊まる予定だったのですが、いろいろあって深夜2時くらいに自分の部屋へ戻りました。ここまでが16日の話。17日は目の下の隈を嘆きつつ、普通に葬式をし、火葬場で骨になるのを見届け、お寺で初七日まで済ませました。それから食事を戴き、実家に帰宅したのが午後6時か7時くらい。あまりの眠気に動けず、しばらく仮眠を取ってからようやく自分の部屋に帰りました。18日は何もできず一日中眠りました。

という訳で先週ではなく、先々週のあまりの睡眠不足をここまで引きずってしまい、なんにもできなかった次第です。まぁ2日間寝たので、また明日から頑張れるかな、とも思います。

ところで、タイトルの予定調和は、なんとなく祖母を見て思った言葉です。
祖母の亡くなり方は私からしたら結構理想的でした。
子供と孫と曾孫に祖母は見送られた訳ですが、平凡ではありながらもそれが一番理想ではないかと私は思うのです。
誰の死も等しく予定調和の中に組み込まれているのでしょうが、けれど、その死に至るまでにはそれぞれ語り尽くせぬほどのドラマがあって、命というのはそのドラマの事なんだと思ったりもします。

そんな訳でそろそろ2月も終わり。最近は図書館で本を借りてきたので読書三昧の日々です。

2007年2月25日(日)No.24


隈とほお紅

このところの睡眠不足がたたってか、目の下に盛大な隈が出現しました。ひぃぃ、とムンクの叫びみたいな悲鳴を内心であげて、化粧品売り場のお姉さんに相談してみました。勧められたのは目の周りに塗る美容液。隈の他にくすみにも効くそうです。早速お風呂上りに塗り塗り。しばらくすると、じんわりと温かくなる感じがしてきて、これは効きそうだと就寝したのですが、隣の部屋の大学生の坊やたちがにぎやかに宴会をやっている声に起こされてやっぱり睡眠不足のまま。隈は消えませんでした。ちっ。

最近はもう、眠りたい時に限って睡魔はやってきてくれなくなりました。眠ってはいけない時に限っては睡魔は意地悪くやってきます。こんなところで老化現象を意識しています(笑)。

化粧品売り場ではもうひとつ、ほお紅を購入しました。要は隈が目立たなければ良い訳で。口紅の他に目立つ色があればそちらに目が行くだろうと考えてやはり相談してみたら、ほお紅を勧められました。実際にやってもらったら、なんか顔の中心がはっきり頬だと分かるような感じになったので、買ってみました。

化粧品ひとつにしても、結構面白いものですね。

2007年3月5日(月)No.25


足萎え

約1年続いている、慢性的な運動不足により、少し走っただけで足がガクガクです(笑)。以前も運動不足には変わりなかったのですが、それでも電車通勤だったので、駅から会社とか、駅から家までは歩いていたのでした。それに駅周辺に書店とか買い物するところとかもあったので、結構普通に歩いていたんじゃないかな、と思います。といっても今でも歩くのには支障ないですよ。もしかして昔も走ったら足がガクガクだったのかもしれませんし(爆)。

そんな訳でそろそろ運動不足を本格的に解消すべく、何か手を打たないといけないのかもしれません。そうは言っても、運動が嫌いな私なので、結局長続きしないと思いますけど。要は否応なしに運動せざるを得ない状況が一番望ましいのですが、なかなか難しいです。

ところで、現在は3月7日午前6時前。隣室の大学生の坊やたちがうるさいのは以前にも書きましたが、結局たまたま睡眠の浅いときに、そういううるさい声を聞かされるともう眠れなくなってくるのですね。深い睡眠の時は問題ないのですが。まぁそんな訳で早朝にも関わらず、眠るのを諦めて起きているのでした。起きてしまったのは、確か0時くらい。そろそろ覚醒して6時間くらい経ちます。坊やたちだけが悪いのではなく、例えば今回は、昨晩20時くらいに眠ってしまった私にも問題はあるのですけどね。眠いには変わりないです。

2007年3月6日(火)No.26


これは何かの呪いなのか?と一瞬真剣に思いました。或いは私は何か罰当たりな事でもしただろうか、とも。

この間の桃の節句に、既に冬用タイヤからノーマルタイヤへ交換してきたのですよ。その頃妙に暖かくてもうこれ以上雪なんて降りようがないだろうと思ったし。なのに・・・、という訳です。やっぱり昔の人の格言は参考にしておくべきですね。「暑さ寒さも彼岸まで」ということわざか格言か、知りませんが。

で、普通にノーマルタイヤで出勤しました。
「盛大に呪詛の文句を吐き散らしながら」行こうと思ったのですが、吹雪がフロントガラスに当たる様が思いの外綺麗だったのと、ノーマルタイヤでも全然安全っぽかったので、普通に静かにラジオを聞いていましたよ。一度くらい呪詛ってものを吐いてみたいものです。

このところ土日はずっと引きこもりという、自堕落な生活になっています。そういう時は気力が尽きているので、料理もまともに作りませんね。一度だけ、あさりのお吸い物を作ってみました。なかなか美味でした♪

2007年3月12日(月)No.27


美術館めぐり

土日をかけて、東京の美術館をいくつか周ってきました。

主目的は国立新美術館に行く事。
建物そのものを見てみたかったし、会期が迫っていたオープニングの展覧会も見たいと思ったのでした。

この美術館には常設展が存在せず、全て企画展のみとなっています。美術品の収集を行わないのです。いわば箱だけ。それは果たして美術館と呼ぶべきものだろうかと疑問もありますが、東京という抜群の集客力のあるところでは、そういう形態のものがひとつくらいあっても良いのかもしれません。

国立新美術館で見た展覧会は、次の3つ。
「異邦人たちのパリ 1900−2005」
「20世紀美術探検−アーティストたちの三つの冒険物語−」
「黒川紀章展 機械の時代から生命の時代へ」
森アーツセンターギャラリーで、
「グレゴリー・コルベール展」のプレを、
そしてお台場に設置されたノマディック美術館で
「グレゴリー・コルベール展」の本式を見ました。

2日間で詰め込みすぎたせいもあり、未だ頭の中が整理できていないので特に感想はありません。作品についての感想は、もう少し時間が経って自分の中で整理され終わったらいずれ言葉になるでしょう。

ただ、つくづく思うのですが、年々巨大化する美術館の展示スペースに併せて作品数も多くなる傾向があります。でも、残念ながら私の体力はそれについていく事ができず、途中で疲れ果て、自己防衛の為に感覚を遮断せざるを得ない事が多いです。何でも並べて数を多くすればいいってもんじゃないやい、と思うのですが、果てさて。

例えば料理人さんは、コース料理のメニューを考えますよね。その時食べる人の体調とか、どのくらい量を食べる人なのかとか、考えると思うのです。そうして過不足なく食べ終える事ができたら、それは幸せです。それと同じ事をキュレーターさんに求める事はできないのだろうか、とふと思いました。

お台場に設置されたノマディック美術館は、移動型美術館です。コンテナを積み上げて仮設の建物を作ってあります。これを作った人は、阪神大震災の際に紙筒で作る住宅を考案した建築家です。今回も紙筒がありました。

グレゴリー・コルベールは、ひどく美しい映像を撮る人です。人と動物(鯨やチーターや鳥や猿など)が、何かの物語に沿っている映像が延々と続きます。映像と共にやはり美しい旋律が流れていました。


そういう2日間を過ごしたため、本日は非常に眠たく、眠気がまぶたに張り付いていました(笑)。まぁたまには良いでしょう。。

2007年3月19日(月)No.28


ぐったり夜行性

先週に東京で遊んできたり、それに引き続いて映画のレイトショーを見てきたりしたので、気力が尽きていました。時々ある事ですが、どう考えても休養が必要だろう、というくらい疲れているとかえって休めなくて、妙に疲れる事をしてしまったりするのですよ。それでその場はテンションが高くなって乗り切れるのですが、その後ますます気力が尽きてくるという悪循環で・・・。今回はそれがレイトショーという訳でした。

前々から地図だけは頭の中に入っている、川沿いの施設にドライブがてら出かけてみて、あと15分で日付が変わるという夜中まで映画を見ていました。酔狂な事とは思いますが、私の他にも酔狂な事をする人たち、結構いるもんです。ちなみに映画は「さくらん」。もともと監督が気になって見に行こうと思ったもので、作品の内容なんて吉原の話らしい、くらいしか知りませんでしたのでね、内容そのものはともかく。色彩美は見事でありました。あとは着物と。

そんな事をやっていたので、この週末は本当に気力がなくて、引きこもっていました。けど、行きつけのお店が春物の売出しをすると葉書をくれていたので、閉店50分くらい前にちょっとだけ顔を出してみました。・・・で、わずか20分くらいでまたもや高額な買い物をする事になりました。最近金銭感覚が鈍ってきているようで少し怖いです。

2007年3月26日(月)No.29


長距離ドライブ

一度、高速道路に乗ってみなければ、と思っていた事もあり、思い立ってドライブに出かけました。長距離と言えるかどうか、高速道路としての距離は約100キロでした。

目的地は滋賀県立近代美術館。志村ふくみさんの展覧会を見てきました。

高速道路に乗ったのは、高速教習以来約10年ぶりでしたが、乗れるものですね。ただし一般道と同じく、どのくらいのスピードで走っていいのかはやっぱり分かりませんでした。一応私の記憶では、高速道路の制限速度は80キロ以上100キロ未満だったはずですが、120キロくらいで走っていても、それ以上のスピードで追い抜かされていったりしましたし。

途中で「自動速度取締機設置」みたいな看板(?)があったりして、そこが制限速度80キロだったりして、でも状況からしてもっとスピード出さないとまずい気がして、内心びびりまくってたりして、どうかオービスに映ってませんように、と祈るばかりです(爆)。

高速道路を運転してみて分かった事は、私は普通に運転できる、という事。でも肩が凝るくらいには緊張するという事。ついでにかなりガソリンを食うという事。それから高速道路は信号がないし迷わないし、そういう意味では楽だけど、速過ぎるスピード故に非常に疲れるという事でした。

そんな訳でまた新たにひとつ経験を積む事もできたし、展覧会は面白かったし、満足です。

2007年4月1日(日)No.30


あぁ。

そっか。そういえば春なんだ。

今週始めから、やたらと満開の桜を目にします。
そのたびに私は何故か、あぁ、と思っています。

忙しかったせいなのか、去年は桜を眺める余裕はありませんでした。通勤径路に桜はないものと思っていたくらいです。今、溜め息ともつかぬ、あぁ、と思いながらほんの一時眺める桜は、まるで何かの啓示かと思います。

春が来て、多分私の休暇は終わりつつあります。
また、二重生活が始まろうとしています。

2007年4月3日(火)No.31


選挙

本日は選挙でしたが・・・、

期日前投票に行ってきたので既に選挙は過去の事でした。

どうでも良い事ですが、私は開票結果を伝えるニュース番組が結構好きです。妙に凝ったCGとか、候補者の悲喜こもごもとか、そういう、何て言うんでしょう、まさしくドラマ、といった感じの事を面白く感じているみたいです。

で、早速NHKの開票速報を見ているのですが、東京都知事の結果はちょっとつまらないです。私は東京都民ではないので、外野で好き勝手に言っているだけですが、3期目の氏は発言が何しろ過激なので、いい加減別の人にならないかな〜、と思っていたのでした。まぁ、人を惹きつける人というのは、得てして思想も言動も派手なもので、それが過激に思えるのかもしれませんね。とりあえずこれからも、(自分には直接関係ない)都政に注目、です。

もうひとつ、どうでも良い事ですが、自室の前に選挙事務所らしきプレハブ小屋が出現していて、でも名前が県議会議員の候補者にはなかったので、なんだろう、と思っていたら、市議会議員選挙の候補者でした。今日、その後援者だろうおばさんが挨拶に来てお菓子を置いていきました。市の選挙権は持っていないので、黙ってお菓子を受け取って、頑張ってください、と言っておきました。

なんだかぼんやりしているうちに、周りでは人の動きがあわただしくなっていて、入学とか卒業とか異動とか、春めいた動きがいっぱいあって、なんとなく取り残された感のある私は、あらら、って感じです。私は私で新しい仕事の担当っぽくなっているし、学校は始まるし、あんまりぼんやりしている暇はなさそうなんですけどね。

2007年4月8日(日)No.32


忙しい

学校が始まり、生活は元の色を取り戻しつつあります。

2年生の前期は、妙に時間が空いていて、後期からが殺人的スケジュールだと知っているだけに、何でこんなにアンバランスにするんだろう、と訝しく思ったりしています。

そういえば、プログラミングの授業もあるのですが、情報系の学科に在籍する私はもちろんPCに触るのは得意な訳ですが、今まで私が苦手としていた数学その他の科目をすらすらと解いていた人が、キーボードをブラインドタッチでなく、ぽちぽちと打っていたのが印象的でした。人によって得手不得手があるのは重々承知しながらも、それでもやっぱり私は、自分ができるものなんて、他の人にだって簡単にできるはず、と思ってしまっているところがあると、改めて気付かされています。卑屈になる必要はないが、天狗になってもいけない。それは当然ですが、私はどうにも自己評価が低いところにあるらしく、なかなか難しいです。

そういえば、学校の知人たちと食事をしたのですが、そのときにひとりが携帯電話で慌てたように話していて、話を聞いてみると知り合いの山小屋の人が乗ったヘリコプターが落ちたと言うのです。次の日にニュースでそっくりそのままの地名を聞いて、そんな事ってあるんだなぁ、と思いました。

身内が亡くなったり、母の友人の息子が亡くなったり、こうして事故にあった人と繋がりがある人が近くにいたりするので、最近、生き死にについて考えていたりします。根本的に知るのが好きで、勉強とは世界の仕組みを知る事だと私は思っているのですが、多分、最終的に知りたいのはそうした、自分や人が存在する事の不思議なんだと思います。


土曜日は休日出勤で疲れたので、今日は一日引きこもっていました。4月になってから約2週間。職場での異動や仕事内容の変更も少し慣れてきて、そういえばあの人は元気かな、なんて思う人もいるのですが、メールを出したりもなかなかできません。そうこうしているうちに、G.Wになりそうです(笑)。

2007年4月15日(日)No.33


疲れる

早くも疲労が蓄積しつつあります(爆)。でも、精神的には安定しています。

今期は「政治学」という講義を受講してみる事にしました。他は全部工学系の講義なんですが。その講義では、政治学の中でも特に平和学について学ぶとの事で、平和学なんて学問があったのか、とまずは感心しきりです(笑)。

平和が大切か否か、なんて質問をすると、大切に決まっている、と答える人が絶対的多数を占める気がしますけど、どうして平和が大切なのか、という問いに論理的思考でもって答えられる人は少ない気がするのです。平和というとイコール大切なもので、イコール思考停止状態になるような。それは例えて言うなら、何故人を殺めてはいけないか、という子供の問いにまともに答えられない大人のような気がして、そういう、すなわち感情的な方向へ持っていかれそうになる平和というものを声に出すのを、私は個人的に好きではありませんでした。そういう、もやもやとしたものが解決するかもしれないので、なんとなく期待しているところです。ちなみに先程の、何故人を殺めてはいけないか、という問いについては、しっかりした答えが出ています。これも、とにかくいけない事だ、としか答えられない人が多いような気がするのですが。

個人的な学問の嗜好からすると、私の場合は文系の学問が多数を占めるのです。でも在籍しているのは理系ですけどね(笑)。まぁ、好きなものばかりだと広がりがないのも確かなので、これはこれで面白く思っています。

2007年4月22日(日)No.34


引きこもり、のち

G.W後半4日間のうち、3日間は引きこもっていました。3日目の夜に飽きが来たので少しドライブに出かけてみました。4日目は百貨店で買い物をしました。以上、4連休の過ごし方でした(笑)。

誰とも口を利かなくったって、全然平気な私は、基本的にひとりでいる事に向いているのだと思います。少なくとも孤独はちっとも感じていない訳ですしね。

暑くなってきたので、首周りが開いたものを着る機会が増えてきたのですが、首元が淋しいのでネックレスをする事が多いです。で、その種類があまりないので、今度貴金属店に見に行ってみようかな、なんて思いました。プラチナとダイヤの組み合わせは持っているのですが、それはあまりに無難に過ぎるので、もうちょっと色石があってもいいかな、なんて。

基本的に綺麗なものは好きです。今日購入した服は黄色のTシャツでした。目の覚めるような夏を思わせる色は、以前だったら絶対購入しなかったもので、少しずつ、トラウマのようなものから抜け出せているような気がしています。

そんな訳で、G.Wの成果(?)は、新しいネックレスを買おうと思った事、でしょうか。明日からまた頑張ろうと思います。

2007年5月6日(日)No.35


雪の花・話し込む事・日傘の効果・雷

学校に通じる道路の両脇に、ナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の花が咲く季節になりました。真っ白な花が緑の葉と一緒になって、もこもこふわふわ。思わず触ってみたくなるような、それはそれは見事な花です。この花の話を会社の後輩にしたら、見たいと言ったので、学校まで一緒に行きました。私が授業に出ている間、後輩は大学図書館へ。自分が学生時代に研究していた関連の本を読んでいて楽しかったなんて言っていました。

また別の日に、同じ講義を受けている人と駐車場で話し込む羽目になり、何故かそのままファミレスで深夜12時まで延々話す事に。もちろんその人は男性ですが、残念ながらちっとも色っぽい話ではないのです。ひたすら世間話よろしく取り留めのない話が続くんですが、私の場合、時事ニュースとか神話とか遺伝子学とか話題は多岐に渡れども、人によっては「何か難しい話だね」で終わってしまうような事にひたすら興味があるので、私と長く話すには、私と同じような事に興味を持っている人じゃないといけなくて、そういう人は滅多にはいないけれど、全くいない訳ではなくて、なんだか疲れるくらい話す羽目になったのでした。

連休明けの1週間は、疲れる事が満載で、強まりつつある太陽光線でさえ私の体力を消耗させてくれるので、日傘が手放せません。でもこのところ風が強いので、日傘が飛びそうで、仕方なく日傘をたたむ時もあります。そろそろ夏が近づいているなぁ、と思っていたら雷が鳴ったので、夏の前に梅雨だなぁ、とぼんやり思いました。

2007年5月13日(日)No.36


水鏡、そして楽しいという事

この一週間は思わず恨み言が言いたくなるくらいには仕事が忙しかったり、煮詰まってみたり、プログラムを考えるのが楽しくて睡眠不足になったりしていました。

自分でも笑ってしまうのですが、今現在学校が存外に楽しいらしいです。今まで楽しくなかったのか、と言われてしまいそうですが、楽しくなかった、というよりもそれ以前の問題で、基礎学力が役に立っていなかったせいで理解不能だった訳です。それが、今期では、高校の時分に多少勉強した科目があるので、ようやく本領発揮できている、ような気がするのですよ(笑)。おかげで、今まで理解不能だった数学も、復習を始めようかと思い始める始末。もともと自分からやる気にならなければ何をやっても無駄な人ですが、手遅れになる前に風が吹いてくれて良かったです(爆)。

ナンジャモンジャに続いて、こちらではそろそろ田植えの為に田に水が入るようになりました。綺麗な水鏡に、少し、子供の頃、田植えをした事を思い出しました。

時々、農業で食べていく事ができればどんなにいいか、と思う事があります。耕す事のできる土地があって、そこで畑仕事をして、糸を紡ぎ機を織り染め物をして、自給自足に近い生活ができれば、そしてその生活に満足できれば、それが一番の幸せではないかと思う事があります。そんな事は不可能ですけどね。

例えばあと30年くらい先の話。やっぱりこの時期には田植えの為に田に水は入るようになるだろうか、と考えます。例えば温暖化の為に。例えば後継者不足の為に。既にその光景は見られなくなるかもしれないと思うと、今のうちに目に焼き付けておきたい気もします。憲法改正の国民投票法案が可決した事も相俟って、この国の行く末はどんなだろうと考えたりもしています。

2007年5月20日(日)No.37


アルゴリズム

今のところ工学系で唯一と言っていいような(笑)、自分が理解できている科目のプログラミングをずっと考えていてweek dayは終わりました(爆)。考え始めると止まらないので注意が必要です。眠いのに、眠らないと持たないし明日に響くのに、止まらないのです。まぁ一種の現実逃避なんですが。

そうやって考えて、綺麗で整然としたアルゴリズムができあがると非常に気分が宜しいです。という訳で、気分の良い事を追い求めて、結果睡眠不足になっていた訳でした。

プログラミングの他には、母方の祖母の百日法要がありました。平日ではありましたが、たまたま計画的に有休を取る必要があったので、それに当てました。親孝行ならぬ祖母孝行のような気もしないでもないのですが、それよりも、これも孫の務め、という気分で。大して信仰心など持ち合わせていないのですけれどね。

さて、5月も終わりですね。夏の前に梅雨が来ると思いながら、最近の暑さに、既に夏が到来しているような気になっています。

2007年5月27日(日)No.38



小説よりも奇なり

世の中のニュースを知るたびに、事実は小説よりも奇なり、という言葉を思い出す事があります。例えば地震が起こったり、例えば戦争が始まったり、例えばミサイルが飛んできたり、例えば大臣が自殺したり。

自殺は、一個人としては非常にお気の毒ですが、政治家としては無責任極まりない事と思います。同時に、自殺するくらいには重い秘密があったのだろうとも。この世界は本当に摩訶不思議ですけれど、私は少なくともこの意識があるうちは、世界の行く末を見届けたいと考えています。見届けた先の事は、、、判らないですけどね(爆)。

さて、そんな事とは無関係に、父方の親戚の一部が実家に来ていたので私も顔を出してきました。叔父のひとりが孫を連れてきていたので、遊ぶ羽目になりました。私の従兄弟の子供なんですけどね、まぁ活発な事この上なく。都会に住んでいるので田舎なところが珍しいらしく、男の子は蛙を山ほど捕まえるわ女の子はカタツムリの抜け殻を拾ってくるわでひどく疲れました。考えてみればその子たち、私の子供でもおかしくないくらいの年齢なんですよ。で、遊んでみて疲れたので、私にはまだまだ結婚も子供を持つ事も、覚悟が全然できないな、と実感したのでした。

2007年6月3日(日)No.39


リスクの値段 = 1260円

疲れていたせいか、急いでいたせいか、目測を誤り、車をがりがりとこすってしまいました。やれやれと思いつつディーラーに行き対処方法を聞くと、保険を使って修理するか、塗料を塗り直すか、との事だったので、今回は安上がりに塗料を塗るだけにしました。でも、特殊な色(?/オレンジ)なので在庫がないらしく、来週また行ってこなければなりません。ちなみにそのお値段は1260円でした。

車をこすってしまった時に考えたのは、リスクの値段、という事でした。もともとかなりリスクの高い生活をしているはずなので、その軋轢はどこかがほころびれば結構簡単に吹き出てきます。私にできる事はせいぜい、その吹き出てくるものを最小限に抑える事、そもそも軋轢をなるべく作らないようにする事、そしてその軋轢の圧力を低くする事くらいな訳ですが、今回はまぁ、1260円でそれを思い出させてくれた警告、と受け取るべきかなぁ、と考えました。うん、ここはひとつポジティブ・シンキングで(笑)。

といっても別に私は落ち込んだりしている訳ではないので、ご安心を(笑)。最近では毎週金曜日の夜に、今週も頑張ったね私、という気持ちで美味しいご飯を食べに行ったりして幸せになっています。我ながら実に安上がりです。

2007年6月10日(日)No.40


やさしい雨と激しい雨

梅雨入りしたと見られる、との気象庁の見解もどこ吹く風ってな感じでひどく暑い日々が続いていますけど、暑かったり肌寒かったりして体調がおかしくなりそうです。

梅雨入りという言葉で思い出したのが、雨の降り方の事でした。最近の雨の降り方は、日本が温帯から熱帯化しつつある兆候であるような気がしてなりません。以前は沖縄とかの地方でしかあり得なかったような、スコールのような激しい雨が最近私の住む辺りでも降るようになってきました。以前から、激しい雨そのものはあったのですよ。ただそれは、まさしく夕立と呼ぶもので、夕立に伴う雷も、夏の風物詩のようなものでした。最近は夕方には程遠い昼頃にそういう雨が多くなっている気がします。雨ひとつにしても様々な情報が読み取れるものですが、果たして私たちは、私はそれにどの程度気付く事ができるものかと思っています。人の記憶なんて5年も経てば変わってしまいますもの。10年一昔、なんて言いますしね。そんな訳でスコールみたいな雨もあと何年かすればすっかり普通のものになってしまうのだろうかと考えたのでした。ちなみに、やさしい雨というのは霧雨の事です。穏やかで建物の中からでは降っているのか判らないくらいで、傘があんまり役に立たなくて、気が付くとしっとり湿っている、そんなやさしい雨の方が私は好きだなぁと思ったのでした。

さて、雨の降り方なんて実は全然関係ないのですが、最近身の回りがにぎやかです。今日は何故か男の人とカラオケに行ってきました。なんか成り行きで(爆)。これってデート?と思いながらもそんな事はおくびにも出さず、楽しんできましたよ。実際のところその人は久々にカラオケに行きたいけど独りではちょっと、と思っていた矢先に私がたまたまカラオケが好きだと言っていたのを聞いて、これ幸いと声をかけたようです。まぁ私の推測ではそういう事になっています。で、何故か今度は映画でも、という事になっています。うん、どうなっているんだろ。。えーと、話をしていると趣味が非常に似ているところもあるので、きっとそういう事だろう、と私の中では結論付けられています。にぎやかだったり、侘しかったり、こういう事って波があるものですよね。。

2007年6月17日(日)No.41


キャンドルナイト

夏至の夜は電気を消して、ろうそくの明かりを灯して、環境の事を考えましょう、というイベント(?)が一体いつから始まったのか、とりあえず今年もそんな事が行われていたようでしたが、私は例年通り明々と電気を灯し続けた人なのでした(爆)。別にエコロジーが嫌いな訳ではないのですが、ただ、人工的な環境の中にいるときには人工的な灯りがないと、ことさらに夜の暗さは堪えるものなのです。野外にいるときには月明かり星明かりで十分って気もしますけどね。もちろん、野外といっても例えば森の中っていうのは論外。だって怖いもん。それは人が立ち入っちゃいけない領域のような気がします。

さて、蒸し暑くて非常に過ごしにくい日々を送っているので、なんとなく、暑中見舞いならぬ梅雨のお見舞いを最近会っていない方々に送ってみました。なんとなく涼しげなポストカードを見つけたのですよ。それで涼しさのお裾分けみたいな事をしてみました。最近はスローメールとでも言うべき葉書の魅力を改めて感じています。大して用はないけれど、ちょっとしたご機嫌伺いみたいな、そういう緊急性のないものには、携帯電話やPCのメールよりも葉書の方が適している気がします。こんな事を思うっていう事は私も歳を取ったという事でしょうか(笑)。

2007年6月24日(日)No.42


胡乱

連日の睡眠不足といくつかの事が重なって、自分でも少々余裕がなくなっているなぁ、なんて思いながら仕事をしていた時に、多分自分は今、胡乱な目をしているだろうと思いました。自分としては機嫌が悪い程度の意味で胡乱という言葉を使っていたのですが、一応調べてみたら、「いい加減である事」とか「うさんくさい事」と辞書には載っていたので、自分が思っていたのとは意味が違っていた事が判りました。うん、勉強になった、と思いながらも、それならば今の自分の状況はどんな言葉で言い表す事ができるのかと疑問は残ったのでした。

私にとって言葉というものは結構重要で、なのでいつも電子辞書を持ち歩いている訳ですが、生活環境が変わってから本を読む事が難しくなったので、新しい言葉と出会う機会が格段に減ってしまいました。新しい情報と出会っても、それを噛み砕く暇がない、それを自分の中で熟成させるだけのどろどろした時間が持てないのは、私にとって幸せなのか不幸なのか、いまいち私には判らないでいます。そういう、言葉について考えていたら、今まで私が出会った中で秀逸だった言葉たち、そうしたものをカードか何かにまとめてみようかな、なんて思いつきました。はい、これも立派な現実逃避です(爆)。

話は変わって、祖母の納骨に立ち会ってきました。祖母と一緒に暮らしていた訳ではないので、未だに祖母は存命のような気がするときもあるし、もう10年くらい昔に亡くなったような気がするときもあります。骨になったところで、それは単なる白いカルシウムその他の固まった物体で、それを重い石の下に納めて、いずれ土に還るのだと言われても、私には、はぁそうですか、としか言いようがなくて、けれどそういう風に続いてきたものならば、私もまた両親をそうしなければならないのだろうとは思います。既に手順として確立しているというのは、ある意味で非常に楽ですね。いちいち選択に悩まなくて済む。そんな訳で、宗教の役割や人の葬り方を少々考えました。

2007年7月1日(日) No.43


信じ難い事ですが・・・、

男の人とお付き合いする事になりました。

どうしてこうなったのか、我ながら不思議ですし訝しく思っているのですが、なんかそうなってしまったのです。えーと、こんな事を書いている時点で推察できると思うのですが、私はその相手の事を嫌いではありませんが、好きかもしれませんが、恋愛感情のどきどき感というものは、今のところほとんど持っていないのです。あ、なんか今自分で、ひどい女、って気がしました(爆)。

ただ、、人の縁というものは、本当に不思議なものですね。。いつだって私は自分の運命とやらを風任せにしてきた気がします。抗ったところで力を消耗するばかりではかばかしい結果を得る事は難しいし、多分、大学に行った事も風が吹いた結果なんだと思っています。だからこの事もまた、風が吹いたのでしょう、きっと。

これからその人とどうなるのか、まだ全然判りません。すぐに別れるかもしれないし、結婚するかもしれないし、いずれにしても、これもまた風任せです。私自身の希望なんて、今のところまだ見えていないので、願う事もできません。

私は自分の事をイレギュラーな存在だとずっと思ってきました。人を好きになる事も母親になる事も、或いは難しい事なのだと。世間一般の人が当たり前のようにしている事を私自身は当たり前のようにできないのだと、それは私がそういう存在だから仕方ないと、半ば諦めていたのです。人を好きになれるのか、今はまだ判りませんが、なんというか、私もまた一般的な存在でもあったのだな、と苦笑と共に思いました。

さてさて、これから本当にどうなるのでしょうねぇ。。やれやれです。

2007年7月8日(日) No.44


撥水

現在、私の車のフロントガラスには撥水加工がされています。それで雨の日に時速60キロくらいで走っていると、水の玉が上の方へ流れていくんです。その普段あり得ない光景に、何度見ても見とれております。運転中なのであまりに見とれると危ないので自粛しているのですが、相変わらず(笑)。台風の影響か、結構雨続きだったので、そんな光景が何度も見られたのでした。

友人と1年ぶりに会ってランチを楽しみながらお喋りしたり、父の誕生日が近いので家族で食事会をしたり、人と会う約束が立て続けに起こっていて忙しいです。普段ちっとも忙しい人ではないので、こういう事は続くものだと分かっていても、うーむ、って感じです。おまけにそろそろテストが近く。テストが終わる頃には目の下に隈ができているかもしれません(苦笑)。

2007年7月15日(日) No.45


無題

この一週間は、一体何があったんだっけ、と思うほど、何もなかったような、或いはありすぎたような日々でした。

正直に言うとですね、いくら限られた人しか読んでいないはずのこの日記にも、はたして書いていいのか迷うようなアダルトな事が多かった訳ですよ(爆)。

という訳で自主規制(笑)。

火曜日からテストです。とりあえず政治学のレポートを書かねば。。

しかしまぁ、、異性と付き合う上でリスクが高いのは、やっぱり女性だと思う。。責任を取れとか、そんな事は一言だって言う気はないのですが、(選んだのは自分だし、)彼との付き合いが始まって2週間、自分は一体どれほどの変化を既に起こしているのだろうと思うと、少々嘆きたい気分になります。自分が受身体質である以上、仕方ないのかもしれませんが。別にね、後悔している訳じゃないんです。そうじゃなくて、「らしくない」。全くもって、らしくない。そのギャップが私を惑わせています。

2007年7月22日(日) No.46


煙草が吸いたい

ひどくいらついていた1週間でした。

もし私が煙草を吸う人だったら、きっとこんな気分の時に煙草が吸いたくなるんだろうと思いました。実際には私は煙草を吸わない人なので、喫煙の効果を知る術はないのですが。

1度だけ、煙草を吸ってみた事があります。友人が喫煙の味を覚えて、その姿が妙に様になっていて、一口だけ吸わせてもらったのでした。肺に煙を吸い込む事もせずに、口の中だけに煙をとどめるくらいにはおっかなびっくりに一口。煙の当たった舌先が大変に苦かったので、もう二度と吸わないだろうと思ったのが感想でした。

喫煙と同じく、飲酒の習慣も私にはありません。酒が飲める体質ではありますし、酒の効能も判っていますが、好んで飲みたいとは思わないのですね。普段は別にそれで困った事もないのですが、こんな気分の時は、それをなだめる手段が乏しい訳で、うーむ、って感じでした。

普段の私のストレス解消法は、歌う・喋る・食べる、に加えて眠るくらいですが、今回はひたすら食べました。ファーストフードが美味しかったです。体重が怖いですが(爆)。

さて、そんないらついていた原因は多分、期末試験と体調不良と会いたい人に会えない事、が複合的に結びついた結果だと思います。で、期末試験は素晴らしく成績が良いものと、惨敗なのと二極化。私って本当に、やりたくないものは梃子でもやらない人みたいです。

2007年7月29日(日) No.47


浴衣と花火

浴衣を着て花火大会に出かける、というのは、同行者が女性なのはやった事がありますが、同行者が男性なのはやった事がありませんでした。ものすごく定番って気がするのですが、その定番な事に縁遠かった私は一度くらいそれをやってみたかった事もあって、実現させてみました。うん、楽しかったです(笑)。

テストは終了しました。それで打ち上げと称して仲良くなった学校の人たちと飲みに行ってみました。考えてみれば今まで会社の人たちくらいしか飲みに行った事がなくて、純粋にプライベートな飲み会というのはなかったかもしれません。趣味や話題がかなりよく合う人たちと飲むのは大変に楽しいものでした。

かなりのストレスのあとは、かなりの楽しさが続いています。なんだか28歳にしてようやく人生が楽しくなってきた感じが。もちろん、楽しいのと楽しくないのとはトータルでバランスが取れているはずなので、こんな事はいつまでも続く訳がないとは判っていますが、こんなのも悪くない、と思っています。

2007年8月5日(日) No.48


疲労コンパイル

何故か、困憊、と言おうとすると、コンパイルとなってしまう人です(爆)。


今週は週の始めに疲れ果てて沈み込みました。多分、いろんな事がありすぎたのに休養が満足に取れていなかったので限界が来たんだと思います。そんな訳で、このままでは自分は壊れると冷静に判断した結果、いくつかのやりかけの事は放っておいて休養を取る事を最優先させました。具体的には気の済むまで眠る事。何しろ夜7時くらいには眠くなっていた訳なので、どれほど身体が睡眠を欲していたか推して知るべし、ってな感じですね。まぁ、1日9時間くらい眠るのを何日か続けたら、ずいぶん身体が楽になりました。そうしたら今度は食欲が出てきたので、本当に久しぶりにまともな料理を作りました。わーい、楽しい。ついでに美味しい。とひとしきり自分で自画自賛して、壊れずに済んだ事にほっとしました。

楽しい事と楽しくない事はトータルでバランスが取れているもの、と先週書きましたが、それは喜怒哀楽全てにおいて言える事です。ただそれが、バランスはともかく十分な睡眠で解決できるのかと思うと、なんだか少し可笑しくなります。時々ね、本当に時々、このまま目覚めなくないな、と思うときがあるのですよ、私は。生きるって本当に不思議な事です。

2007年8月12日(日) No.49


盂蘭盆会の暑さ

死にそうな程の殺人光線が毎日空から降り注ぐので、それに当たらないようにするのに必死です。今年になって長袖の服を着ると相当に暑くないのを実感しました。どうやら直射日光というのは、かなり体力を消耗するもののようで。おかげで外に出るときはサングラスに長袖に日傘、と重装備です。あぁもう、本当に日本にもシエスタの習慣があればいいのに、と最近思っているのでした。

お盆なので、墓参りに行ってきました。それでふと思ったのですが、お盆の頃に雨が降った記憶がありません。ぎらぎらしていて、抜けるような青空、といえば聞こえがいいですが、要はじりじりと焼かれる灼熱地獄、という事ですよね(笑)。終戦の日の思い出に、青空と挙げる人も結構いる気がします。で、終戦はともかくとして、地獄という言葉で思い出したのでした。お盆って、地獄の釜の蓋が開くんですよね。それで死者が戻ってくるんですよね。この暑さは、地獄の釜の蓋が開いているせいだったりして、と埒もない事を考えたのでした。

実際のところ、神道と仏教が混じり合ったこの国の、お盆という風習がいまいち上手に説明できないのです。説明できないのは、お盆というよりもどちらかというとお彼岸かもしれませんけどね。迎え火や送り火、胡瓜と茄子で作った馬と牛、そうしたものを私は一度もやった事がありません。何しろ父は次男で、そういう古い家に住んでいた訳ではないのでして。

疲れが取れてきたのか、いろんな事を考えます。私って都合の良い女なのかも、とか、いろいろ。うん、煩悩はちっとも消えないですね(笑)。

2007年8月19日(日) No.50


バイクトライアル

車で1時間ほどの距離にある集落(?)で行われたバイクトライアルというものの世界選手権(なのかな・・・/?)を見てきました。

興味がない(失礼)私からすれば、何故わざわざ自転車ででこぼこした岩道を登ったり下ったりしなくちゃいけないのか、ものすごく突っ込みたくなるのですが、まぁそれはそういうスポーツだから、の一言で片付けられるのでしょう。何より、いろんな人が失敗したところを見事に乗り越えたりする人もいて、大変見事でありました。

ひとりでは見る機会も知る機会もなかったものを、知れる事は、新しい人と付き合う事の醍醐味なのかもしれません。疲れますが。自分とは興味の方向が違う人というのは、ある意味では疲れますが、ある意味では面白いものですね。ひとりでいる事に慣れすぎてしまった私なので、考え方やいろんなものが何もかも違う人とのコミュニケーションはかなり気を使って疲れるのですが、たまには悪くない、です。

あ、なんか疲れるという単語ばかり使っている気がします。疲れるのは事実ですし、それは仕方ない事ですが、そればかりではないのでご安心を☆

2007年8月26日(日) No.51


映画・人事異動

9月期の人事異動で、別の部署へ異動が決定しました。就職してから11年と5ヶ月にして初めて別の部署。今まで何回も班や係や課は変わっていたのですが、基本的にやる仕事は同じだったので、心配だったのは人間関係だけだったのですが、今回は本当に仕事そのものが全くやった事がないものでして、異動の知らせを受け取ったときは動揺しまくりました。まぁ、仕事は教えてもらえるみたいだし(当然?)ここは貴重な経験ができると前向きに捉えるべく気持ちを切り替える事にして引継ぎと通常業務の日々を送っています。

ちなみに、異動先は調整係。この名前が通用するのは私と同じ会社にいる人だけかと思いますので、それ以外の方々は、読み飛ばしておいてください・・・。


映画「SiCKO(シッコ)」を見ました。もともと日本とは制度が違うし、と見るつもりはなかったのですが、誘われたので。そもそもマイケル・ムーアの作品をひとつも見た事がなかったので、最初は少し戸惑いましたが、まぁ楽しかったです。なんというか、最初から結論は決まっているというか、予定調和的というか・・・。面白くはありますし、また映画というメディアを使ってこれだけ上手に自分の意見を主張できるのは大したものだと思いますが、元来ひねくれ者の私は判りやすいものを好まないのですね(爆)。それから、一方向からだけの視点も。という訳で私がもしアメリカ国民だったら、この反対意見も探してバランスを取ろうとするでしょう。どちらも凄まじそうですけどね。

ただ、どういう訳かアメリカ型に移行しようとしている日本も、ともすればこの映画のようになる危険を孕んでいる訳で。世界に誇る国民皆保険(笑/この辺りは会社の受け売り)もこの先どうなっていくのやら、と思ったのでした。

そういえば、映画をひとりでなく見に行くのはずいぶん久しぶりでした。

2007年9月2日(日) No.52


KURT COBAIN

"KURT COBAIN about a Son"という映画を見ました。私は知らないのですが、ニルヴァーナというバンドをやっていた人のようですね。もう亡くなっているのですが、生前のインタビューの音源からそれらしい映像を当てはめて2時間くらいにまとめてありました。

こういうものを見るとき、私は大抵予備知識なしで臨みます。原作がある場合は、大概原作よりも内容が削られている事が多いので(それは仕方ない事ですが)映画を不満に思ってしまうし、興味を持ったらもう少し調べてみればいいや、くらいに思っているからでもあります。結果として映画の内容がよく判らない事も多々あります。今回のは、意味が判るものも判らないものもありました。あとで一緒に見た人に聞いたら意味が判ったものもありましたけど。


私はずっと、「ひとりでも楽しめるし、ふたりでも楽しめる人」になりたいと思ってきました。私が見る限り、世の中には「ふたりなら楽しめるけど、ひとりは駄目」という人が結構多いように思えます。昨今では私のような人も増えて、そういう人を総称して「おひとりさま」と呼ぶらしいですが。

さてそんな「おひとりさま」な私は、ふたり以上でも楽しめる人にもなりたかったのですが、感覚が違う人とは映画ひとつ見るのも大変なんですよね、これが。そういう感覚の差や、時間調整その他がもう面倒で、ずっとひとりで楽しんでいた訳ですが、誰かと一緒に映画を見て、そのあと感想を言い合ったりするのは存外に悪くないと思いました。もちろんひとりの方が気楽だし、スケジュール調整等面倒な事はない訳ですけど、それはそれとして、でも、悪くない。

現時点ではそれが私の精一杯です。最上と言ってもいい。伝える機会があるかどうかも判りませんが、機会があったなら、愛をささやくように、そんな言葉をささやいてみたいものと思います。

2007年9月9日(日) No.53


夜遊び不良娘

三連休の初日に眠りすぎたせいか、昼夜逆転生活になっていました。

で、深夜の幹線道路を結構なスピードで走ってみたり、0時から5時までオールナイトの独りカラオケをやってみたり、レイトショーの映画を見てみたり。

精力的に活動、といえば聞こえはいいですが、不健康で自堕落とも表現しますね(爆)。

なにか、ひどく満たされていない部分があって、そういう感情は今までも定期的にやってきては私を振り回して、そして私はまた元の日常に戻っていっていたのですが、今回のこれは未だに私を振り回し続けていて、私は途方に暮れています。

例えば私が。
煙草を吸う人であったなら。
お酒を飲む人であったなら。
ボールを投げる人であったなら。
ピアノが弾ける環境にあったなら。
お喋りの相手になってくれる人がいたなら。

少しは私の気が晴れる手助けになるだろうかと。


ひとりでいる事に慣れすぎた私は、時に誰かと意思疎通を図るのがひどく難しくて、人と付き合う上でそれは付き物と承知していたのですが、自分に余裕のない時にはそれを上手く言葉で言い表す事もできなくて、ただ、この人は何故私が気分を害しているのか本当に理解できていないんだ、と泣きたくなるほどに絶望だけが私を満たしました。

絶望するほどにひとりの人と同じ時間を過ごしたというのは、ある意味で祝福されるべき事でしょうか。

いっその事、平手打ちを喰らわせて首根っこを引っつかみ、がくがくと揺さぶりながら恨み言を吐く事ができたら、と思うのですが、それは無理というもの。誰かを殴るときには殴った自分の拳も痛む事を私は知っているので、そうしたマイナス事項を伝えるにはそれなりの工夫が必要なのです。私は確かに絶望に満たされていますけど、でもご安心を。もう少しこの関係を見届けようと思っています。

さて、レイトショーで見てきた映画は「ミス・ポター」。ピーター・ラビットの作者のお話です。大変可愛らしかったですよ。

2007年9月17日(月) No.54


ひこにゃん

彦根城へ行ってきました。

彦根城は今年築城400年だそうで、400年祭と銘打っていろいろやっているみたいですね。ひこにゃんというのは、それのマスコットみたいなものです。彦根駅から彦根城までの商店街の店先に、ひこにゃんの人形があったり、石造りのものがあったり。地元商店街から総出で祭に取り組んでいる事が伺えました。

このマスコット、彦根城博物館で「今日のひこにゃん」と題して、何回か着ぐるみが出てきてくれます。それを見たい人は並ぶ訳ですね。それで写真を取ったりする訳です。ちらっと見たのですが、観客が例えば「ひこにゃん、正座して」と言ったら本当に正座してくれたり、サービス精神たっぷりで、面白かったです。

さて彦根城の感想。
彦根城は城の規模としては小さい部類に入るのではないかと思いますが、内部の保存状況は結構見事でありました。大きい城は大抵博物館になっちゃったりして、エレベーターなんか付けちゃったりして、城の面影を残すのは外観のみ、というのがあるのですが、彦根城は天井の梁や急すぎる階段など、残っていましたのでね、見る人が見れば喜ぶかもしれません。

私としては、城そのものよりも、そこに至る階段など、外敵を防ぐ仕組みに息も絶え絶えでした。運動不足でして。なにか、一息で登れないようにわざと階段を不規則にしてあるのだとか。確かに整然とはしていないのですが、わざと不規則に、というのもどうやって計算してあるのか判らなくて、ただ、登りにくかったのは本当でした。まぁ、階段にしろ何にしろ、昔の人とは身長や足の長さが違うので、現代人の私たちにはその登りにくさは本当の意味では判っていないのかもしれません。

連日の睡眠不足に加えて運動不足の身で、たくさん歩いたりしたので疲れましたが、大変面白かったです。

2007年9月24日(月) No.55


F1

えー、富士で行われていたF1を見ていたのですが。

専門用語が多すぎて、全然判りません(爆)。

基本的にルールは理解しているつもりです。要はサーキットを何週かして、最終的に一着でゴールインすればいい訳ですよね。その間にピットインというのを1回はしなければならないとか、まぁその辺は適当ですが。

降雨がすごかったみたいで、セーフティーカーというのが出ていたのですよ。そういう見慣れないものがあったり、どこかにぶつかってリタイヤしていたり、タイヤがバーストしていたりで、いちいち事が起こる度に、おぉ、と驚いていました。

さて、めでたく1位になったハミルトンという人。一緒に見ていた人によれば黒人初の1位だそうですが、顔や皮膚の色からしても、明らかに黒人と白人(?)の混血なんですよ。どっちかといえば黒人の血が薄いような・・・。私にとっては黒人だろうが白人だろうが、或いは混血だろうがどうでも良い事なんですが、果たして白人初、と言われるようなスポーツ等々、あるのだろうかと少し考えました。それは既に人種差別的、或いは白人至上主義的な、そんな考え方に基づいているものなのか、はたまたF1なんてものに参加する黒人さんが今までいなかっただけなのか。いなかったとしたらそれは、単純に経済的な問題なのか、経済的な問題はクリアしていても門戸が開かれていなかったのか、全く別の問題があったのか、一体なんだろうと考えてしまいました。

そういえば、アメリカ大統領の候補と言われている人で、黒人初という人もいましたね。肌の色をいう事自体が差別のような気もするのですが、それは私が、日本に住んでいるから思う事でしょうか。

単にF1を見ていただけなのですが、少し、世界の偏りを思いました(笑)。

2007年9月30日(日) No.56


人生いろいろ

この歳になってくると(笑)、親戚づきあいも増えてきます。親の世代や祖父母の世代が亡くなる事も多いので、必然的に法事やら何やらもセットになって、滅多に顔を合わせない親戚一同が勢ぞろいしたり。最初は家系図のややこしさに頭を抱えていたのですが、頭を抱えるばかりでは面白くないので、攻撃は最大の防御なり、とばかりに話を聞きまくってみたり。結果としてだいたいの事情は把握できたのでした。

もっと若い頃だったらきっと嫌だったろう、おじ様おば様の話を聞く事も、今の私にはそんなに苦じゃないのです。むしろもっとどんどん聞かせてって感じ。例えば嫁姑問題なんて話題も、聞いておいて損はないと思うので、黙って耳を傾けます。相槌くらいは打ちますが。自分が未だ経験した事のないものを疑似体験できる、それは私が今まで小説などを読む事でやってきた事と同じなのかもしれません。

そんな訳で本日も父方の親戚とお話をしてきたのでした。思ったのは、どういう環境にあってもそれなりに苦労はあるもので、楽な人生なんて所詮ないんだなぁ、という事。程度の差はあるにせよ、多かれ少なかれやっぱり皆さん苦労している訳で。これからの人生を思って少し暗澹たる気分になりました(笑)。


学校は後期が始まりました。後期はレポート提出が必須の講義がいくつかあるので、面倒です。特に面倒なのが「テクニカル・イングリッシュ」。質問が出ているので、それについてA4の紙1枚に英語で回答しなきゃいけないんです。質問そのものは余暇の過ごし方とか他愛もない事なんですが。明日の課題はとりあえず仕上げたのですが、発音の仕方が判らないものがありまして。。
"normothermia mythology"
意味は北欧神話です。。こんなの発音する機会、普段はないですよね・・・。

2007年10月8日(月) No.57


映画三昧

現実逃避か何なのか、映画ばかり見ていました。といっても2本ですけど。

ひとつめは「めがね」。
以前「かもめ食堂」という映画があって、大変面白かったのですが、同じ監督と耳にして、見に行ってみたのです。この「めがね」も大変面白いものでした。ふたつの映画に共通しているのは、人と人との距離、でしょうか。べったりとくっついていなくて、言葉は少なくて、重大な事件も起こらないけど、少し不思議で、くすくすと笑えるような穏やかな日常が満ちている。金銭的な事がどうなっているのか、微妙に気になるのですが、それを気にしたらいけないのでしょう。

ふたつめは「北極のナヌー」。
やはり以前「wataridori(渡り鳥)」という、ひたすら渡り鳥の映像が続く、大変美しくて眠くなった映画があったのですが、この映画も同じ撮影チームによるものです。えー、、、ナヌーという名前の白熊が出てくるのですが、シーラというセイウチも出てくるのですね。だいたい哺乳類の赤ちゃんというものは可愛いと思っていたのですが、ほら、哺乳類の赤ちゃんに共通しているものってあるじゃないですか、頭でっかちとか目が大きいとか。白熊の赤ちゃんは見事にそれに該当するのですが、セイウチの赤ちゃんは、、可愛くなかった・・・です(笑)。ところで、北極熊と白熊って違う種族なんでしょうか。ふと疑問に思いました。

2007年10月14日(日) No.58


何という事はない日常

今週は、取り立てて、これがあった、と語る事はなかった気がします。強いて言えば虚無に支配されそうになったような・・・(苦笑)。

異動した仕事がようやく一巡したとか、誕生日だった人に食事を奢ったとか、どうにも治まらない事があって過食が止まらないとか、まぁ言葉にすればいくつかの事はあった訳ですけど。ちなみに過食は飽きたので、今度は食べなくなっています。別に拒食じゃない程度には食べていますよ。

寒くなりましたね。誰かに指摘されるまでもなく、私は冷え性なんだそうです。でも全然冷えるのを辛く思っていない冷え性なので、打つ手なしです。冷たい自分の手が気持ちいいんですね。冷たくなってしまう自分の身体も。冷たいって感じる事は、どこかに温かい部分があるからな訳で、だから、冷たいって感じているうちは自分はまだ正常に生きているんだなぁ、なんて少々馬鹿な事を思ったりしているのです。

生きていく上で様々な事を考えますが、その中で、自分は一体何のために生きているのだろうか、とある種哲学的な問いがあります。この問い、今までも何回か私に取り付いて、その度に私を死にそうなくらい憂鬱な気分にさせ、そのうちに飽きて去っていきました。今現在、またしてもそれに取り付かれそうなので、うーむ、って感じです。この答えははっきり出ているんですけどね。根源的な問いなので、何度も考えてしまうのも仕方なし。秋はいろいろ物思いに耽る季節でもありましょう。

2007年10月21日(日) No.59


機種変更

飽きてきたのと使い勝手が悪いのに嫌気が差して、携帯電話を機種変更してみました。ついでに料金プランも。

一度決めてしまえば物でも人でも、とにかく持ちが良い私は、以前の携帯電話も2年以上使っていた訳でして、新しい携帯機種の割引が最大になりましたとさ。えー、現在、機種代金が0円というのはないらしく、全部24分割での支払いになるそうなんですが、その事に文句はないのですが、契約書みたいなのをじっくり読む機会があって、そこにその機種の代金が8万円余りと記載されているのを見て驚愕しました(笑)。約8万円・・・。私が身に付けている服や鞄や靴やアクセサリーよりも携帯電話が高い気がします。すごいですね。。

新機種は、なんだかまだ最新式らしくて、ワンセグとか付いていちゃったりします。うん、流行りものが嫌いな私としては大変珍しいです。私としては最新式とか、そういうところがポイントではなくて、デザインで決めたつもりですが。そんな訳で、その新機種を手に入れてから、いろいろ研究。。説明書なんか読む気もなくて、全部適当です(爆)。当分良い玩具ができたような・・・。

さて今週は、結婚が決まった友人から、馴れ初め等々楽しいお話を聞かせてもらって笑い転げたり、仕事が煮詰まってどんよりしてみたりで、感情の振幅が大きくて疲れました。人生とは、疲れ続けるものであると、以前大変疲れていたときに思った事を、何度目か、思い返してみたりしています。

2007年10月28日(日) No.60


くらくら

アンジェラ・アキのコンサートに行きました。特にファンという訳でもないのですが、特に嫌いという訳でもないです。誘われたのでチケットの手配をして行ってみたのですが。

面白かったです。大変よく喋る人でもありましたが、声も歌もピアノも綺麗でしたし。ただ、何度も繰り返すように私は特にファンではないのですが、同行者が大変この方を好きらしく、コンサートが終わってから熱く思いを語られてしまいまして、私としては、そうだね、うんうん、とうなずく事しかできませんでした。

結論「人の振り見て我が振り直せ」

えー、、どうやっても人の思いに共感する事ができないっていうのは、哀しい事にあるものです。思いを語るときは、その相手がそれに共感してくれているかをよく見極めてから熱く語りたいと思いました(爆)。


さて。タイトルは、湯あたり、です(苦笑)。
先日久々にシャワーでなく、お風呂にのんびり浸かっていたのですが、立ち上がった瞬間に心臓の動悸が激しくなり、気分が悪くなり、目の前が真っ暗になって立っていられなくなって座り込んでしまいました。そのあとしばらく横になっていたのですが、頭のくらくら感が全然治らなくて。なんだか非情に馬鹿馬鹿しい気分になったのでした。。普段、カラスの行水の人が、やりなれない事をするものではないですね(笑)。

2007年11月4日(日) No.61


眠る

このところ、眠り病にかかっているようで、眠っても眠っても眠りが足りません。仕事が終わって学校へ行って、帰宅するのが21時過ぎなのですが、普段だったらそれから軽食をつまんだりネットをしたり、勉強したり(嘘/苦笑)するのです。ところが最近はもう、着替えてコンタクトレンズを外したら即、おやすみなさい、って感じになってしまいました。でも起床時刻は普段通りです。うん、どうなっているんだろ。。まぁ、生身の身体なので、いろいろあるのですよ、きっと。

秋なので、温泉でも行きたいな、と思っているのですが、なんだかシーズンらしくて、宿のwebサイトを見ても満室ばかり。気楽な一人旅を目論んでいる私としては、そんな込み合う季節にわざわざ行きたいとまでは思わず、結果として部屋でひとりぼんやりしているのでした。せっかくなので、秋の味覚を!と思い、栗ご飯でも作ろうと思い立ち、生栗を買ってきたのですが、皮むきが大変に億劫で、しばらく放っておいた挙句、さぁ作るぞ、という段階になったら、カビが生えていました。。さすがにショック、、なので再挑戦したいと思っているのですが、どうにもこうにも億劫で、部屋から出るに出られません。。なので買い物にも行けず、生栗なんて買ってくる事もできないままなのでした。あ、もしかしなくてもこれって引きこもりですね(笑)。

2007年11月11日(日) No.62


星を見る

ひたすら眠りたがっていた眠り病が終わりを迎え、平静を取り戻しつつあります。原因はよく判らないのですが、おそらく異動して約2ヶ月の仕事のストレスや、プライベートでの人間関係や、その他諸々が影響して、私は少々限界気味だったのではないかと。こういう事はどうしたって起こり得ます。それは仕方ない事です。慣れる前につぶされるか、つぶされる前に慣れるか。それが判っているだけでも、私は多分大丈夫なのでしょう。

気力を取り戻しつつあるときに、ふと、星を見ました。以前、もっとずっとうつ病っぽくて辛かったときはよく星や月を見ていた事を思い出しました。あの頃は、自分の感情も感覚も何も信じられなくて、ただ、何かを綺麗だと思う事ができているうちは自分は大丈夫なんだと、根拠もなくそう自分に言い聞かせて、ひたすらに綺麗なものを追い求めていました。星や月を眺めていたのは、それが一番手近で、季節を感じる事ができるものだったからです。今、空を天を仰ぎ見る事がなくなったのは、上を見る余裕もないくらい現実が忙しないのか、見上げなくとも大丈夫なくらい安定しているのか。ともかくも、冬のオリオン座は見事な美しさでありました。

劇団四季の「アイーダ」を観ました。四季のミュージカルはこれまでにいくつか観ましたが、今回が一番観られたような気がします(笑)。

2007年11月18日(日) No.63


体調不良

2週間、ここに書きませんでした。訪れてくださる方々、ごめんなさい。特に何かがあったという訳ではないのですが、なんというか、機会を逃したというか、疲れていたというか・・・。

さて、体調不良真っ盛りです。自律神経が少々狂ったらしく、肩こりがひどくて、そこから頭痛や目の感覚がひどくおかしいです。多分血行が悪いんだと思ってゆっくりお風呂で湯船に浸かってみたのですが、湯あたりしそうになったので、肩こりが治る前にお風呂から撤退しました。という訳で未だに治らず。ビタミンBでも不足しているのでしょうか。栄養ドリンクを飲んだら治るかな、と考えています。

そんな体調なのに、さすが12月だけあって、予定が目白押しです。ちょっと死にそうですが、久方ぶりに楽しい飲み会に参加してきて、仕事の前任者にいろいろお話を聞いてもらったり、他愛無いお喋りで笑ったりしてきたので、精神的には大丈夫かもしれません。身体的にはうーむ、って感じなんですが。というか、そんな体調のときに飲み会に参加するな、という声が聞こえてきそうですが、私もそう思うのですが、以前からの予定だったのですよ。そのときにはここまで体調が悪くなるとは予想できなかったし、滅多に会えない人が出てきてくれた事もありましてね。

まぁ、生きていればいろいろあります。何事も経験と思って、何とか乗り切りたいものです。

2007年12月9日(日) No.64


林檎が美味しい

胃が気持ち悪くて、冷たい果物だったら多少は受け付けるだろうかと、林檎を手に取りました。美味でした。

忙しさに拍車がかかっている、というよりも、人に気を使う事が多すぎて疲れているようです。八方美人にはどうしたってなれないのですが、それでも嫌な顔をされない方が良いに越した事はないので、必然的に言葉を選んで一生懸命解決策を見出そうとします。これが非情に疲れるのですな。もう、脳をフル回転させてる、って感じです。

まぁそれも、あと1週間余りで多分終わるでしょう。それでこの疲労困憊で満身創痍な日々も終わるに違いないと願いながら、忙しい師走を乗り切りたいものです。

2007年12月16日(日) No.65



年末年始のあれこれ

またもやお久しぶりです、と言うべきでしょうか。最近めっきりPCに向かう事が少なくなりました。

さて皆様、あけましておめでとうございます。今年もまた、時々ここをのぞいてくださったら嬉しいです。よろしくお願いします。

えーと。
書かなかった間に起こったあれこれを書きます。
まず、29歳になりました。
誕生日の次の日に、クリスマスケーキにろうそくを29本立ててくれた人がいました。29本全部を懸命に立てようとしているのを見て、最初は嫌がらせなのかとも思ったのですが、火をつけて灯かりを消したら、存外に綺麗で。なんだか感極まって泣いてしまいました(笑)。火の力というのは大したものですね。

それから、誕生日の1週間くらい前に急性胃炎になっていました。人に気を使いすぎたり、食べ過ぎたり(爆)、疲れていたり、そうこうしているうちに胃炎になってしまったようです。胃痛ではなくて、ひたすら気持ち悪い。眠りたいのに横になるとむかむかが悪化するので、布団にくるまりつつも上体は起こしている状態になっていたりして。一体私はどうしたらいいんだろうと途方に暮れました。現在はすっかり回復しまして、今度は食欲増進で太りつつあります(苦笑)。

あとは、今回の年越しは、電車の中になりました。京都に行きたい、行こうよ、との誘いを跳ね除ける事ができず、やれやれと思いながら同行したのですが。結果として楽しかったし良いのですけれどね。初日の出は生駒山から見てみたり。あまりの寒さに唇が凍えて上手く喋れなかったり。1月1日の午前1時くらいにマクドナルドのメガトマトを食べてみたり。まぁ、同行者とずっと手を繋いで歩いてみたりもしたので、結果としてラブラブ(爆)に過ごしたのでしょうけれど。なんというか、まぁ、たまにはこんな年越しも良いでしょうと。えー、つまり、大晦日から元日にかけて、京都奈良に行っていたのですよ。ホテルかどこかに泊まろうよ、と提案したのですが、関西はほとんどの鉄道が終夜運転をしているのでその中で眠れば大丈夫だと押し切られ、青春18きっぷを使って眠るためだけに電車に乗る羽目になりました。結果として年越しというのも、その中でだった訳です。で、生駒山の山頂に行くためにケーブルカーがあるのですが、それに乗ってみたかったらしく、ついでに山頂で日の出を待つ事になりました。雪雲が多くて、結局太陽は見えなかったのですけどね。そんな訳でバイタリティーあふれる(?)正月となりました。一年の計は元旦に有り、とすれば、今年一年、一体どんな事になるのでしょう。少々恐ろしい気がします(笑)。

2008年1月6日(日) No.66


一人暮らしを始めてから、苺を食べる事が多くなりました。買ってきてしばらく置いておくと、苺の甘い香りが漂ってきて、とっても幸せな気分になります。我ながら安上がりな人です(笑)。

京都にある愛宕山に登ってきました。別段、登山が好きな訳ではないのですけどね、行きたいと言った人に引き摺られた訳です。普段運動不足で、心肺機能がものすごく衰えている身体には、正直負担が大きすぎました。傾斜角度が急すぎて、登るたびに呼吸が乱れるし、心拍数が上がるし、下りは下りで膝や爪先に負担がかからないようにゆっくり下るのに神経を使うしで、大変疲れたのでした。その横で全然疲れていなさそうな同行者を、つい恨みがましい目で見てしまったり(笑)。まぁ、いろいろ気を使ってくれたので、別にいいんですけどね、基本的に基礎体力が違うって事を考慮する事は、多分この人には難しいんだろう、と諦めています。

で、自分ばかり苦手なものに付き合わされるのは癪に障るので、相手の苦手なもので私が得意なものに付き合わせてやる、と思ったのですが、はてそれは何だろう・・・ってな感じでして。まぁ、私が好きなもので相手が興味ないものはいくつか知っているのですが、無理矢理付き合わせたところで双方面白くないのは理解できますのでね、私は多分、そういうものはこれからも独りで楽しむんだろうな、と思っています。ちなみにそれは、アートだったり読書だったり、ってところでしょうか。現代アートに全く興味を示さない人を、会場に引っ張っていって理解するように仕向けたら、脳が筋肉痛にでもならないかしらん、と目論んでいるのですが、ああした感覚に訴えるものは、感覚を閉ざしてしまえばお終いですからね、無理だろうと思っています。

そんな訳でこの1週間、足が大変な筋肉痛でした。階段の昇り降りはもちろん、普通に平地を歩くだけでもかなりの思いをしましたよ(笑)。そして筋肉の修復をしたい身体はひたすらに眠りを欲しがるので、8時間くらい眠っていてもまだ眠かったり。つくづく散々な目にあったのでした。

2008年1月20日(日) No.67


自信について

ひどく強いストレスがかかったらしく、エネルギー切れ状態になりました。なんだか判らないけれど、本質的に上手くいかない事というのがあって、努力はしているんだけど、それでもやっぱり時々顔を覗かせる、人によってはカルマとか運命とか呪いとか、そう言ってしまいそうなもの、そういうものが一時的に表に出た結果、自信を喪失し、疑心暗鬼になりました。

そういう事があったので、改めて自信というものについて考えていました。自信を持つというのは、難しいです。人の意見に耳を傾け、過ちを認める事、しかし人の意見に流される訳ではなく、自分の意見を持っている事。そういう事を相対的に判断できるのは、それなりのバランス感覚を持っていなければなりません。絶対的なものは多分存在しないと思うので、相対的になる訳ですが、相対的なバランス感覚というのはまた難しく。それを持っている自分でありたいと努力してきたつもりでしたが、それを可能にするにはできる限り中立的な情報と、良き環境が必要なのでした。

中立的な情報についてはともかく、環境が只今劣悪なのです。その環境について幾人かの意見を仰いでみたのですが、慣れるしかないだの、気にしないでおきなさいだの、根本的な解決策は見出せないままでした。このままでいると、私は自分の中に溜め込んだ不満や不安や恨みを昇華させられなくなって、そのうちにとても嫌な人間になってしまうのではないかと、とても怖くなります。だからといって、どうする事もできないのですけどね。

さて、土日2日間引きこもりでした。誰にも会わず、一言も喋りませんでした。ですがネットサーフィンでたまたま出くわしたサイトが大変面白くて、爆笑しまくっていました。さすがに声に出して笑うと隣室に迷惑になるかもしれないので、吐息だけで笑っていたのですが。笑うって重要ですね。。

2008年1月27日(日) No.68


現実逃避

学校の期末試験が身近に迫っており、一段と現実逃避が激しくなっております。学校は、講義を受講するのは楽しいんですが、試験がなければなぁ、って感じです。まぁ、評価がつかない講義なんてオープンカレッジか何かのようで、真剣に受講するのも難しくなりそうですが。

時々思うのは、結局私は何を求めて学校へ入学したんだっけ、という事です。つまるところそれは、絶望的なまでの日常をどうにか行き抜くためのひとつの手段でした。簡単には投げ出せないけど、いざとなったら仕事よりも優先度は低くて投げ出せるものが必要でした。私には簡単に投げ出せるものと、絶対に投げ出せないものしかなくて、けれど、絶対に投げ出せないものは生活のために必要で、簡単に投げ出せるものは生き甲斐にもなってくれませんでした。淡々とした日常を、いかにして絶望に染まらずに生きるか、というのがその頃の私のテーマで、その答えは、エネルギーを極限まで使い切る事、でした。要は暇だから余計な事を考えるのであって、忙しければ余計な事を考えずに済むだろう、と思ったのですね。

さて、そんな考えを実行に移して約2年。確かに絶望には染まらずに生きていますが、いざというときのエネルギー切れが激しいですね(苦笑)。ぎりぎりのエネルギーで生活しているために、何かが起こったときにそれを吸収できるだけの余裕がないのです。これはその当時の私には予想できなかった事でした。

いろいろと試行錯誤を繰り返して、そのうちに自分にとって最良の方法を見出す事ができれば、と思うのですが。

あ、もちろん、学校へ行ったのは、上の理由だけではないですよ。他にも、スキルアップを図るとか、四大卒の資格を手に入れるとか、一石二鳥どころか、一石五鳥くらいの効果を狙っていました(笑)。

さて、勉強しなくては・・・。

2008年2月3日(日) No.69


疲労度の激しい日々

試験は終了しました。終了した途端に気持ちに余裕が戻ってきて、夜更かしをしてみたり、友人と食事がてらお喋りに花を咲かせてみたり、映画を見に行ってみたり、バレンタイン商戦に巻き込まれてぐったりしてみたり、それから祖母の一周忌に出てみたり。学校がある時よりもエネルギッシュに活動しているので、素に戻った途端、疲労が激しくていけません(爆)。

吹雪の中をドライブしてみました。日常的に車に乗るようになってから約2年。スタッドレスタイヤは持っていても、吹雪という事態は初めてでした。フロントガラスに雪が降り積もるのは雨と似たようなものと思えても、標識や道路の白線が見えにくくなるのは、なるほど、これが雪の被害(?)かと感心しきり。楽しかったです。

見た映画は「ぜんぶ、フィデルのせい」。フィデルというのは、カストロ議長の事です。フランスの映画なんですが、1970年代に、いきなり両親が共産主義や女性解放運動に染まってしまった女の子のお話でした。面白かったです。なんとなく、子供の教育について考えてしまいました。

2008年2月14日(木) No.70


哀しみは空へ

哀しみは空へ、
憂鬱は水へ、
流してしまえたらどんなにか良いだろう。

なーんて似非詩人になってみました(笑)。
実際のところ、哀しみはともかく、憂鬱ではあります。なんだかよく判らないけれど、どよよんとしていて、何にもしたくないなぁ、って思ってる。気力が尽きているのでしょう、きっと。

自分も他人も憎んだり責めたりしないようにできるための言葉なんていくつか持っていて、やろうと思えば私は、物は言い様っていうのを忠実に実行できるのですが、そのせいでかなり雁字搦めになっているのにも気付いております。どこにも逃げ場を作れないっていうのは、やっぱり辛いですな。

学校の試験が終了して、去年落とした単位のためにレポート提出や再試験があったのですが、あまりに力尽きていて、諦めてしまいました(爆)。やれやれです。憂鬱の原因は、そんなところにもあるのかもしれません。

最近は、八朔や甘夏、伊予柑や文旦が美味しいです。苺も美味しいですけど、私はやっぱり柑橘類が果物の中では一番好きみたい。もう少し暖かい季節になれば、日向夏が食べられるなぁ、と楽しみにしています。

2008年2月18日(月) No.71


吹雪に呑まれる

吹雪の夜、堤防沿いの道路を1時間以上ドライブする羽目になりました。フロントガラスに吹き付けてくる雪がライトに反射して、視界の邪魔をする事甚だしく。ただでさえ不案内な道なのに、視界は悪いしスピードはそれなりに出さなきゃいけないし信号がないから休む事もできないし中央線も停止線も見えにくいし、で、大変疲れたのでした。やれやれ、不案内な道はせめて晴れている昼間に運転すべきですな。

この一週間は、カラオケでたくさん歌って楽しかったり、久々に図書館に行って借りる本を選ぶのが楽しかったり、楽しかった反動で疲労が押し寄せたり、そしてドライブで疲れてみたり、相も変わらずです。私には疲れない日々は訪れないのかと嘆いてみたいです、本当に。

ちなみに、疲れたドライブの原因は、その同行者が、開通した新名神高速道路の亀山に行きたいと言って、行ってきたからです。彼は何故か、自分の車に私を乗せたがらないので、ふたりで出かけるときには私が運転しています。運転するのは嫌いじゃないし、別にいいのですよ。私は道を知らないので、彼がナビをしてくれます。彼が言うには、助手席って楽でいいなぁ、と。曰く、運転していると地図を見たりできないし、CDを取り替えたりする事もできないから、と。まぁ、彼の言わんとしている事は判ります。また、出かけたいところも聴きたい音楽も特にない私はこの場合彼に合わせるのが良い事も判ります。ですが私は、例えば彼がいてくれた事で楽になった事などあるだろうか、と考えてしまったりするのです(笑)。その原因は、要は、私が好きな事、楽しいと思う事は私ひとりでやれてしまうために彼を誘わない事にあるのですが。

以前、職場の先輩と話していたら、先輩方の頃は、男の人が全てセッティングしてドライブに連れて行ってくれて、女の人はお礼におにぎりを持っていったとか。それを聞いて、「・・・」な気分になりましたよ。そんなバブリーな時代の人にはどう転んだって私はなれませんわ。

2008年2月24日(日) No.72


ありがとう、さよなら

彼と、別れてしまいました。

彼曰く、他に好きな人ができた、と。

それが本当か口実かは判りませんが。

人生で初めて愁嘆場を演じてしまいました(笑)。

私は未だ彼が好きで、その好きな人と別れる事となったのは悲しき事なれど、どこかでほっとしている事もまた事実です。これでようやく振り回されずに済む、と。彼と付き合うようになってからの約8ヶ月、想像以上に彼は強引で、自分に自信を持っていない私はとりあえず彼に合わせようと振り回された挙句、自分を見失いかけ、情緒不安定になっていました。これではいけないと、思う事は口に出すようになってきた矢先の事だったので余計にショックは大きいです(笑)。

ただ、言うなれば彼はジプシーで私は定住者で、私が望むものは安定で、彼が望むものはそれではなかったのです。だから、今別れなくともいずれ破綻が訪れていたのは必至でした。

復縁を望むとか、別れても友達として付き合うとか、そんな事は露ほども望んでいませんが、傷つけられた自尊心と未だ引き摺る恋情が悲鳴をあげていて、時節涙ぐんでしまいます。全くもって自分がここまで情熱的だったとは、我ながら意外でした。

さて、これから私はどうなるのでしょうね・・・。別れた挙句の自殺だなんて、そんな事は絶対にしませんし、いずれこの事を笑顔で語れるようになる事もよく判っています。今はまだ笑顔にはなれませんが。

でも、私にとって彼は何しろ初めて付き合った人だった訳で、初めて恋をした人だった訳で(そう、何と初恋だったのですよ、、、)、尾を引く事は間違いない訳で、やれやれって感じです。これから先、私は別の人を好きになれる日がくるのだろうかと考えてしまいます。

人生とは本当にままならぬもの。生きる意味とか、いろんな事を考えました。神さまがいるのなら、私に力をくださいって祈るところです。

とりあえず、貴重な経験をさせてもらったという意味で、彼に感謝を。そしてどうか心穏やかなる日々が私に訪れますように。

2008年3月3日(月) No.73


その後

逆上して殺人未遂犯になりかけたり、TPOも考えず泣きかけたり、様々な事がありすぎた週でしたが、本日彼と話し合いをしてきました。

どうやら本当にいろいろな事が行き違っていたようで。

結果として、言いたくて言えなかった、飲み込んだ言葉を吐き出してきて、ついでに彼の本心っぽいものも聞けて、なんだかすっきりしました。

事あるごとに涙ぐんでしまうのは未だ変わりませんが、多分、少しずつ前を見る事ができると思います。


そういえば、葛飾北斎の展覧会を見に行ってきました。北斎といえば浮世絵の版画くらいしか知りませんでしたが、実際には肉筆画や漫画、シーボルトの交流など、ずいぶんな天才だったらしいです。実を言うと版画と肉筆画の区別も今まで考えた事がなかったのですが、実際に見て、違いがよく判りました。肉筆画は立体感があってすごく生々しいです。版画はもっと平面的、というか。


彼と別れてから何を食べていいのか判らなくなって、食欲がなくて、何かを食べても味がよく判らない状態になっています。おかげで痩せました(笑)。今は、失ったものを過去にするための、言わば喪の期間だと思っています。生命維持に必要なくらいは食べていますので、心配なさらないでくださいね。少しずつ少しずつ、また歩き出せたら、と思っています。

2008年3月9日(日) No.74


ストレスフリーな日々

少しずつ、いろんな事が元に戻りつつあります。それに従って考え事も進化しつつあります。

基本的に私は、後悔しない性質です。反省はしますが。後悔っていうのは、「あのときああすれば(ああしなければ)良かった」と思う事で、反省っていうのは「あのとき何故私はああ思い、何を考えて行動し、その言動にどういった心理があったのか、そこに自分の非はないか」と考える事と思っています。

様々な出来事を私は、「あのときあんな風だったから失敗したんだ、だったら他にどういう行動ができたんだろう」と分析しながら、自分の非は潔く認め、前に進んできました。今回の彼との事も、落ち着きを取り戻しつつある今、いくつかの観点から反省材料を見出しているところです。

きっとそうして、私はいつか、自分の真実欲しいものを手に入れる事ができる、と信じています。彼は、別れを告げたとき、「また独りだった頃に戻るだけだ」と言っていたのですが、私はそうではなくて、また新しい境地に向かうのだと思っているのですよ。少なくとも、一度知ってしまったものを知らなかった頃には戻れないのです。まぁそれは、一種の経験値という事で、私は重要だと思っているのですけどね。

さて、映画「犬と私の10の約束」を観てきました。なんだかとてつもなくやさしい物語が見たいなぁ、と思いまして。この映画がやさしいかは判りませんが、少なくとも銃撃や爆撃はない訳でして。えーと、、犬がとっても可愛かったです♪

2008年3月16日(日) No.75


THE END or...?

例の件(笑)について、ひとりの人に話を聞いてもらう機会を得、経緯の説明と今後の相談をしました。なんだかとてもすっきりしました。一区切りついたような気がします。

話をきちんと聞いてくれる人がいるっていうのは、とても素敵な事です。本当に感謝しています。ありがとうございます。そして、ここを読んでくださっている方々も、きっと心配してくださっていたと思います。本当に、めちゃくちゃいっぱい、すごく感謝です。ありがとうございます。

涙ぐむのが終わるのには、まだ少し時間が必要のようですが、とりあえずこの件についてはこれで終了!さよなら、って感じです。

ちなみに、涙ぐむ理由ですが、どうやら幸せだったときの事を回想すると、自然とそうなっているようです。全てを否定する気はないので、涙が出るうちは出るにまかせておこうと。私もなかなかの乙女心の持ち主だったようです・・・(苦笑)。


映画「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を観ました。やさしいお話かどうかは判りませんが、ブルーベリー・パイにアイスクリームを添えたものを食べたくなりました。

最近は、サーティーワン・アイスクリームでアイスクリームを食べる事が増えました。ショーケースの中の色とりどりのアイスを眺めるだけでとても楽しいです。今日は「バーガンディチェリー」というものを食べました。美味でした☆

2008年3月23日(日) No.76


睡眠不足とその後のその後

母が海外旅行に出かけているので、その間父の様子を毎日見に行って、と頼まれました。とりあえず全ての食事はできるように用意されているし、洗濯も何とかなっているらしい。私が行って特にやるべき事はないんですが、まぁ、父の様子見、という感じですね。つまりは父がいきなり倒れたりしても誰も発見できないので、その役目が娘の私に来ているという訳でした。

母には海外でも何でも行って楽しんできて欲しいし、そのためなら多少の協力は惜しまない気持ちはあるのですが、片道1時間の道のりを毎日。しかも実家での滞在時間は約1時間。うーん、時間の無駄ですわ。とは思うものの、それなら母が帰ってくるまで実家で寝泊りしようという気には全くならないのでした。何故って、父に頼りきられると困るからです。私は母じゃないので。薄情な娘です・・・。

最近は春のせいか、眠くてたまりません。まぁ、睡眠不足だったり、遠出して疲れたりしているので、そのせいもあるのでしょうが。三重県立美術館で「液晶絵画」展を見てきました。ヴィデオアートは結構好きです。まるで屏風のようになっている液晶画面がありまして、そこに映し出される動く日本画が素敵でした。


さて。その後のその後。
ひとりの人に話を聞いてもらった結果、恋人としては既に切れている繋がりを、友人としても知人としても完全に切るべきと判断し、その宣告をしたところ、大変慌てて電話がかかってきまして、話し合いの場を持ちました。彼の言うところの真意と真実を聞き、私の欲しかった詫びの言葉を貰いました。恋人としてやり直そうと言われたのですが、彼の言葉でしっかり傷付いてしまった私は、例え彼が冗談のつもりだったとしてもそれを簡単に許せるはずもなく、信じる事もできない訳で、私の流した涙の分だけ私の信頼を取り戻すために努力しなよ、と言ったのですが、泣かれました。。。泣くなー!泣き虫ーーー!!!というニュアンスのもう少し弱い言葉を投げたところで、彼にしたら私に受け入れてもらえたと思ったようです。そんな訳でややこしい事に、彼はまだ私の傍にいます。彼に対する私の恋情は未だ戻らず、だから私にとって彼は恋人ではないのですが、近しい人ではあります。救いは、これからは不快な思いをしても、我慢せずにそれを伝えられる事、でしょうか。

なんというか、私も彼も、相当にお騒がせな人です。皆様、本当にごめんなさい。

将来的な事を見据えたら、私は彼と切れるべきだというのは承知しています。彼とは結局方向性が違う。人生の伴侶にはなり得ません。それを抜きにしても私は彼の行く末を見届けたかったのですが、どうやら叶わなかった事のようで。まぁ、人と切れるにもタイミングがあります。今はまだその時には非ず。全てのものが在るべきところに在るべきように収まるには、多分それなりの時間が必要なのでしょう。それをいかに見極めるのかは、これからの自分次第。正念場ですわ。

2008年4月6日(日) No.77


くまくま

学校が始まりました。いつの間にか3年になっていて、それに伴って講義が専門科目ばかりです。楽しそうではありますが、難易度も高そうなので、前途多難っぽいです。

あまりの睡眠不足にくっきりと隈が浮き出てしまいました。それを解消する意味もありますが、心身ともに限界だったのもあって、休みはずっと眠っていたのですが、そうしたら今度は睡眠過多の頭痛が発生。我ながら馬鹿馬鹿しいです。もう少し上手に睡眠を取れるようになりたいなぁ、なんて。

映画「モンゴル」を観ました。これほどに戦闘シーンが多いとは思いませんでした。しかしながら、ばたばたと人が死んだり傷付いたりしている割にはちっとも痛くなく。映画などで顔をしかめたり痛かったりするシーンって、私はどう判断しているのでしょうか。少なくとも人が殺されているのに痛くないのはどういう手法による撮影なのかな、と疑問に思いました。

そういえば、この映画を観て、もうひとつ思った事があるのです。結局争い事は男が起こすものなのかなぁ、と。モンゴルという地域で女性の地位が高そうには思えないのも一因ではありますが、殺すか殺されるか、の戦いをしている様を観ると、私としては、こいつら暇人か、と思いたくなるのですよ。そんな事しているんだったらもっと生産性を高める工夫でもすればいいのに、と思ってしまうのですが、それは私が日本に住んでいて、そんなに生活に困っていないから思える事なのかもしれませんね。おそらく彼の地では略奪や襲撃は、放牧に比べればより効率的なのでしょう。

2008年4月13日(日) No.78


苺を食す日々

何故だか最近、苺ばかりを食べています。身体がビタミンでも欲しているのでしょうか。まぁ、食べて悪いものでもないので、毎日食べていても構わないのですが。

学校がフルに始まって一週間、既に身体には負担らしく、目が乾いています。涙の量が少なくなるのは、私の場合、身体の不調のシグナルみたいなものです。精神的にはまだ大丈夫なんですけどね。

専門的科目が多数を占めるようになってきたのですが、その分先生も癖があるというか、個性的な方々が多く、うーむ、って感じです。やっぱり学校というのは閉鎖的な組織だなぁ、と、つくづく。

飽きもせず苺を買いに行った先のスーパーで、日向夏を見つけました。もちろん買いました。私はいつまでも疲労を繰り返しているけれど、季節は確実に進んでいるのだと、実感した瞬間でした。

2008年4月20日(日) No.79


夜のざわめき

何日間か、どうにも不安定でした。心がざわめいて、落ち着かないのです。例えるなら、ちょっと狂っちゃったアンテナのせいで普段は拾わない周波数の音まで拾っちゃっているような。

普段はどうという事もないはずの夜が、ひたすら怖くて怖くて。何が怖いのかすら判らない状況で、ただ頭の中が「怖い」とか「嫌だ」とか「不安」とかで埋め尽くされる感覚は、まさしく恐怖です。

これを打ち破る方法は、実はいたって簡単で、誰かと一緒にいれば良いのです。あっちの世界に足を踏み入れそうになっている私を、こここそが現実だと、その誰かは存在するだけで私に知らしめてくれるでしょう。その誰かというのは、本当に誰でも良いのですよ。実家に住んでいたときは父がその役割を担っていました。父は自分がそんな役を果たしていたなんて全く気付いていないでしょうが。

さて、こんな状態が長く続くようならさすがに私も精神科領域の受診を考えますが、既にして症状は消えています。馬鹿馬鹿しい事この上なく。。。日常生活に支障は出ていないし、ここで書かなかったら誰も気付かないとは思いますが、鬱陶しいので、どうにかならないかな、なんて考えているのでした。

ちなみにこれは、不安障害、のようなものかと思います。不定愁訴と同じく、不定期に出現するもので、一応慣れているので、ご心配なく。


ところで、どういう刺激でもひたすら過敏に受け取って怖いと思ってしまう状態は、実は感受性がかなり目一杯開いている状態でもあると、勝手に私は思っているのですが、ずっと以前にそういう状態に初めてなったときの事を思い出していました。大げさな比喩表現をするなら「世界が美しかった時期(笑)」です。全てのものが美しく思えた時期が、あったのですよ。朝昼夜の空の表情。雨に濡れ日に照らされる緑。色とりどりの花の色。本は全て面白く、音楽は全て心に響き、アートは全て感銘を受けました。そういう、チャンネルが開いている時期があって、そのときに、刺激を外界から感性を司る部分へ送信するショートカットができたのだと思うのですが、どういう原因でか、そのショートカットが混線するときがあるようです。感受性が鋭い人でありたいと願った私は、同時に、ちょっと恐怖が鋭い人になる事も引き受けねばならなかったのかもしれません。そんな事をつらつらと考えていたのでした。まぁ、長所と短所は表裏一体という事で。

G.Wですね。人ごみが嫌いな私は、いつもどおりの休日です。ぼんやりして、時々果物を食べていますよ。

2008年4月27日(日) No.80


G.W

四日市市立博物館で開催中の、ル・コルビュジエの展覧会を見てきました。どうでも良いですが、今まで私はコルビジェだと思ってました。コルビュジエ、って発音しにくいです(爆)。もうひとつどうでも良いのですが、最近三重県に行く機会が多いような・・・。まぁ、大して遠い訳でもないのですが。

さて、ル・コルビュジエは、言わずと知れた(?)建築家です。建築に興味がある私は、そういう展覧会を見るのも好きなのですよ。建築には思想が織り込まれている気もしますしね。で、いくつかの建築物の写真や模型が飾ってあったりしたのですが、とりあえず光についてこだわっているのは判ったのですが、それ以外の細かい事などは、判ったのか判らなかったのか、微妙なところです。フランス語のメモとかもあったのですが、読めませんしね(苦笑)。カタログを買ったので、読んだらもう少し理解できるかもしれません。

この展覧会で気に入ったのは、実は建築ではなく、リトグラフや彫刻(?)の方でした。現代アートみたいで意味不明だったのです。それから映像作品も。意味が判らなくて見る側に想像を与えてくれるものを私は好みます。単純に美しいものも好きですけどね。

そんな訳で連休は外出してみたりもしました。どこもかしこも人が多くて、それだけで疲れます。それを除けば楽しかったですが。とりあえずまた、頑張りましょうか・・・。

2008年5月6日(火) No.81


孤独は恐ろしい?

母方の祖母の納骨に行ってきました。母の実家の宗教は、浄土真宗本願寺派で、いわゆる西本願寺です。そこの納骨堂が大谷本廟というところにあり、そこに行ってきた訳です。個人で行ったのではなく、檀家になっているお寺が2年に一度そういうツアーみたいなのをやっていて、それに参加したのですが。ちなみに、故人の娘である母はともかく、孫である私に参加義務などありませぬ。が、滅多に経験できなさそうなものであるからして、面白そうだと、不純な動機で参加してみたのです。

さて、大谷本廟の中にある、無量寿堂という建物が納骨の場所だったのですが、これが想像を絶するかなりすごいものでありました。はっきりとは知らないのですが、10階建てくらいの建物がふたつ。その中に整然とコインロッカーみたいなのが並んでいます。その一つ一つがお寺や個人名義の納骨場所でして、私が同行したお寺の場所では、何段もの引き出しの中にいくつもの骨壷がずらりと入っておりました。ひとつのお寺だけでも一体何人分の骨が納まっているのか、見当もつきませんでしたが、さらにそれが建物全体となると、一体どれだけ分になるのか、想像する事も難しい、ものすごい数になるだろうと、空恐ろしいものを感じました。

基本的に宗教は、生きている人のためのものだと私は思っています。こうして故人の納骨をするのも、死んだ人のためではなくて多分自分のため。人は生きている間も死んだ後も、淋しいのは嫌だし、尊厳なく扱われるのも嫌なのですね、きっと。

私自身は、特定の宗教に帰依している訳ではありません。盲目的なほどにひとつのものを信じる事ができたなら、それはそれで幸せなのでしょうが、生憎と私は、そんな性質ではないのですよ。だいたい宗教の役割なんてものを考えている時点で信者としては失格でしょうしね。

そんな空恐ろしさを感じつつ、立ち寄った西本願寺では、普段非公開の建物の中を見せてもらえたし、青蓮院というお寺はとっても素敵だったしで、大変満足な一日だったのでした。雨が降っていて寒かったけど(苦笑)。

2008年5月11日(日) No.82


空が広く見えた日

田に水が入っているのを見て、なんだか空が広いと感じました。どう表現すればいいのか判らないのですが、なんだか圧迫感が少ないような。そんな風に気持ちが良くて、呼吸が自由にできる気がするのは、久しぶりの事でした。

映画「隠し砦の三悪人 THE Last Princess」を観ました。元の作品を知らないのですが、面白かったです。映画評で「裏切りご免」の台詞がここで出てくるとは、みたいな事が書かれていたので、それを楽しみにしていたのですが、確かに作中にその台詞は出てきましたが、やっぱり元を知らないので、それが意外なのかも判断できなかったのでした。

映画にしろ音楽にしろ本にしろ、既に古典と呼ばれるものを知るためには、なかなか手間がかかりますな。だいたい「あの名作」だなんて言われて引用されたりするものを私はほとんど知らないのです。本については多少努力してみましたが、まだまだ精進が足りない事を自覚しています。映画と音楽については、これはもう、そこまで手が回らないというか。先は長いです・・・(苦笑)。

最近は「失うものを嘆くより、手の中に残るものの価値を見出そう」と考えていました。別に私が何かを失った訳ではないのですが、相談事を持ちかけられた友人にどう言ったら良いのかと考えていて出てきた言葉です。ちょっと宗教っぽいですね(笑)。実際のところ、楽になる方法は、多分何にも執着しない事。それができれば苦労はしない、のですが(爆)。

2008年5月18日(日) No.83


クモくん

そういう季節なのか、最近クモを目撃する事が多いです。あまりに大きいものはともかく、普通サイズのクモは殺す事もない、と放っておくのですが、ここにクモの巣を張られると困るなぁ、という場合には糸を切ったりしておきます。先日は洗面所の洗濯物を干すための棒に糸が張られていたので、こらこら、ここは駄目よ、と糸を切ったら、今度はいつの間にかトイレに移動して羽虫を捕食していました。君たちどうやって移動しているんだ、と思わず訪ねたくなった瞬間でした。

少々エネルギー切れを起こしたようで、週末はどこにも出かけず誰にも会わずに過ごしました。カーテンを締め切った暗い部屋でぼんやりと音楽を聞いてみたり、小説を読んでみたり。

時節思うのは、私が好きなのは「お話」なんだなぁ、という事。それで、音楽や絵画も実は「お話」なんだなぁ、とふと思いました。現実世界でも空想世界でも、とにかくどこかの世界を切り取って文字や音や絵として表現する。私が好きなのは、そうした物語性を感じるものなのでしょう。

最近は、暑さのせいで空調が入る事が多く、そのせいか足がだるいです。じっとりと嫌な汗をかくので、岩盤浴にでも行って汗をかいてこようかと思ったのですが、前出の通り引きこもりになっていたため、出かけられませんでした(苦笑)。もっとエネルギッシュに活動したいのですが、なかなか難しいです。

2008年5月25日(日) No.84


文学の話

久々に純文学っぽいものを読んでみて、大変楽しい思いを味わいました。やっぱり私は純粋に、そういうものが好きなんだなぁ、と実感しました。

何かの解説本や、論文めいたものや、何かの役に立つようなもの。それらはそれらで悪くないと思います。けれど一見するとそれを読んだところで何の役に立つのか意味不明なもの。それこそが私が読んで面白く楽しく感じるものなのかもしれません。

「文藝」夏号を読んでいたのですが、その中で、『小説や文学に期待されてきたのは「私」がどこにいるかということ。人間がどういうふうに存在しているのかということのヒントとして小説を読んできた』とあったのです。それより少し前に好きな作家さんの三浦しをんさんのブログに、『私が漫画を(というか創作物全般を)愛するのは、たぶん諦めきれないからだ。なにもかもを、諦めたくないからだ。』とありまして、何かものすごくタイムリーなものを感じたのでした。

三浦さんの仰るところの、諦めたくない、というのは大変に共感できるものです。多分私も、諦めたくない。行き着くところの先は多分見えていて、そこにあるのは決して明るくないものしかないとしても、それでも私は多分、やっぱり探してしまう、諦めきれない。

おそらくは、小説でも何でも、とにかくそれは「世界」を考える事で、だったら私が埒が明かないような事ばかり考えてしまうのは、そうした小説の影響なのかもしれません。

楽しかった暁に「世界」を考える私は、おそらくどうかしています(笑)。楽しいのですけどね。やっぱり私は暇人でしょうか(爆)。

2008年6月1日(日) No.85


逸脱

梅雨の湿気にやられたのか、ちょっと疲れが出まして、なんだか嫌だな、と思う事がいろいろあって、余裕がなくなっているのも自覚していたので、とりあえず学校の講義をサボタージュしまくってみました(爆)。まぁ、実験のデータがないとレポートが書けないものと、人にノートを頼まれた講義は出たので、完全に休めた訳ではないのですが。

で、サボったはいいけど、何をしていたのかと言うと・・・、これがな〜んにもしていないんですな。ただひたすらぼんやりしてただけ。自分でもうーむ、って感じです。

あまりに雁字搦めの生活をしていると、時々逸脱行為をしたくなります。そんな大それた事じゃなくて、例えば一本だけ違う道を通ってみるとか、行った事のないお店でご飯を食べてみるとか。私の逸脱なんて大した事じゃ全然ないんですけどね。今回はそんな気力もなくて、ただぼんやりにとどまった訳ですが、お陰で少しは楽になりました。

いろいろあって、頭の中がごちゃごちゃになっているので、スケッチブックにペンで、思いつくまま言葉を連ねてみました。普段はPCでやっているのですが、今回は何故か手書きで。実際、自分の手で何かを書くというのは、結構良いものです。その甲斐あってか、何が許せなかったのか、何にこだわっていたのか、そういう事は分かった気がします。分かっただけでは解決には程遠いですが、一歩前進?って感じで。私もなかなか忙しい人ですわ(苦笑)。

2008年6月8日(日) No.86


温泉に行きたい。

先週に引き続き、どうにも体調不良なので温泉にでも行きたいなー、なんて思っていまして、さてこの辺りで温泉というと、、、下呂温泉かな、ってな感じでネットで検索をかけていたりしたのですが・・・、撃沈しました(爆)。

結局疲れているときって判断力が低下しているので、何にも選ぶ事ができないんですよね。下呂温泉は観光地なので宿泊プランとかも山とあって、別に豪勢な料理なんていらないから素泊まりでいいか、とか、いやいや飛騨牛は食べたいし、エステもやりたいな、とか、そういう事をいろいろ考えているとだんだん自分が何をやりたかったのかも分からなくなってきて、何にも選べなくなってしまった訳です。

そんな訳で週末は何もせず(撃沈はしましたが)どこにも行かず、誰とも会わずに過ごしました。たまには華々しく(?)何か楽しい事をしたいのですが、最近こういう引きこもりが多いですね・・・(苦笑)。

ま、疲れている時に何かをしたところでろくな事にならないのは経験上知っていますので、これで良いのでしょう。それに、弱っている私にやさしい言葉をかけてくださった方々もいらっしゃって、とってもありがたかったですし。

さて、夏至が近いこの頃。日差しがとても遅くまで残っていてなんだかびっくりしています。そういう日差しは透明感があって、黄昏の雰囲気もまとっていて、少しだけ哀しくなったりもしています。どうか、この哀しみが日常生活に彩りを加えるものでありますように。

2008年6月15日(日) No.87


多分、元通り

ようやく体調不良の波から脱出できてきたような気がします。そんな訳で(どんな訳だ、)本日は友人とランチがてらお話をしてきました。

本日会ってきた友人は、なんとなく悩みどころとか不安の持ちどころとかが私と似ているので、お話をすると互いに同情しあっている仲です。書いていてちょっと、何か嫌だと思いました・・・(爆)。まぁ、傷の舐め合いなどではなく、そうする事でしか不安を解消できないのだと、信じたいです。実際、解決方法を求めている訳ではなく、どうしようもない現実の話をし合える人というのは貴重でして。

このところ考えていたのは「苦労について」でした。
人と共に生きるのであれば苦労は付いて回るもので、それが嫌なら独りで生きれば良い訳で、だから例えば苦労しているのであれば、その苦労と引き換えに何かを得ているはずで、或いは何かを得るために苦労はしなければならないはずで、問題はその得たものと苦労とが等価(或いは、得たもの>苦労)であるかという事、そして、そこまでの苦労をそのものにかける必要があるかという見極めの難しさなのでした。

と言いつつも、私は大して苦労している訳ではありませぬ。このところの体調不良で心が弱っていたので、いろんな事を考えてしまったのでした。やれやれ。

そういえば、体調不良になってから回復まで約3週間かかってしまいました。その頃は文学なんぞに久々に触れて楽しい思いを味わっていたと思うと非常に遠い気がします。久々に書店に行ったらタイトルで思わず文庫を購入してしまいました。「好き好き大好き超愛してる。(舞城王太郎/講談社)」。暇になったら読もうと思います。

2008年6月22日(日) No.88


とまと

以前、苺を食べ続けた事がありましたが、今度はトマトが大変美味しいときでした(笑)。

基本的に肉よりも野菜や果物が好きなんですが、外食したりすると、炭水化物ばかりで、なんだか鮮度の高い野菜が食べたいぞ、とばかりにトマトを箱で買い込み、毎日飽きもせずに食べていたのでした。

ちなみに、会社でのお昼も、近所のスーパーでミニトマトを買い、ぱくぱくと食べていたり。うーん、何やってるんでしょう、私。。

さて、映画「奇跡のシンフォニー」を観ました。ストーリーそのものはありきたりな気がしましたが、音楽が大変素敵でした。時々、溢れ出るままに音楽を奏でる事ができたら、と思います。音楽でなくとも、踊りでもいいんですけど。基本的に型にはまった形でしか奏でられないので、そういう事ができる人が大変羨ましいのですよ。

まぁ、まだ言葉では多少表現できるかなぁ、と思いながら久しぶりにイチハラヒロコの作品集を読み返してみました。この人の言葉のセンス、なんともやっぱり面白いと思います。

2008年6月29日(日) No.89



潤い

結婚した友人と半年ぶりくらいに会い、食事をし、美術館の展覧会を観、カラオケをしてお喋りを楽しみました。

観に行ったのは愛知県美術館の「誌上のユートピア 近代日本の絵画と美術雑誌1889-1915」展。印刷技術が発達した時代の雑誌の表紙や挿絵の展覧会ですが、大変綺麗で楽しいものでした。以前、江戸時代の浮世絵でも現代に通じる新しさはあると思ったものでしたが、今回のこの明治時代の絵画でも同様の事を思いました。私が好きなのは、モダニズムなのかもしれませんね。実際、三越のポスターなどは今現在でも十分に目を引く、斬新なものでありました。それから、神坂雪佳という人の犬の子供の絵が、また大変可愛らしくて。思わず絵葉書を購入してしまいましたよ(笑)。

それから、映画「マンデラの名も鳴き看守」を観ました。南アフリカ初の黒人大統領になった人の、投獄されていた時代の話です。

最近、アートに触れる機会が減り、潤いのようなものが自分からなくなっているような気がして怖いと思っていたのですが、いざ美術館でそうした展覧会を観たりすると今度は非常に疲れを感じます。楽しいのですが。要は体力がなくなっているのかもしれません(苦笑)。或いは余裕がないのかも。

しかしながら幸せそうな友人の、楽しい新婚生活のお話をたくさん聞かせてもらって笑い転げてきたので、私も結構幸せな気分になれました。友人には感謝です♪私も人に幸せを与えられる人になりたいな、としみじみ思います。

2008年7月6日(日) No.90


再びの別れ

以前にここで、別れた彼に泣かれた話を書きました。本日はその後日談。

あのあと、彼は私の近しい人でした。恋人だったのかどうかは・・・、どうなんでしょうね。去っていった恋情は戻ってきましたが、それとは別に、とても冷めた目で物事を見ていた事を自覚しています。はっきり言えば、とても馬鹿馬鹿しかった。

以前と同じように無神経な言動で私を傷付け、不安にさせ続ける彼も、それに上手に対処できない私も、全然成長できなくて、これでは前の繰り返しだと思いつつ、どうすれば良いのかは判りませんでした。私たちはお互いに忙しくて余裕がなくて、まだ大人になりきっていなくて、愛されるのに慣れていなくて、意地っ張りで、けれど、傍にいるだけでとても安心できました。不安を常に持ち続ける私にとって、その安心感は格別だったのです。

ですがまぁ、根本的な問題は解決していなくて、あるとき私は耐え切れなくなり、別れを告げました。今でも結構痛いです。

どういう経緯であれ、何かを失ったならば喪に服す期間は必要なのでしょう。そんな訳で今は喪の儀式の真っ最中です。今までの事をどんどん思い出しています。そうして、誰にも話す事は叶わない代わりに、日記に書いています。泣きながら、嗚咽しながら、涙を流しながら。物事を過去にする手順は確立されていて、結局それは、一度全部思い出してそれから、ひとつの大きなフォルダに格納して、頭の奥深くにうずめる事なのでしょう。

愛情も恋情も思い出も、全てを過去にできてしまう私は、おそらくひどい女なのでしょうね。本当は全てを過去になんかできるはずもないのですが。

ずいぶんと、痛い思いをしました。これからもきっと、痛い思いをする事はあるのでしょうね。痛い思いと、甘くて幸せな思いを、私はあとどのくらい経験すれば良いのでしょう。それを想像すると、溜め息をつきたくなります。人生って本当に、何なのでしょうね(苦笑)。

別れたとはいえ、私は今でも彼の事が気がかりです。私にはもはや祈るくらいしかできないのですが。


いつか、きっと、どうか。
願い、祈り、望みが叶います事を。

2008年7月13日(日) No.91


つるり、

学校の期末テストが間近に迫っています。勉強しなくてはならないのですが、往生際悪く、他事をしてしまったり・・・(爆)。

元々今期は、やけに面白くない講義が詰まっていました。多分、興味を持てばそれなりに面白かったとは思うんですけどね、なんだか忙しかったり余裕がなかったりして、新しい事に目を向ける事ができなかった訳です。そこへ加えて体調不良が長引いていたので、どうにも、の状態ですわ(苦笑)。

なんというか、学生という身分も大変だと思います。これが仕事なら、ある程度自分の裁量で体調と相談しながら進める事もできるのですが、学校はそんな事にはお構いなしですもの。まぁ、それこそが学生なのかもしれませんが。


最近は、桃が美味しいです。十分に熟れた桃の皮を、包丁も使わずに、つるり、と剥く事ができたときの、思わずにこにこしてしまう瞬間と言ったら(笑)。そして果肉と種を上手に引き剥がす事ができた瞬間と言ったらこれまた(笑)。味はもちろん、桃の場合は食べられるようにする課程においても素敵な楽しみがあります。

2008年7月20日(日) No.92


試験中です。

えー、期末試験の真っ最中です。

今期はどうにもほとんどの科目をサボタージュしていた時期があって、理解度がさっぱりです(爆)。ですがまぁ、幸か不幸か、私たちが最後の夜間の学生とあって、先生方の親切な事(苦笑)。全く持って付け焼刃なのですが、何とかなっているような気がします。我ながらすごい・・・。

そんな訳で、大して新しい事も何もないのですね。つまんないです。また来週です。

2008年7月27日(日) No.93


まだ試験中です。

通常、試験期間は1週間なのですが、今回は、先生の出張が多すぎて講義日数が足りないものがあり、補講と試験がまだ続いています。そんな訳で全然気分が楽ではありません。いい加減、緊張状態から解放されたいところです。

今期は、実のところ、単位の計算を間違えていた事が発覚し、結構焦っています。別に4年で卒業できなくてもいいや、と元々思っていたのですが、まぁ一応、学費や外聞も気になるし。。。

それよりも、本当に今自分は大学の3年生で、あと1年半で順当に言ったら卒業というのが、ようやく実感できました。社会人としての経験が長くなるにつれ、学生というのがどういうものだったのかを忘れていたようです。学生というのは、、どう言えばいいのかな、最初から終わりが見えていて、そこにたどり着くまでにどうすればいいのかある程度は分かっていて、その手順に従っていれば大抵はステップアップできるものだと、私は思っています。最大で4年後の事を見据えて行動するのは、ある意味では苦しいですが、ある意味では楽だし楽しいでしょう。だって道は見えているのだから。

社会に出て何年間かは、私はその、ある種の自由に戸惑いました。おずおずと足を踏み出してみたものの、やっぱり何をしていいか分からなくて彷徨ったりもしました。そういう私が、学生になった途端、今度は学校の制度に戸惑っているのは可笑しな話です。


そういえば、今年は花火をひとりで眺めました。去年は浴衣で花火デートなんてものをやってみたのですが(笑)。まぁ、仕方ないです。

2008年8月3日(日) No.94


このところ雷が多く発生していて、その度に、見事なものだなぁ、と見惚れています。私、結構雷は好きでして。腹の底にどどーんと響く音や、ぴかぴかの光、空を切り裂く稲妻、激しい雨。あの圧倒的なまでの無駄遣い的なエネルギーの固まりは本当に素敵だと思います。まぁ、そんな呑気な事を言っていられるのも、自分が安全なところにいるせいなんですけどね。落雷の危険がある場所にいるときには、流石に素敵だなんて思わないはずです(笑)。

先日、書店に立ち寄った際に雷による嵐が本格化し、止むまで書店の中にいたのですが、それはそれは見事な土砂降りの大雨の、素敵な雷でした。で、帰宅したら、まだ瑞々しい銀杏の葉っぱが何枚も落ちていて、その上に透明な雫が数滴。ふむ、平安時代の人だったらここで短歌を詠むところかしら、なんて思いました。

忙しくて余裕のない日々は終わり、日常はようやく色を取り戻しつつあります。本当はレポートや追試があったのですが、あまりのエネルギー切れに投げ出しました(爆)。ここで投げ出してしまうのは、学生としても大人としても良くない事と重々承知ですが、私も最早限界でした。私はもうそんなに頑張れないのです。どうなるのかは不明ですが、おそらく1年余分に学校に行く事になるでしょう。やれやれです。

映画「崖の上のポニョ」を観ました。流石、絵が綺麗でした。とっても可愛かったです。

2008年8月10日(日) No.95


元気です。

えー、、実に久しぶりとなってしまいました。普通に生きてます。

ちょっと書き込むタイミングを逃したりしているうちに、時間が経ってしまっていまして、これでは全然生存確認になっていないと反省しきりです。

学校が夏休みに入った最初の頃は、ひたすら睡眠を取っていたのですが、多少疲れが癒えたところで今度は、あれこれとやりたい事を片付けていたのです。その疲れの為に無気力状態になったり、復活しては忙しく動き回ったりと、我ながらバランスが取れていない状態です。

と言ってもやったのは、墓参りと、岐阜県現代陶芸美術館でウェッジウッドの展覧会を観た事と、映画「スカイ・クロラ」を観た事くらいなのかもしれません。後は、図書館で借りてきた本を読んだり、美味しいものを探して食べ歩いていたくらいでしょうか。

ウェッジウッドは、何となく知っている有名ブランドでしたが、大変勉強になりました。陶器の表面にレリーフが貼り付いているものをジャスパーと呼ぶ事とか、いろいろ。綺麗な器の数々を眺めるのは大変楽しかったですが、でも、どう言えばいいのでしょうね、なんとなく冷たい感じがしました。私は茶道具の茶碗などを眺めるのも好きなんですが、そういうものを冷たいと感じた事がなくて。質感の違いなのかもしれません。

映画「スカイ・クロラ」は、無機物や風景の描写に感嘆しました。実写のように感じられて、少し怖いくらいでした。お話そのものは、、そうですねぇ。。「崖の上のポニョ」が一般大衆向けなのに対して、こちらはコアな感じがします。この監督の前作「イノセンス」も、今回の「スカイ・クロラ」も、原作者は違えど、生きている感覚が希薄な人々が登場します。イノセンスの頃の監督の主張は、臭いのある温かい身体が必要、という事だったと記憶していますが、今回はどうなっているのでしょう。前作の頃、監督の主張を興味深く読みましたが、それから何年か経って私の考えが変化しているために、今回はそこまで興味を持つ事ができませんでした。考えが変化したのは、経験を積んだから。成長したかは判りませんが、私もまた変わったのだと思いました。

どういう訳か、食べ過ぎているのでちょっと太りつつあります。怖いです。痩せなきゃです。でもお腹が空くので食べちゃってます(爆)。

2008年9月4日(木) No.96


柔らかい

いつも利用している美容院にはエステも併設されていて、無料券をもらったのでマッサージをやってもらいました。足は冷えていて、肩や背中は凝っていると言われました。自分では全く自覚はないんですが、はてさて。自分でも自覚しているのは、自分の脂肪は硬いという事。柔らかい人の脂肪を触らせてもらったら本当に柔らかかったので、脂肪にも硬い柔らかいがあるんだ、と納得した事がありまして。マッサージで柔らかくなったのかは知りませんが、まぁ気持ち良かったので、それで良いです。

映画「グーグーだって猫である」を観ました。可愛い猫の映画かと思いきや、人の成長ドラマ(?)みたいな感じでした。いつだって人生にはいろんな事があって、浮き沈みを繰り返して、泣いて笑って成長していくんだと、なんとなく、何十年後かの自分を重ね合わせてしまいました。良いお話でした。

2008年9月7日(日) No.97


風が涼しくなり、気配が秋に近づいていると感じます。

で、中秋の名月をほんの一瞬、出かけるついでに眺めてお月見終了。

映画「パコと魔法の絵本」を観ました。どうでも良いですが、三連休の中日だという事を失念しており、日曜日のレイトショーなのに人が大勢いる事に仰天し、回れ右して逃げ出したくなりました。まぁせっかくだから、とそのまま観たのですが。ド派手な極彩色の画面に、巧みなCG、シュールな人々が登場の、子供向きかと思いきや、良いお話でした。

このところ、激しいアクションや残虐なシーンのものを避けるようになりました。代わりにほのぼのとした可愛い動物や、やさしい物語を求めるようになっています。お涙頂戴ものは嫌いなんですけどね。

現実生活でストレスを受けているが故に、お話の中でまで激しいストレスを感じるものを観たくない、のだと思うのですが、では逆に、そんな激しいものばかりを好んでいた時代は、私の現実生活はどんなだったんだろうと思うと、それなりに大変だったような、お気楽だったような、、はきとは思い出せない状態です。

つまり、このところの嗜好の変化は、現実生活の変化によるものなのか、はたまた年齢によるものなのかを私は測りかねている訳でして。

それが判明したからといって、何かがどうにかなる訳でもないのですが。なんというか、私も歳を取ったなー、なんてしみじみしてしまう、秋の夜長でありました(笑)。

2008年9月14日(日) No.98


胃が荒れる事・再び

再びどころか何度目なのか、胃炎(自称/笑)を発症し、痛ててて・・・の日々を送っておりました。胃がむかついて横になるのが苦しい夜、以前に処方してもらった残りのムコスタ錠を飲んだら素晴らしく効きました。半ば感動し、眠りについたのでしたとさ。

胃に悪い食生活をしている自覚は確かにあるし、そういえば両親の不仲(爆)で心労が溜まってたような気もする。。って自分で言ってるうちはまだ良いよね。。

どうでも良い事ですが、再びという言葉は、二度、という風にも書けるのですね。ふた(二)たび(度)と。別段当たり前の事なのかもしれませんが、そういう、言葉と漢字の妙を感じるたびに、私は漢字を取り入れた先人たちの業に感嘆してしまいます。独りと一人、とか。

今週はニュースで、事故米の流通経路の複雑さに驚きました。転売を繰り返し、様々な商品に加工され、最終的にどこでどう落ち着いているのか、グローバリゼーションというのとは少し違うのかもしれませんが、少し空恐ろしい気がします。地産地消、でしたっけ、そんな風になれたらいいのに、なんて思いますが、無理だろうな、とも思います。

2008年9月21日(日) No.99


サティ

エリック・サティのCDを買いました。何か新しい音楽を聴きたいな、と思い、洋楽の新譜でも買うか、とCD屋さんを覗いたのですが、これといったものがなく、うろうろしているうちに手に取ったのがサティのベスト。

名前は知っているけれど中身は知らない的なものを、実際に知れるようになりたいと考えている私にとって、サティはやはり、聴いてみなければ、と思っているもののひとつでした。

とはいうものの、古典的なものは大抵TVCMや映画など、どこかで耳にしているもので、あぁ、この曲がこのタイトルなのか、と知ったものも。

感想としては、聴いていて全く邪魔にならなくて、とても綺麗だという事。邪魔にならないという事は印象にも残りにくくて、おかげでタイトルを覚えようにも覚えられません(苦笑)。

それから、曲のタイトルが変だというのを耳にしていたのですが、本当に変でした(爆)。「犬のための本当にぶよぶよした前奏曲」とか「ひからびた胎児」とか。タイトルがそんなでも、曲はいたって綺麗なのですが。

そのうちに、演奏し終わるまでにものすごく時間がかかるというヴェクサシオン(意味は嫌がらせ/・・・)を一度聴いてみたいものです。流石にCDに収録されてなかった。。

2008年9月28日(日) No.100


緊張感って大切

我ながら謎ですが、実は10月が始まるまで毎日どれだけ眠っても眠り足りず、深い深い疲労が取れずにいました。目の下には隈があったし、本当にもう、どうしたものだろうかと思っていたのです。ところが、さぁ学校が始まる、と自覚した途端、疲労を意識しなくなり、隈は消えたのか目立たなくなったのか、とりあえずも良い意味での緊張感というのは大切なんだな、と実感したのでした。

さて、メガネを作りました。緊張感とは別のレベルの話ですが、涙の量が足りなくなる事が多くなり、コンタクトレンズをしているのが辛くなる事が多々あるのです。ただ、車の運転に必要な矯正視力を満たしているのがコンタクトレンズだけなので、辛いのを我慢してつける羽目になっていました。それを改善すべく、新しいメガネを作ってみた訳です。

メガネのフレームって本当にいろんなデザインがあるんですね。頬の丸みが強調されてしまうものや、逆に目立たなくなるもの、頬は目立たないけど目つきが鋭く見えてしまうものなど、実にいろいろ。コンタクトレンズをしたままでフレームを選んだので、メガネをかけた後の自分がよくイメージできて選びやすかったです。

で、メガネが完成したので受け取りに行ってそのままかけてみたのですが、なんというか、くらくら。目は楽なのですが、脳に負担がかかっているのがよく判ります。目にも脳にも負担がかからない視力矯正法はないものでしょうか・・・(爆)。

まぁ、それなりに慣れたら気に入ったので、当分コンタクトレンズを封印して、メガネを活用しようと思います。

それにしても。裸眼で化粧をした事がなかったので、戸惑いました。メガネを普段着用している方、裸眼での化粧方法のコツを教えてください・・・(苦笑)。

2008年10月5日(日) No.101


甘い香り/青が滲む事

金木犀の甘い香りが漂う季節になりました。どうやらご近所さんの庭にこの木があるらしく、毎日出勤する時に素敵な甘い香りを楽しんでいます。毎度の事ながら、香りだけで、花本体がどうにも見つけにくいのですが・・・(苦笑)。

新しいメガネは、気に入ってかけているのですが、いろいろと問題点が。コンタクトレンズほど矯正視力が上げられないので、必然的に見えないのですよ。学校や会社はいいとして、車の運転が大変ストレスです。

えー、つまり、夜間の方が視力が落ちるのですが、私としてはその夜間に涙が乾いてしまう事が多いので、夜間にメガネで車の運転をしたかったのですよ。それが、青信号の青色が、信号機の枠からはみ出して見えるし(爆)、異様にいろんなものがぼやけて見えるし、まぁ、矯正視力で片目0.8に設定したメガネなので、それは仕方ないのですが、今まで1.2くらい見えていたので、いきなり見えなくなると大変怖いのでした。

で、同じく視力が悪いドライバーの先輩であるはずの母に電話で聞いたら、やはり母も怖い思いをして運転しているとの事。うーむ。母娘そろって因果なものです。

2008年10月12日(日) No.102


実は背が高い

実は背が高いのね、と久々に言われました。会社の上司の言葉です。

どういう訳か、私はそんなに背が高く見えないらしいです。でも傍によって見たら実は背が高かった、と判るらしく、そういう時に前出の言葉が出てきます。

背が高く見える人というのは、自分の想像では、多分痩せ型なんだと思います。あとは、髪を下ろしているとかまとめているとかでも違うかな。それから、雰囲気とか?

まぁ、確かに私はお世辞にも痩せているとは言えないし(爆)、髪型はどう関係するのか判らないけど、雰囲気は、多分全然鋭くないだろうし(それが背の感じられ方にどう影響するのか判らないけど)、とりあえず自分が実際の背よりも低く見られているらしいというのは今までの経験則から知っていて、だから何だという訳ではないのですが、何となく、人の目の錯覚の不思議を思ったのでした。

平和なんだかよく判らない日々が続いています。人間関係で、私は一体どうすればいいんだ、と悩んで胃が痛くなったり、新しく買った傘の撥水がすごく効いていてちょっと感動したり(笑)、いろいろ。世界はささやかな驚きと幸せに満ちていて、いろいろあるんだな〜、なんてしみじみしています。

2008年10月26日(日) No.103


何事もない日々

あまりに何もないので、うーん、今週は何があったんだっけ・・・、と考え込んでしまっています。思い出せばそれなりに何かしらの出来事はあったのですが、それが面白いとか、皆様に読んでいただけるほどのものとか、そういうものとも思えなくて。

あ、そういえば、「ひみつの花園」という映画を観ました。今度上映される「ハッピー・フライト」という映画の監督の過去作品を安い値段で上映している企画があったので、観に行ってみたんです。この監督の作品は「ウォーター・ボーイズ」を観た事があるくらいでしたが、「ひみつの花園」も面白かったです。

それから、「夜会巻き」を習得しました♪夜会巻きというのは、まとめ髪の髪型の一種です。明治時代に鹿鳴館に出かける夫人がしていた髪型とか。で、今どうやらこの髪型が流行っているのか、私が気になっているだけなのか、ヘアーアクセサリーのお店では専用のコームがいっぱいあって、やり方を紹介するビデオが流れていたりして、やってみたいなー、なんて思っていたのでした。で、一応道具を買ったりやり方が書いてある紙をもらったりして挑戦したのですが、何故か上手くいかず、頓挫していたのです。でもやっぱり未練があるので、そういうお店を通りかかる度にやり方をじーっと見ていたところ。『あ、わかった』とひらめいたので、やってみたところ、見事に完成したのでした。わーい。

この髪型は、ひたすら髪をねじり上げて専用のコームを刺すだけなのですが(少なくとも基本はそうです。美容院でやってもらう場合にはまたいろいろあると思います)やり方を書いてある紙と、私が実際に髪をねじる方向が逆だったのでした(爆)

誰に見てもらう当てもないのですが、やっぱり綺麗になるのは嬉しいものです。

2008年11月3日(月) No.104


アクティブに動き回る

土日を利用して、東京・横浜に行ってきました。

土曜日は劇団四季の「ウィキッド」、シルク・ドゥ・ソレイユの「ゼッド」を観、日曜日は横浜トリエンナーレに行ってきました。

普段のんびりしてばかりいるので、たまにこういう強行軍をやったりします。我ながらもう少しバランスの良い生活をしたいものだと思ったりします(苦笑)。

さて、「ウィキッド」はどんなお話なのかも知らなかったのですが、なかなか宜しいものでした。オズの魔法使いに出てくる良い魔女と悪い魔女のお話なんですが、そのふたりは元は親友で、それが何故良い魔女と悪い魔女と呼ばれるようになってしまったのか、という内容なんです。判りやすいもの、勧善懲悪ものを好まない私にとって、ある程度どうしようもない現実を感じさせるものは、好感が持てるものでした。

で、この観劇のあと、宿にチェックインしてすぐさま舞浜にあるシルク・ドゥ・ソレイユのシアターに向かったのですが、それはもう、かなりの早足でした(笑)。カカカカカッってな感じでブーツのヒールを鳴らしながら早足で歩いたんですが、オリエンタルランドの陰謀(笑)か、駅からとにかく遠い・・・。おまけに案内表示を私が見間違えたのか、イクスピアリ内をぐるりと回るコースを取ってしまい、開演まで間に合うかしら、と焦りつつ、ウィンドウショッピングを楽しんだりしたのでした(爆)。

会場に着くまでの事が印象的だった「ゼッド」は、うん、サーカスだね、という感想です(笑)。以前「アレグリア2」を観た事があるのですが、そちらが余程印象的だったのか、今回はそれと似たようなものと思えてしまいました。うーむ。

横浜トリエンナーレは、同行してくださった友人のおかげで、とにかく楽しかったです。自分と同じポイントで共感する事ができる人って、本当に貴重だと思います。作品そのものも面白かったですが。今回は、映像作品が多かったような気がします。それも、複数のスクリーンを設置して、それぞれ違う映像を流して、一体どれを見れば良いんだ、と思うようなものが結構あったような気がします。何か、情報過多な現実を表しているようにも感じます。それから、R15指定の作品もいくつか。そんな指定などものともせず(笑)、普通に見ましたが。セクシャルなものがひとつ、あとは血塗れな感じがいくつか。作品の解説は解説本を読むとして、アートに触れるのはやっぱり大切だな、と思います。こんなにも楽しい。安全に感情と感覚を揺すぶる事ができるのは、日常生活ではなかなか難しいでしょう。何がアートかなんて、もはや誰も判りはしないと思いますが。

とにもかくにも、盛りだくさんな二日間でした。

2008年11月9日(日) No.105


就職活動?

とある会場で行われていた企業展なるものに参加してみました。

ただいま大学生である私ですが、積極的な転職の意思はありませぬ。ただ、現在の職場に何かあったときに、手持ちのカードは多い方が良いだろうと思ってはいます。

だいたい就職活動なんてものを、一度たりともした事がないのですよ、私は(苦笑)。なんか高校生のときは、いつの間にか進路指導の先生方が私に合うだろう求人票を用意してくれていて、後は職場に出向いて試験と面接を受けた結果、今に至る訳です。うーむ、ここまで苦労知らずだと、我ながら笑っちゃいます。。

で、学校の友人に誘われたのもあって、一度くらいその雰囲気を知るべく企業展に行ってみた訳ですが。これで本当に自分の入りたい企業を知る事ができるのかなー、なんて思いました。まぁ、企業にしてみれば学生に知ってもらわねば話にならない訳で、学生も企業の情報を知る事ができる訳で、両者にとって都合が良いんだろうとは理解できます。あとは、興味を持った企業にエントリーをかけて、面接等に臨むんですよね。星の数ほどある(そんなにはないかも)企業の中から取捨選択を繰り返し、さらに企業側から選択される。その行為がどれほどエネルギーを使うものなのか、想像するしかありませんが、さぞ疲れる事だろうと思います。

私が仕事に求めているものは、やりがいではなく、安定なので、自分が何がやりたいのか、そういうやる気を見せてくれ、と言われると非常に困ります。生活を安定させてくれるなら、言われれば何でもある程度の事はやりますよ、というスタンスなので、学校で身に付けたはずの専門的スキルなど、積極的に役立てようなどとは露ほども思っていないのでした。我ながらやる気のない事で・・・(爆)。

一応、興味を持った企業の人事担当者だろうと思われる人たちに、私のような夜間卒で、年齢が新卒よりも10歳くらい上の人の採用を行っているかと質問してみたところ、ひとつは新卒しか採用予定がない。ひとつは年齢で選択する事はなく、成績で決めるが、給料は今よりも下がるでしょう。ひとつは、そういった人も実際に採用していて、成績はそんなに重要視していなくて、大切なのは人柄です。という答えでした。

なかなか厳しいです。。当然といえば当然ですが。

そんな訳で社会の一端を垣間見、うーむとうなった週末でした☆

2008年11月16日(日) No.106


再び横浜

先々週に行った横浜で、見られなかったものがあったので、再び行ってきました。楽しくアートを見た後で、友人と怒涛のごとく(例えが適当でないような・・・)お喋りを楽しみました。

いろんな事が頭に渦巻いていて、まだ上手に言葉になりません。なので、短いですけどこれで終了。とりあえずとても楽しかったのでした☆

2008年11月24日(月) No.107


ナニカガチガウ

睡眠過多な生活を送っております。

もうちょっと活動的になりたいな、なんて思いながらも、寒い事もあり、ぬくぬくと布団の中でまどろんでいると実に至福(爆)。こんなんでいいのか、と我ながら思うのですが・・・。

このところ、自分に付きまとうある種の違和感について考えていました。自分に対して嘘をついているような、しかし巧妙に入り組んでいるせいで全貌が見えなく、それが違和感という形で現れているのでした。

少し前に友人と、世界と折り合いをつける事について話していました。世界を相手にするなんて、我ながらずいぶん壮大なものだと思います(苦笑)。まぁ、結局のところ、自分を含めた周りの事を世界と称しているのですけどね。絶対的な指標は持っておらず、全てが相対的なのが特徴です(笑)。

で、その違和感の正体は、ある種の事について折り合いを付けきれていないのではないかと、ふと思いました。無理矢理に継ぎ合わせた私の世界が、ほころびかけているのが、違和感なんだと。私はその「ある種」の事について、ちっとも納得なんてしていないのですねぇ。。

と、まぁ、ひとり得心がいったようになっているのですが、皆様には何の事やら、ですよね、すみません。要は人間関係なんですけどね。納得がいかないままに放置してある事、たくさんあるんです・・・。ほんと、難しいです。。

何かしみじみしてしまいました・・・。最近は、冬空が澄んでいて、星を見るのが楽しみです。

2008年11月30日(日) No.108


こがねいろの事

アパートの部屋の前に銀杏並木があり、いつのまにか落ちた葉っぱがすごい事になっています。独特のこがね色がわんさか集まっている様は、なんというか、圧巻。それを踏みしめて歩く際も、アスファルトではない、なんともいえない柔らかさや心許なさがあって、私はつくづくそういう花鳥風月を感じるものが好きなんだなぁ、としみじみしています。

最近実家に帰ったのですが、庭にあった皇帝ダリアの花も大変見事でした。冬の青空に映える綺麗なピンク色の大ぶりな花。背が高い花なので、見上げるように空を仰ぐと、昼過ぎの少し力の衰えた太陽と共に、ピンク色の花びらが光を透かしていて。幸せだと思いました。

そういえば、職場に、ヤクルトの販売に来る人がいるのですが、最近人が交代したなぁ、と通りかかるたびに見るともなく見ていたのですが、ある日、あの、すみません、○○さんですよね、とフルネームで呼び止められました。その人の顔は実は私も見覚えがあって、声をかける事はしなかったものの、おや、あの人だ、と判っていたのです。高校時代のクラスメートでした。高校卒業から10年以上経っているのに私の顔は特徴的なのでしょうか(苦笑)。。まぁ、私もその人の顔をちゃんと判った訳だし、何故かフルネームで名前を覚えていたし、お互い様なのかもしれませんが。

どういえばいいのか判りませんが、私はこの事をなんだかありがたく嬉しく思いました。高校時代、私は決して周りの人と友好的に接してはいなかったし、今よりももちろん子供だったし、多分言葉にとげがあっただろうし、多分全然良い子ではなかったはずなのです。ある種の有名人であったのは、今も昔も変わりませんが(爆)。そういう人物に、さして親しくもなかった人が声をかけてくれる。その人は何の気なしにやった事かもしれませんが、私は、少なくとも高校時代に嫌われてはいなかったらしい、と12年くらい前の事を思いました。

「沼地のある森を抜けて」(梨木香歩/新潮文庫)を読了しました。久々に読んだ長篇小説で、読書が大変楽しかったです。

2008年12月7日(日) No.109


すずめちゃん

とある夜、帰宅するとアパートの共用部分に雀の死骸がありました。普段から野生動物に普通に声をかけてしまう私は、そのときも、「すずめちゃん?」と呼びかけてしまったのですが(爆)。

その雀にちゃん付けをしたのは、顔が可愛かったから。それから、少し前に読んでいた小説「心ヲナクセ体ヲ残セ」(加藤幸子/角川文庫)の中に年取った雌雀が登場する短編があって、それを思い出したから、というのもあります。

どう見ても死んでいるように見えるけど、眠っているだけかもしれないから、と一晩そのままにしておいたのですが、次の日になっても変わらずにそこにむくろはあったので、銀杏の木の根元に置いてやりました。直接触れるのは躊躇われたので、近くにあった『消火器』と書いてある札(?)を利用して(爆)。

そのときに思ったのは、そのむくろの重さでした。魂が抜け落ちたはずの身体は、何故か小さく見えますが、不思議と重く感じるのですね。生き物と死に物の差は明確で、その重さは死の重さなのかもしれないと、埒もない事を考えました。


映画「大丈夫であるように −Cocco 終らない旅−」を観ました。全てを理解する事も共感する事もできないけれど、その前に、歌を聞いているだけで涙が出てくるなんて、滅多にない事でした。

2008年12月14日(日) No.110


祝!三十路(笑)

30歳になりました。

世間一般からすると微妙なお年頃になりましたが、私自身は大変嬉しく思っています。もともと遅咲きの人生と自覚があるので、30歳くらいからが人生の黄金期を迎えるであろうと思っているのですよ。実際、姓名判断なんかだと、私の名前は30から50までが大変良いものであるらしいです。なので、楽しみにしているのです(笑)

30歳を記念して、何かオーダーメイドのアクセサリーでも作ろうかと思ったのですが、このところのエネルギー低下により叶いませんでした。ま、無駄遣いしないって事で。で、二十歳のときは成人式の振袖の写真を撮ったので、30歳の記念も綺麗に髪を整えてメイクもして、写真を撮ろうかと思っています。母にそれを話したら、お見合い写真なのかと突っ込まれました(爆)。お見合いはともかく、写真のアイディアは気に入ったので、エネルギーが残っていたら実行に移したいと思います。

さて、そんな喜ばしい誕生日に限って、泣くような事態になりました。職場の配置換えを言い渡されました。年内で辞める人と産休に入る人がいるので人手不足になる部署があって、そこへの異動です。以前にも人員調整の駒に使われた事があるので、2度目かぁ、と思うと泣けてきたのでした。

会社側の事情も判るし、私が動かしやすい駒なのも承知しています。決して悪意がある訳でもないし、仕方ない事だというのも。勤め人なんてそんなものですしね。それでも、私は必要ない人間なのかと、少々卑屈な事を思い、泣きました。

まぁ、仕方ないです。人間関係の難しさはありましたが、基本的に仕事そのものは気に入っていた部署だったので、離れるのは残念ですが、引継ぎをきっちりして、1月からは新部署(というか、以前いた部署なんですが)で頑張ります。泣いていたら結構慰めてもらっちゃいましたし(苦笑)。一応こっそりひっそり泣いていたんですが、そういう場所にも人は来るんです・・・。

30歳の始まりの日に泣く事になって、やれやれです。それともこれが黄金期の始まりなのかしら(笑)。とりあえず、また明日から頑張りましょうか・・・。

2008年12月22日(月) No.111



明けまして。

2009年ですね。今年もよろしくお願いします。

初詣に行った先の神社とお寺でそれぞれおみくじを引いたら、両方とも大吉でした。私の人生、30歳からだと思っていた矢先の事、これは幸先が良いと思いましたが、同時に、小心者なのでこんな風に大吉なんて出るとあとで怖いなぁ、なんて思ってしまいましたとさ(苦笑)。ついでに自分が今年前厄である事を発見し、厄除けの祈祷でもすべきか、と新たな悩み(笑)を抱えて帰宅したのでした。

休みともなると曜日感覚もなくなり、怠惰に生活してしまいます。とはいえ、休みもあと僅か。そろそろ日常生活に戻らねば、です。

では、今年もなんとか頑張っていきましょう。

2009年1月2日(金) No.112


つらつら日常話

「夜は短し歩けよ乙女(森見登美彦/角川文庫)」を読了しました。単行本の時からなんとなく話は聞いていたのですがこの度文庫落ちしていたのを発見したので購入し、読んでみた訳です。いやぁ、面白かった。楽しかったです。くすくすと笑ったり吹き出してしまったり、電車の中で読んでいたら怪しい事この上ないだろうというお話でした。

ところでこの本のタイトルは、明治だったか大正だったかの時代の歌を少し変えてあるのだと思うのですが、確か「命短し恋せよ乙女」だったかな、、何故かゴンドラの歌という知識があるのですが、歌詞までは知りませんで・・・。どんな歌なんでしょうか、本を読んでいると実際の音楽の知識が身に付かないのがなんとも歯がゆいところです。

異動となった会社ですが、引っ越しも終わり、新しい部署での仕事を始めています。1年以上離れていた割には覚えているもんだなぁ、と。10年以上勤めている訳なので当然といえば当然なのかもしれませんが、一方で、なかなかやるじゃん自分、と自画自賛してみたり(笑)。そんな訳でまあまあ明るく過ごしています。

映画「チェ 28歳の革命」を観ました。チェ・ゲバラの話です。なんとなく名前は知っているものの、実際にはキューバ革命そのものの知識をほとんど持っていない事に気付きました。従ってゲバラさんが何をやってそんなにカリスマになったのかもちっとも知りませんでした。映画を観てもカリスマになった理由なんてものは判りませんでしたが、ひとつ思ったのは、「革命」というものについてです。

少々オタクっぽいですが「逆襲のシャア」というガンダムの中での話で、「革命はインテリが起こすものだ」という文があったのを思い出しました。インテリ、つまり知識人ですね。それで、確かにゲバラもカストロも知識人だと思いました。現状の社会体制を非難し、自分たちの理想を実現するために武力闘争という手段で革命を成そうとする。それは結局誰のためなのだろうと思います。おそらく一般大衆は知識人の理想についてこられまい。そのとき知識人は革命後の状態に幻滅するのだろうと思うのです。ならば一体知識人は、革命家は、何のために誰のために革命なんてものを起こそうと思うのか。その思考が少々理解し難くて考えてしまいました。

2009年1月12日(月) No.113


眠り姫になりたい

眠り病に取り付かれています。

グリム童話でしたっけ、百年眠り続けて王子様のキスでお姫様が目覚める話は。あぁ私にも眠っていたらやさしくキスで起こしてくれるような人はいないものかしら(笑)。というか、それで起こされて眠くなければいいのですけどね。私の場合眠かったら機嫌悪くなりそうです。。。

冬眠する動物になりたいです・・・。あれ、お姫様からずいぶんと・・・(苦笑)。

2009年1月18日(日) No.114


多様性と単一性

新しいアメリカ大統領のニュースをちょっとだけTVで見ました。大統領就任演説の内容は新聞で読みました。

世間の注目を浴びているものほど別の方角からそのものを眺めたくなる癖があるのですが(ひねくれ者なので、)今回のこれでいくと、多様性の中に潜む単一性、というところでしょうか。多様性を謳った彼らの思いこそ、まさしく単一性のような気がしたのです。或いは熱狂的に過ぎる、というか。

メディアの伝え方の問題もあるのでしょうが、私は少しこの人を危険視しています。私が危険視していたからといって、何も変わらないのですけどね。

さて、部署が変わった仕事ですが、さすが10年くらいは同じ事をやってきただけあって、何となく覚えている事ばかり。おまけに今まで劣悪だった(と私は思っている)環境が良くなったようで、気付けばずいぶん楽になりました。むりやり自覚しないようにしてきたけど、本当は私はとてもストレスに感じていた事があったようです。それがなくなっただけでもエネルギー消費が抑えられて、結果、ずいぶん楽になったのでしょう。今までのエネルギーロスは痛いですが、これでなんとか頑張れるかな、と思います。

2009年1月25日(日) No.115


ボレロ

シルヴィ・ギエムの「ボレロ」を観に行ってきました。モーリス・ベジャール追悼公演があったのです。普段だったらそこまでバレエなんて気に留めないのですが、今回はその公演を知ったときに、たまたまラヴェルのCDを聴いていた事、読んでいた漫画にシルヴィ・ギエムが出てきた事、そしてそのチケットが結構普通に手に入りそうだった事から、これはもう、行くしかないだろ、ってな感じで、チケットを手配し、行くに至ったのです。

知らない人には何の事かさっぱり判らないと思いますので、一応解説を。まずシルヴィ・ギエムというのはバレリーナです。モーリス・ベジャールは振付師。ラヴェルは作曲家。ボレロはラヴェルの作曲したバレエ音楽。ボレロに振りをつけたものはベジャールの代表作のひとつで、今回シルヴィ・ギエムが踊ったものでした。

素晴らしかったです。その一言に尽きます。他にもベジャールが振付けたものをふたつ上演したのですが、そちらも面白く。

思ったのは、身体を使った表現方法について。私の中で一番感受性が強いのは、文字を使った表現方法で、次が音を使ったもの。身体を使ったものはかなり順位が下がります。つまり舞踊で表現されるものが私には判りにくい。ときどき、これってこの事の暗喩だよなぁ、と思うものもありますが、多分それは誰でも判るくらいの判りやすいものだと思うのです。まぁ、何事においても表現されるものは判るものではなく、感じるものだと思うのですけどね。現代アートだって、判るよりも、面白いでいいじゃん、と思っているのだし。

という訳で、観に行った現代バレエは、大変面白く、しかしほとんど訳が判らないものでありました。


実はテストが間近に迫っているので、忙しかったりもします。忙しくても美味しい食事を摂りたいと、シチューを作り置きしてみたり。人参を刻んでいるときに、その甘い匂いを嗅ぎました。私の育ったところは人参が特産物で、小学校の通学路は人参畑の真中で、そんな匂いがずっと漂っていた事をふと思い出しました。思えば遠くへ来たもんだ、なんてね(笑)。

2009年2月1日(日) No.116


やればできるじゃないですか

「ははは・・・」と思わず乾いた笑みを浮かべてしまったのがタイトルの言葉です。ええ、そりゃ、やればできますとも。やればできるのにやらないのは、やりたくないか、やれるだけのエネルギーがないからですよ〜〜〜〜。と、内心で叫びたかったのですが、まぁそんな事を言われてしまうくらい私はやれなさそうな人に見えるんだろうというのは自覚しているので、何にも言えずにその場を納めたのでした。もっとも、タイトルの言葉は直接言われたのではなく、メールの文面だったのですけどね。

まぁいいや。いろいろあるけど、とりあえず笑っていられるくらいには元気ですよ。

2009年2月8日(日) No.117


ちょっとくたびれています。

相変わらず、というべきか、学校の課題その他に追われて余裕のない日々を送っております。試験は終了しているのですが、私の出来が悪いので、補講がすし詰め状態になっているのですよ。以前にも書きましたが私たちより下の学年がいないので、先生たちが留年させたがらず、なんとかして単位を出したがっているのですね(笑)。なんともありがたい事で。。。

まぁそんな訳でぐったりしてみたり、空元気を出してしゃかしゃか課題をやってみたりと、そんな日々を送っております。

そういえば、映画「チェ39歳別れの手紙」を観ました。以前に観たチェ・ゲバラの映画の続編です。これを観ての感想は、「二番煎じは通じない」でしょうか。キューバ革命で英雄になったゲバラさんは、ボリビアで革命を起こそうとして失敗し、殺されたのでした。一度この人の伝記か何かを読まねばと思います。映画では、ゲバラが何を考えてその行動を起こしたのかは判らず、そして登場人物が多すぎて誰が味方で敵なのかも判りにくかったのです。基本的に私は革命家という人たちに共感を覚える事ができず、どちらかと言えば反発を感じるのですが、それはそれとして、伝記などを読んでみて、もう少しゲバラさんが何を考えていたのかを知りたいと思います。

それから、漫画「犬夜叉」の最終巻を読みました。この漫画の連載が始まったのは私が高校生の頃だったと記憶しております。つまり今から10年以上昔の事で、それだけでもすごいのですが、ずーっと読み続けてこられた、その質にも驚き感心しています。高校生の頃、私は結構たくさんの少年漫画を読みました。でも今、少年漫画を読もうとしても、もう読めません。それは私が成長或いは老化した事に伴う嗜好や考え方の変化を受けているからで、高校生だった私が見向きもしないだろう漫画や小説を今の私は好むようになっているからです。ところが「犬夜叉」は10年以上ずっと、読む事ができた稀有な漫画なのですね。そういう訳で、なんだかすごいなぁ、と思い、これで読む少年漫画がなくなってしまった、と淋しくも思ったのでした。

余裕のない生活を送っている割には映画を観たり漫画を読んだり。どうなっているのか我ながら謎ですが、日々の楽しみはそれなりにあるという事で(笑)。

2009年2月23日(月) No.118


当分の間

すみませんが、当分の間ここを更新停止にします。特に何かがあった訳ではないですし、普通に生きていると思います。まぁ、強いて言えば疲れているのでしょうね・・・。

そんな訳ですみませんが、よろしくお願いします。

2009年3月3日(火) No.119


そろそろ再開。

お久しぶりです。そろそろここを再開したいと思います。

休止していた間、何をしていたかというと、特に何もしてませんでした(爆)。2ヶ月くらい前の事なのに既に記憶が曖昧です・・・。確か、たくさん眠って、いくつかの美術館を巡り、島根県に旅行をし、いくつかの映画を観、学校は4年生になり(でも単位が足りなくて卒業研究に入れなかった)、会社は自分の異動はなかったけど周りの異動があり(組織変更もあって今まで班員で一番下っ端だったのに今度は一番上になってしまった)、例年通りヒトツバタゴの花を楽しみ、G.Wはどこにも出かけず(唯一出かけたのは風邪を引いてしまった母からSOSを出されて実家に行ったくらい)、まぁ、今に至る訳です。活動的でない日々を送っていると、書く事がなくて楽といえば楽ですね(苦笑)。

削除しましたが、彼との事は相変わらず続いています。彼がこれを読んだら怒るでしょうが、私は彼の事を溺れる人だと思ってきました。私は自分をその溺れる人につかまれる一本の藁だと思ってきました。彼が私を離さない以上、私はどうする事もできません。彼は子供で、人の温もりや愛情に飢えていて、その飢餓感を自覚していません。飢えを治める方法はいくつかあるのでしょうが、私はその方法をたったふたつしか知りません。ひとつは、飽きるまで貪る事。もうひとつは飢えを自覚して飼いならす事。私の存在は、彼の成長の妨げになっているのではないかと、時々考える事があります。本当なら、私は彼の傍にいない方が良い。けれど心を鬼にする事は私にはできなかったし、彼がどういう人であれ手を差し伸べてしまった責任は私にもあると思うのです。まぁずいぶんな上から目線で考えてしまっていますが、私は私で今現在は環境を変えられない立場にあり、お互い様といえばお互い様だと思っています。

この話題は、そんなに楽しいものでもないので、そんなに書くつもりもないのですが、とりあえず報告まで。心配をかけてしまったかもしれません。ごめんなさいです。

そういえば、孤独と絶望を飼いならす事は私の生きる上でのテーマなのですが、それに怒りと悲しみが加わってしまいました。何をそんなに怒りたいのか自分でも不明ですが、とてもイライラしていた時があって、その時に、怒りっていうのは結局悲しみなんだよな、と思ったのです。おそらくは敬意を持って扱われなかった事への。人と共に生きるのであれば、怒りも悲しみもこれから増すばかりだろうから、それとどうやって折り合いをつけていくのかを、私はちゃんと構築しなければなりません。今起きている不調は、今まで築いてきたものが限界を迎えている事を指しているのです。疲れているのはそういう事も原因だったりするのです。

ちなみに、イライラしていたのは、彼をペタペタペタペタ触りまくったら治まりました(爆)。人は本当に、頭だけで生きているのではないのですね・・・。

さて、こんな調子ですが、暇な時にでも読んでもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします。

2009年5月17日(日) No.123


お伊勢参りで下駄を買う

友人に誘われて伊勢神宮とその周辺へ出かけました。考えてみればもうずいぶん伊勢神宮へ参拝していなかったなぁ、と思い返しながら出かけた先は、式年遷宮のための工事真っ盛りの、なかなか見る事のできない貴重な景色が広がっていました。

神宮の森は、しっとりと湿度の多い空気が漂っていて、服が湿っているのが判るほど。こんなところにずっと暮らしていたら、肌も心も乾かないで済みそうだと思います。その代わりに心が鬱屈しそうな気も(爆)。

参拝を済ませた後は門前町やおかげ横丁をぶらぶら。伊勢うどんやら赤福やらを食べまくり、何故か下駄を買いました(笑)。

なんとなく、以前から下駄が欲しかったのですよ。別にサンダルでも良かったのですけど、とりあえず、出かけるときに靴下やストッキングを履かなくても良い履物が欲しかったのでした。

で、買ってみた下駄を帰ってきてから早速履いてみると、普段よりさらに高いヒールのせいで歩くのがおぼつかなく(苦笑)、鼻緒が痛いという、慣れるのに少々時間がかかりそうな事が判明したのでした。

この夏は、積極的に下駄を履いて、足元の風通しを良くしようっと、と目論んでいます。ついでに風呂敷コレクションが増えたので、結構ご満悦です♪

2009年6月1日(月) No.124


パズルの日々(胃を小さくする努力)

健康のためでも節約のためでもなく、外食に飽きたという理由で最近の昼食は持参したお弁当になっています。最近は可愛らしくてスタイリッシュな弁当箱がたくさんありますね。迷いに迷ってその中からひとつを選び、弁当を作り出してから本日で6日目。なんとか一巡しました。

弁当を作っているというと、大変な労力をかけているようなイメージがあるのですが、実際のところ大したものは作っていません。米飯の上にゆかりをパラパラ。それから果物。あとは野菜や煮物。油を使いたくないので、基本的に茹でるか直火で焼くか、生のままになります。煮物の煮汁が漏れるのが嫌なので、寒天で固めてみたら結構上手くいって、ひとりで自画自賛してみたり(笑)。あと、いかに上手く弁当箱に詰めるか、という問題はまるで立体パズルです。結構頭を使います。

結果的に節約っぽくなっているし、健康的な気もするのですが、ひとつ問題もあります。12時から13時の間に弁当を食べるのですが、16時くらいになると、「お腹空いた〜」となってしまうのです。つまり私の胃の大きさに対して、弁当の量が少ないようなのです。或いは油を使わない事で消化が良いので、そうなるのかもしれません。しかしながら、せっかく可愛い弁当箱を買ったので、もうしばらく頑張って、なんとか胃を小さくできたら、と考えています。まぁ、弁当に飽きたらまた外食に戻りますよ。

それにしても。結局のところ問題は、何を食べたいのか自分自身でも判らない、という状態にあるのでした。食べたくないものはたくさんあるのですけどね。積極的に食べたいものは、新鮮な野菜と果物なもので、そういうものは外食ではなかなかメニューにないのでした。ふぅ。

2009年6月8日(月) No.125


梅雨の湿度に参りながら、こんな日は蛍が多く舞うのだと思い出し、久々に実家の近くの蛍が見えるスポットに行ってきました。

去年まではひなびた休耕田だったはずのところは、つい先日大きな幹線道路が開通し、蛍の里は残っていましたが、そこから車のヘッドライトが見えてしまうという、蛍を見るには不向きな場所に変わってしまっていました。

そんな道路のせいか、はたまた単なる偶然か、蛍の数は少なく、あぁ、ここはもう駄目かもしれない、と思いました。昔からシーズンに一度か二度程度蛍を見に行っていただけに、とても残念です。

自分も車を運転する身なれば、新しい道路は大変運転しやすく、良いものでした。ただ、それと引き換えに何を失うものか、しかと認識せねばと思います。

そういえば、最近暑い日が続くのですが、車のエアコンがちっとも効きません。冷却液がどうかなっているのでしょうか。燃費が悪くなるばかりで涼しくならないのでエアコンを切り、後部座席の窓ガラスを開けると、おぉ涼しい。同時に思い知ったのが窓ガラスの遮音性の高さです。窓を開けているといろんな音が聞こえてきて結構うるさいんですね。普段密室状態で運転しているので、街中がうるさい事を失念していました。そういう騒音から遠ざかっている事も、もしかして最近のストレス耐性の低さになっているのかもしれない、なんて得たものと失ったものを考えました。

2009年6月15日(月) No.126


ふたつの月の世界

「1Q84」をようやく読了しました。発売日前日に手に入れたはいいけど、そのあと何故か読む気になれず、しばらく放っておいてしまったのです。

感想。
相変わらず訳が判りません。って言ったらファンの人に怒られるでしょうか(爆)。元来小説に訳が判る事を望んでいないのですが、(そして実際、訳が判らない小説は山ほどある、)これは本当に判るような判らないような・・・。ですが、大変面白く読みました。それだけですっごく満足です♪

そういえば、映画「ターミネーター4」を観ました。アメリカ映画的世界観をどうやら私は全然格好良いと思えなくなっているらしく、感動したとか面白かったとか、そういうものはなかったのですが、ただひとつ、「マトリックス」に似ていると感じました。まぁ実際、影響はあるのでしょうね。。

どう言えばいいのでしょうか、あの手の映画の世界観というのは結構共通しているように思えます。終末思想や救世主が登場し、火を盛大に使い、敵と味方がはっきり区別されていて、最後には主人公側が勝利する。それはキリスト教的世界観なのでしょうか。これを日本人が作ったなら、もっとじっとりと湿ったものになるだろうと思います。

最近は空梅雨を返上したかのように、激しい雨が続きます。そんな雨の時は、車に乗り込むために傘をたたむのが、一瞬非常に勇気が要ります(笑)。何を朝からひとり気合をいれているんだ自分、と思いながら、今朝もずぶ濡れになったのでした(苦笑)。

2009年6月22日(月) No.127


フランソワーズ・サガン

サガンの伝記映画を観ました。「悲しみよこんにちは」で有名なサガンの小説を、実は私は読んだ事がないのです。ただ、映画のポスター(?)に掲載されていたサガン役の女優さんが綺麗というか可愛らしいと思ったので、その人を観に行った訳ですが。

サガンのあまりの孤独に涙が出ました。ただ、孤独さに共感はするものの、生き方そのものに共感はできなくて、そのあたり、自伝でも読んでみればもう少し心情が判るのかもしれません。一言言うならば、あまりにも自堕落で奔放すぎる、のでしょうか。酒と煙草と麻薬とギャンブル。2度の結婚と2度の離婚。息子が1人。息子とも仲違いして、最期にも会わなかった(会えなかった)、そういう人生を送った人の心情は、経験不足な私には、まだまだ判らないようです。

映画といえば、「宮本武蔵−双剣に馳せる夢」も観ました。こちらはアニメ映画。大変面白かったです。押井守が原作というのと、新宿と梅田と名古屋でしか上映していないという希少性も加わってつい観に行ってしまいました。何故今いきなり宮本武蔵なのかと思いますが、まぁそれはそれ。映画の中で流れる講談師さんの口調が大変よろしくて、今度講談のCDでも探してみようかと思ったくらいでした。

そういえば、自画自賛弁当は、結局4週間続きました。パチパチ。段々面倒になって、同じおかずが3日続くなんて事もありましたが、まぁ自分で食べるものなので問題なし。というよりも、煮物なんて一回で食べきれる量を作るのは難しいので、どうしても同じおかずになってしまうのでした。レパートリーが少ないので、メニューに悩むこの頃です。

2009年6月29日(月) No.128



引きこもる

どうやら気付かないうちに無理をしていたようで、少々落ちていました。せっかく取った休暇も、どこにも出かけず誰とも話さずひたすら部屋に引きこもり。

まぁ確かに、振り返ってみれば6月中は週末のほとんどを休まず外出ばかりだったし、平日も徹夜とまではいかないまでも睡眠を満足に取れていない日が多かったし、お弁当を作っていたり人の悩み事相談を引き受けちゃったりで、無理をしていたんだなぁ、と納得しきりな訳ですが。

ひとつ、自分でも笑ってしまう事が。一応、そんな状態になると料理を作る気力もなくなるので外食していたのですが(あ、これは引きこもり最終日の話です)店員さんに注文しようとするのに声が出ないんですね。誰とも話さないので、咽喉の血行が悪くなったような、そんな感じです。つくづく、声というのは、コミュニケーションの道具なんだなぁ、と思い知りました。という事は、誰ともコミュニケーションを取る必要のないところに暮らしていたら、声は退化するのでしょうか。ちょうど光の届かない深海に住む魚が、目が退化しているように。

とりあえず現在は、大丈夫です。合計4日間、引きこもっていたんですけどね、別に憂鬱な気分になっている訳でもないし、悩み事や困り事がある訳でもないんですよ。ただ気力が尽きただけです。

それにしても。こういう状態って、専門用語では何て言うんでしょうね。一度として医療機関に受診した事がないので、どういった病名がつくのかも判らないですけど、ほとんど全ての情報を遮断して、ひたすら内にこもりたがる、なんて、いかにも精神的な病っぽくて、何でこんな風になっちゃったかなぁ、と少し原因と解決方法を探ってみたくもなるのでした。

2009年7月6日(月) No.129


太陽のサーカス

シルク・ド・ソレイユの「コルテオ」を観に行ってきました。観たいな、と思ってからチケットを手配するのに時間がかかったため、なんだか最終日に行く事に。

基本的にサーカスの演技種目は限られているのでしょう、以前にも観た事がある気がする、というものが結構たくさんありました。演技の上手さはもちろんの事、おそらくはストーリー性の中に演技をどう組み込ませるか、で面白さが決まるのだと思います。そういう意味で今回のこれは、クラウンが自分の葬式を目撃するところから旅(トリップ?)が始まり、ベッドの上でトランポリンをしたり天使が登場したりと、面白いか否かは別として、ふむふむと頷きながら観てきたのでした。

なんか、もっと素直に、あー面白かった、すごかったです〜、とかで終われば良いのでしょうけどね、つくづく素直じゃない人です、私は・・・(爆)。

そういえば今回は、以前に観たクラウンさんのペアがいなかったので、残念でした。一番最初にこのサーカス団を観た時、なるほどサーカスというのはショウなんだと気付き、クラウンの役目についても理解し、上手いなぁ、と非常に感心したのですが、今回はいなかったのですね。まぁ、姿を変えて登場しているのかもしれませんが。そのクラウンさんのペアは、直前の演目を上手に揶揄していたりで、素直に感心していたのでした。


そんなサーカスを観た日曜日の午後、時間が余ったので、映画「路上のソリスト」を観ました。なんとなく観に行っただけなのですが、主人公が余りに独善的で、どうにも受け付けがたく。弦楽器の響きは素敵でしたが。


ちょっと前に落ちていたというのに、相変わらずいろんなものを観続ける生活を送っています。いろんなものを観て吸収して、いつか何かを生み出せたらいいな、と思うのですが、どうなる事やら。とりあえず暑いので、へばっています。。

2009年7月13日(月) No.130


考える事

解散予告だの何だの、すっかりかまびすしい政治の話題に隠れて、あっという間に関心を失ってしまった感のある脳死の問題について、少し考えていました。

どうやら私は、人の生き死にに関心があるようですね。

上手く表現できているか判らないのですが、臓器提供で助かる命がある事は喜ばしい事だと思うのです。ましてや子供の命なんて尚更だと思います。ただ、助かる命の影に、必ず失う命がある。死体臓器提供を望む事は、即ち人の死を望む事ではないかという気もするのです。

例えば家族が脳死と認定されたら、それ以降十分な治療がされなくなってしまうのではないか、とか、脳死と認定されたら即臓器提供しないといけないような雰囲気になるのではないか、とか。そういう、残された方からしたら納得できない風になるのではないかという危惧もあります。おそらく、意思決定を迫られる家族の負担は増すでしょうね。

そしてもうひとつ。新聞記事で詠んでとても感嘆というか納得した事があるのですが、実は臓器提供を了承した側にも、愛する人の臓器だけでも他人の身体の中で生き続けてほしい、というエゴイズムが存在するのだそうです。

そういう記事を読んで、考えてしまいました。基本的に私は、いくら脳死状態だろうが温かな身体を持つ人を死んだとは認められないだろうし、けれどそれは、私が子供を持っていなくて、周りにも重篤な患者がいないせいだろうとも思うのです。例えば私が子供を持ったとして、その子供が臓器移植しか助かる術がない病気にかかっていたとしたら、私は多分、子供の脳死患者が出る事を望み、移植を望むのでしょうね。

生き死にの現場は、エゴとエゴのぶつかり合いで、なんだかとても恐ろしくなります。

ちなみに私は、今のままでいけば、「臓器提供しません」という意思決定カードを持つだろうと思います。その、遺族のエゴイズムの記事を読んで思ったのですが、私は自分の事が嫌いなんですね。私の意識がなくて私が死んだあとも、私の臓器だけが他人の身体の中で生き続けるなんて、絶対に許さない。なんておぞましい。と思ってしまったのです。私の身体は私のもの。私が死んだら全て灰にして欲しいと思うのは、自己愛でしょうか、それとも何か別のものでしょうか。

このところ自分に対する攻撃性や自己否定みたいな暗い影が勢いを増しているようで、少し気になっています。恋をしたときは、嫌いなはずの自分の身体までもがいとおしく思えたものでしたが(笑)。

さて、夏ですね。冷房病っぽい症状が出ながらも、なんとか頑張っています。

2009年7月20日(月) No.131


ショート・ショート・フィルム

ショート・ショート・フィルム・フェスティバルを観てきました。

というか、この言い方は変ですね(爆)。そのフェスティバルに行ってショート・ショート・フィルムの映画を観てきたというべきでしょうか。

毎年開催されているのは知っているのですが、いつもいつも前期のテストの頃で忘れていたり忙しかったりで、行ったのは久しぶりの事でした。でも、テストはやっぱりこの時期にあるのです。テスト勉強が面倒になっちゃったので、遊びに行っちゃったのでした♪

ショート・ショート・フィルムそのものは、いろんな種類があるし、観たものは面白かったので言う事はありません。それよりも違和感を覚えたのが、広告の事でした。以前は鬱陶しいほどにたくさんの企業の広告をもらったものでしたが、今回はほとんどなし。景気の影響なのでしょうか。

このところ、本当にたくさんの映画を観ています。映画は好きなのですが、それよりも私は、お話が好きなのです。一番好きなのは本ですし。それなのに映画を観ているのは、私が弱っていて活字を拾う力がなくなっているから、なのでしょうか。お手軽なものばかり楽しんでいてはいけない、と思うのですが、なかなか難しいです。時間のあるときに、お話の世界にどっぷりつかれるような、大長編を読みたいですね。。。

2009年7月27日(月) No.132


セオリー通り

彼と別れました。で、髪を切りました。髪型を変えたのは、彼と別れたから、ではなく、彼が長い髪が好きだったからです。付き合っていたときは、彼の好みを考慮して短くできなかったのでした。別れたのをこれ幸いとして、イメージチェンジを図ったのですが、考えてみればものすごくセオリー通りって気がします。

ま、セオリー通りだろうが何だろうが、私はやりたい事をやるだけなのですが、髪を切った=失恋、なんて捉えられるのは勘弁してもらいたいので、適当なイメチェンの理由をでっち上げるつもりです(爆)。何がいいだろう・・・。

ですが、多分、大勢の人がやるって事はそれだけ効果がある事の証明である気もします。少なくとも女の髪には情念が染み込むなんて言い方をしますし、髪を切ってさっぱりした気分になったのも確かなので。

さて、先週に引き続き、ショート・ショート・フィルムを観てきました。今回は「ヨーロッパ企画」と題されたものを観たのですが、てっきり私は、ショートフィルムの中でもヨーロッパのものを集めたものだと思っていたのです。が、「ヨーロッパ企画」というのは劇団の名前でした。

この劇団はいろいろな活動をしているらしく、ショート・ショート・ムービー・フェスティバルというものもやっているのだそうで、今回はその中のグランプリを取った作品や落選した作品を11本上映してくれました。合間に劇団の人のトークも交え、大変楽しかったです。ちなみにそのフェスティバル、作品の長さは5分以内、テーマは指定なんだそうで、今回のテーマは「ゴ」でした。たった5分とはいえ、テーマが決まっているとはいえ、本当に個性が出るものだと、面白く楽しい時間を過ごせました。

2009年8月2日(日) No.133


NewCL

髪を切ったに続き、今週はコンタクトレンズを新しくしました。以前はハードレンズを使っていましたが、今回はソフトレンズです。2週間で交換。うん、ありきたりです。

はめ方も外し方も勝手が違うので戸惑いまくりです。初めてコンタクトレンズを使ったときもこんな風だったのか、既に10年以上昔の事なので全然覚えておりませぬ。とりあえず、黒目よりもレンズの方が大きくて、白目の部分にレンズの水色が見えているのが怖いです。まぁ、余程近くで見ないと判らないのですけど。

久方ぶりに矯正視力が大変良い状態で車の運転などをしてみると、視界くっきり、実に遠くまで見渡せて感激でした。遠くが見えすぎるので近くが疎かになりそうになったり。

結局、視力が悪い状態での視界は、全てが拡散しているのです。視力を良くした視界では収縮する。私にとっては裸眼の時の視界とメガネやコンタクトレンズをした時の視界では、物の大きさまでもが違って見えるのです。もっとも、例えば定規で測ってみようにも、その定規の目盛りですら違って見えるので測りようがないのですけどね。あとは、光の見え方も違います。視力が良い方が明らかに光が明るいですね。世界はこんなに明るかったのか、ってな感じです。

感覚の話なのですが、物が見えない、見えにくいというのは、ひどく不安になる事なんだと改めて思います。以前、画像が鮮明でない映像作品を観た事がありましたが、作品の内容に関係なく、ざわざわしたものを感じた事を思い出します。人間は、情報の大部分を視界に頼っている生き物なんですね。そんな大事な情報機関の欠陥がここまでひどくなっても、まだ見えているだけ良いのでしょうか。ときどき、レーシックをやってみたくなったりします。怖いので、多分やりませんけどね。

2009年8月9日(日) No.134


サングラス

新しいサングラスを買いました。今までのサングラスはすごく気に入っているのですが、グラスの色が濃い緑色で、傍目から見るとかなり黒に見えるのです。緑色は目にやさしいのですが、どうも人に良い印象を与えないし、新しくした髪型にも似合わない気がして、新しいものを探してみました。

最近のサングラスは、グラス部分が大きいものが流行りなんだそうで、試着させてもらったものなんかは、まるで海女さんが使う水中メガネみたいでした。グラス部分が大きい方が好みではあるんですが、ここまでデフォルメっぽいと、これが流行りじゃなくなったときに格好悪いな、という考えも働き、いたって普通のになりました。ちなみに、別に意識した訳ではないのですが、普段買っている服のブランドと同じものを選んでしまいました。好きなんですね・・・。

さて、鼻が低いのか頬が出ているのか、鼻当てを少し高くしてもらったのに、笑うとフレームが頬に当たります(苦笑)。笑わなければ大丈夫だし、まぁいっか、と早速サングラスをかけて、内心にこにこしているのでした。

ところで、久しぶりに百貨店に来たのだから、と行きつけのお店をのぞいてみたのですが、どうにも購買意欲が湧きません。最近のスタイルは裾が長いブラウスにレギンスなどの組み合わせで逆三角形を描くものが多くて、普段から逆三角形の体型を気にしている私は、それを強調するようなものを買う気になれないのでした。それとも或いは、疲れているせいで新しいファッションを試そうという気になれないのかも。そんな訳でこの夏は、新しい服は買わずに終わりそうです。綺麗な服を買うと、素敵な本を読んだ時と同じくらい心が浮き立つものなんですが。ふぅ。

お盆なので、母方の祖父母の墓参りに行きました。で、母方の伯母と従姉と母と私で女同士の気の置けないお喋りに興じました。何て楽なんだ、と思いました。このところ、自分の人付き合いの問題点を考えているのですが、なんというか、ここまで楽な世界がある一方でとてつもなく難しい世界もある事に絶望すら感じます。かといって安穏な世界に逃げ込む事は自分の視野を狭くして、最終的に自分のためにならない事もよく判っているので、私はこれからもその難しい世界に挑み続けるのですけれど、時々、自分は死ぬまでこんな苦労を続けるのだと思うと、本当にうんざりします。生きるって何、なんて考えたお盆の日でした。

2009年8月16日(日) No.135


縁を切る事結ぶ事

京都の安井金比羅宮へ行ってきました。

ここは、有名かどうかは知りませんが、縁切り神社として名が知れているのだとか。一昨年辺りからどうにも良くない事ばかりが続いているので、彼との縁も切れた事だし、こういうところにでも行ってみようかという気になりました。

さて、縁切りとして有名な場所といえば、おどろおどろしいイメージがあったのですが、実際に行ってみたところ、全然そんな事はなく、普通の小さな神社でした。結局、「悪縁を切り良縁を結ぶ」ところなんだそうで。

その神社、境内に岩(?)があるんです。その真ん中にトンネルみたいに穴が空いていて、表側から裏側へ悪縁を切るよう願いながら潜り抜け、次に裏側から表側へ良縁を結ぶよう願いながら潜り抜け、最後に願い事を書いた札をその岩に貼り付けるんだそうです。やってみたところ、そのトンネルがかなり小さくて、潜り抜けるのに必死になってしまい、うっかり願い事を念じるのを忘れてしまいました(爆)。うーん。

ところで、「縁を切る」って改めて考えるとひどく怖い事だと思います。だって、もう会えないんですよ。それって死別するのと同じだと思います。私は、縁があって出会ったならば、その縁が続かなくて別れようとも、いつかまた出会いたい。いつかまた。きっといつか。願いを込めて、また出会いたい。

そういう事を信じて願っているので、誰かとの縁を切りたいなんて思えなくて、結局とてもシンプルに、自分の中の良くないものとの縁が切れるようにと願ってきました。

ちなみに、『願いを込めて、また出会いたい』というのは、恐竜人間と半陰陽の青年とのラブストーリーの漫画で登場する台詞でした。なんだかとても印象的だったので覚えているのでした。

その日は他に下鴨神社で綺麗な水の流れを見て、それから大阪のサントリーミュージアム天保山でスタジオジブリのレイアウト展を観てきました。

2009年8月23日(日) No.136


新しいもの第何弾?

デジカメを買いました。以前にも持っていたのですが、多分8年くらい前のものです。今回思い立って新しくしてみたのですが。

技術の進歩が著しいですね。薄くて軽いし、画素数がものすごいし、メディアに記録できる容量も8年前とは比べ物になりません。それでいて価格が安くなっているし。もうここまでくると各社の違いがさっぱり判らないので、適当に選びました。つまり見かけで(爆)。

ある程度市場の技術競争が一段落してきて各メーカーとも際立った違いを出せなくなるとデザインや色で差を出す、というのが一般的なんですが、デジカメもその例のようで。デザインはともかく、色がついてきたのはここ最近の事かと思います。以前はシルバーや黒ばかりだったのに、なにやらカラフルなものが目につきました。で、購入したのは黄緑色のもの。ピンクが良かったのに在庫がないんだそうで。これはこれで好きなので良いんですけどね。

そういえば、選挙がありましたね。一応マニフェストを読んだりはしたのですが、例えば財源にしたところで国の単位ともなると規模が大きすぎて想像の範疇を越えているために、それが本当に実現可能なものなのか、全く判断ができませんでした。それに無駄を省くというのも、何を根拠にそれを無駄と判断するのか、とても難しいと思います。結局万人に賛成されるものはない訳ですしね。

今回はやたらにJ党の宣伝を耳目にしました。普段TVを見ないのですが、それでもカーラジオやインターネットのバナー広告で必死さが伝わってきたものです。ちなみにYouTubeでJ党のCMがあると知ったので見てしまいましたよ。「プロポーズ」と「ラーメン」と「ブレフォー」。外部に製作を依頼したと聞いたのですが、上手にできているなぁと感心しました。だからといってJ党を支持する訳ではないのですが。とりあえず、M党が与党になる事で、勤め先の行く末がおかしな事になりませんように、と願うばかりです。

2009年9月1日(火) No.137


棚田アート

「越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭2009」に行ってきました。というか、この名称は長いですね・・・。

新潟県十日町市と津南町の地域にアート作品が点在するイベントでして、なんだか面白そうな事がやっているらしい、というのは耳にしていたのですが、何分にも遠いので、あまり興味を持っていなかったのです。ですが、ふと新聞記事を読み、行ってみようかな、という気になりました。

東京23区より広い面積の中にアート作品が点在するので、移動には車が便利です、なんてガイドブックにはあって、それを真に受けた私は本当にレンタカーを手配し、3日間車で動き回りました。車って便利ですね、今さらながらに。ついでに廃校になった小学校を改装したドミトリータイプの宿泊施設に泊まり、同じようにこのイベントに来ている人たちとひと時の交流を楽しんできましたとさ。

さて、とは言うものの、基本的にこの芸術祭は町おこしのイベントっぽくて、わざわざ大掛かりな距離を移動するだけのメリットは何かしらん、と天邪鬼な私は考えたりもするのです。人寄せならイベントのメイン会場で十分な感じがしますしね。遠くの遠くの集落まで足を伸ばしても、大抵の人は作品だけ見てさっさと踵を返してしまう訳で、人と人との交流なんてない気がするし、はてさて。

とりあえず、なかなか面白い作品の数々も見る事ができたので、満足です。ただ、アート作品を見るときの常で、感覚を総動員させる事で疲れたのと、テンションをかなり上げた事の反動で揺り返しが来ているので、ちょっと辛いです。。。

そうそう、ひとりで行動するのは、思った以上に楽な事でした。次の行き先を決める時にいちいち協議しなくていい、それは本当になんて楽な事なんでしょう。感覚を共有する相手がいないのは少々淋しい事ですが、この楽さに比べればそれは諦めがつくものです。それに安穏としていて良いのかは判りませんが、願わくば、この楽さを失って余りある楽しさを手にできる相手と出会えたら、と思います。

2009年9月8日(火) No.138


噛み締める

映画「サマーウォーズ」を観ました。大変面白かったです。ポスト・ジブリとか称されている監督だそうですが、この方の前作は観ていないのですが、機会があったら観てみようと思いました。

旅行から帰ってきて、睡眠不足と疲労回復のためか、1日10時間くらい眠ってしまったりしました。おまけに9月の連休の関係で仕事が立て込んでいて、休むに休めず。仕事の担当ややり方が一部変わったりもしているのでとっても面倒で、毎朝、仕事行きたくない〜〜、と思ったりしちゃってます。行ってますけどね。

ところで、淋しさ絶好調です。要は感情が絶不調、なのかな。無理をしないで、淋しいなら淋しいなりに、それを噛み締めていれば良いと思うので、何も対処していないのですが、今回のこれは性質が悪い。淋しいというよりも、怒りが制御できなくなっている感じです。昔起こった、嫌な出来事をどんどん思い返しては、思い出し怒りに走り、その度にギリギリと悔しさを噛み締め、涙してしまうのです。いったいどれだけ自分は恨みを溜め込んでいるんだと思うとなかなか怖いものがあります。なるほどこうして人は阿修羅になるのだな、と思うと興味深くもあります。

私はそれを、別段悪いものだとは思っていません。困った事だとは思いますが。私の興味は、それをいかに克服していくか、にあります。これは言い換えれば成長のチャンスなのです。

とは言うものの、今回の事で思い知りました。恨みつらみは降り積もり、決して解ける事はない。例え恨みの張本人が土下座して謝罪したとしても、薄まりはすれどなくなりはしない。何かの切っ掛けがあれば心はすぐにそのときの感情を取り戻す事がよく判りました。

となれば、心の浄化は諦める他ないのかもしれません。せめて顔に出ないように、顔で笑って心で泣いて、の状態になるのでしょうか。良くない状態ですね・・・。本当にそれより他に方法はないのか、もう少し試行錯誤の日々が続きそうです。

なにやら自分がとてつもなく苦労している人のような気がします(苦笑)。まぁ、無知ゆえに無邪気な残酷さを持つよりかはいいか、と思っていますけど。やれやれですね。ちなみに、ちゃんと笑ったりもできているので大丈夫ですよ。

2009年9月15日(火) No.139


活字を拾うのに必要な睡眠量

世間では5連休かと思いますが、私は本日は仕事でした。9月はこの連休の関係で休日出勤と残業が多いのです。

とは言いつつも、彼岸の入りにお墓参りをしたあとは、ひたすら眠っていました。多分2日間で36時間くらいは眠ったんじゃないかな。どれだけ眠っているのかと、ちょっと自分が怖くなります(笑)。

でもさー、眠れるんだもん。別に睡眠過多で頭痛が起こったりもしてないもん。このところ睡眠不足だった訳でもないけど、部屋を暗くしたらいくらでも眠れるって事は、身体が眠りを求めてるんだと思うの。夕方5時くらいに眠くなって寝たら、気付いた時には次の日の朝10時だって別にいいと思うの。

・・・って、誰に私は言い訳をしてるんだか(爆)。とりあえずもし本日も休日だったら確実に寝倒していたのでしょうが、幸か不幸か自堕落な生活は幕を閉じたのでした。

それだけ大量に睡眠を取った成果は、活字を拾えるようになった事。このところせっかく政治のニュースがいっぱいあるはずなのに、何故か新聞を読む気がちっとも起きなくて、あぁこのままではニュースが判らなくなってしまう〜〜、と危惧していたのですが、とりあえず本日は仕事から帰ってきてから古新聞を読み返し、読めた事にほっとして、一息ついたのでした。

別に政治が好きな訳ではないのです。新聞で好きなのは文化欄とかなのですが、好き嫌いはともかくとして、今何が起きているのかは知っておかねば、という観点から政治やら世界やらの記事にも目を通すのですが、時々、これも積み重ねだなぁ、と思います。

『今いる場所にとどまるためには一生懸命走らなければならない、今いる場所より前に行きたければもっと一生懸命走らなければならない』というのは不思議の国のアリスの中の台詞で、経済活動にも当てはまる言葉なんだそうですが、情報収集にも当てはまりそうです。世の中の事なんかなーんにも知らなくてやっていける場所に行きたいなーなんて時々思います。大人でい続けるのもなかなか骨が折れますね。

2009年9月23日(水) No.140


愛想が良いとか、トラウマとか。

学校が始まりました。4年も経って気付いた事があります。私の愛想の良さです(笑)。普段から笑顔ばかりでもないし、にこやかな訳でもないのですが、どうして私ってこんなに、久しぶりに会う人たちとなるとにこやかになるのでしょう・・・。そりゃ、こんな事をやっていたら疲れるのも当然だと、4年目になってようやっと理解したのでした。

友人が遊びにきてくれたので、植物園をてくてくお散歩し、お喋りに興じました。波長の合う人となら、どんなところでも楽しいものだと、改めて思いました。

友人との話の中で、トラウマという単語が出てきました。それで、深く納得したものがありました。トラウマというほど深刻ではないかもしれませんが、私の中で傷となっているものは確かにあるのです。今まで傷の存在自体を認めてこなかったのですが、それを治すためにはまずは傷の存在を認めなければ、と思いました。いろいろな事があって私は確かに傷ついて、傷つけられてきたのです。それをまずは認めて(それ自体が痛い作業なのですが)、その上で自己愛だとか自尊心だとか、そういうものを正常に取り戻さなければいけない。喪に服す期間は1年間として、私はその1年間の内にどれほど元に戻り、成長できるでしょうか。まぁ、傷の存在を認めるというのは確かな進歩ではあるのですが、はてさて。

さて、学校の研究室が本決まりになりそうです。やりたい事は特にないのですが、とりあえず数学の難しいのがないところがいいな、と思って研究室の案内を見たところ、人工知能を取り扱っている研究室が目に止まり、先生と面接をしてきました。少々癖のある先生にたじろぎつつ、お話を伺ったところによると、コンピュータにコミュニケーション能力を付けるのは難しいんだそうです。例えばトランペットを吹くロボットやチェスや将棋をやる人工知能の開発はそれに比べたらまだ簡単なんだとか。確かにやる事が決まっている訳なので、あとはプログラムの問題な訳ですし。コミュニケーションはそもそも正解がないものなので、例えば人と人が話しているのを分析したり、人と会話できるロボットのプログラムを考えたり、という事をやっているのだそうで、大変興味深い内容でした。で、問題は、楽しそうではあるのですが、私はそんなところに入ってついていけるのか、というひたすら私自身の能力的な不安にあるのでした。他に受け入れてもらえるところもなさそうだし、やってみたくはあるので、多分その研究室で決まりだとは思うのですが、普段消去法で生きている人間にとって、こういう選択は難しいものです・・・(苦笑)。

2009年10月5日(月) No.141


楽しい読書とつまらない読書

前回に引き続き研究室の話題より。
晴れて(?)正式配属となった研究室の日々は、とてものんびりしています。とりあえず私はゼミに出る必要がないし(正確にはゼミは昼間なので出られない)、やる事がない訳で、卒業研究のテーマを探すためにも先生の勧める本を読んだり、プログラム言語の勉強をしたりする事になりました。

先生が勧めてくださった本の1冊目は、自閉症について。なんでも、自閉症の人は言葉を字面どおりに受け取る傾向があり、行間を読んだりするのが苦手なんだそうです。人工知能もそういう傾向があり、言葉に表れないコミュニケーションが定義できれば、不自然でないコミュニケーションができる人工知能が作れるかもしれない、との事で先生は自閉症についてもかなりたくさん勉強されているのでした。で、まぁ読んでみたところ、これがもう、つ・ま・ら・な・い!!!内容そのものは大変興味深いのですが、当然の事ながら物語性などはないので、私としては読むのが辛いのです。読み始めてすぐに眠くなるし(苦笑)。もしかして著者の筆の力によるものなのかもしれませんが。

そんな訳で楽しい読書がしたくなり、早速図書館で10冊ほど本を借りてきて、良いお天気の休日に部屋に引きこもってひたすら本を読んでいたのです。あぁ楽しや。あぁ幸せ。

そういえば、別の研究室と共同で使っている部屋に案内してもらったのですが、その部屋の半分にはコンピュータが整然と何十台も並び、全て電源が入って稼動しており、熱暴走を防ぐためか大型のファンが何台も回っていました。もう半分が私の所属する研究室のもので、そちらは大型の書架が並び、たくさんの書籍が収まっていました。同じ学科なのにこの違い・・・、と面白く思ったのでした。

2009年10月10日(土) No.142


反射

癌検診を受けました。そういうお年頃なのです(笑)。

実は去年からそういうお年頃だったのですが、去年は面倒になってしまって止めてしまったのでした。そんな訳で今年が初めてです。

一応、婦人科系の腫瘍マーカーとマンモグラフィーと胃カメラ。何で胃カメラ?って思われるかもしれませんが、私はバリウムを飲むのが嫌だったのです。嫌なものはどうしても飲み込めない性質なので、多分無理なんじゃないかな、と。ついでに終わった後下剤を飲むのも嫌なので。それに結構胃が悪くなっているので最初から胃カメラでもいいか、ってな感じで軽く考えてしまったのですが。

・・・嘔吐反射がひどかったです。。。咽喉の麻酔だけで、頭がぼんやりする麻酔をしなかったのも原因かもしれない。。でもまぁとにかく、かなり気持ち悪いものでした。

咽喉を通り過ぎたあとも、胃カメラの先が胃壁に当たっている感覚が分かるし、組織採取したのも分かるし、何もかもが気持ち悪くて半ばパニックになりそうになりました。看護師さんが、怖くないよ、なんて背中さすってくれてました(苦笑)。せっかくモニターにカメラの映像が映っているのに全然見る余裕もなかったので残念です。聴くところによると、頭がぼんやりする麻酔をすると、モニターを見ている事はできてもぼんやりした頭ではそれを理解するのが難しいそうですが。

そんな訳で、普通の胃カメラは私にはかなり厳しい事がよく判りました。次に検診を受ける時は、鼻からのにするか、あるいは頭がぼんやりする麻酔をするか、今から頭を悩ませるところです。

あ、でも、マンモグラフィーは痛くなかったのですよ。周期を計算して行ったのが良かったのかもしれません♪

とりあえず、また一段大人の階段を登った一日でした(笑)。

2009年10月19日(月) No.143


シャネルスーツを着てみたい

「ココ・シャネル」という映画を観ました。その前に「ココ・アヴァン・シャネル」という映画も観ました。

シャネルについては、孤児院で育ったとか、最初は帽子屋さんだったとか、一般的な事しか知らなかったのですが、そして全然シャネルのファンでもないのですが、綺麗なものは観たいので、観てみた訳です。

えー、どちらの映画もシャネルの半生を描いているのですけれど、途中で出てくる愛人さんとの位置付けが全然違いました。シャネルは、1年くらい貴族の愛人さんをやっていたようなんですが、その貴族がシャネルの事を大して好いてはいないのか、熱烈ラブラブなのかが本当に全然違うのです。あと、「ココ・シャネル」の方は俳優さんが英語を話していたような・・・。

まぁそんな事は良いのですが、服は素敵でした。今までシャネルというと、特徴的なロゴが入った鞄などを思い浮かべていて、それは大して欲しいとも思わなかったのですが、あのシャネルスーツはいいですね。是非着てみたいものです。そんなものを着ていくような煌びやかな場所に出かける用はないのですが(苦笑)。

それから、「パリ・オペラ座のすべて」という映画も観ました。なんだか映画ばかり観ているような気がしますが、そのとおりです(爆)。ちょっと外に出るのが億劫で、のんびりしているうちに観たい映画が溜まっちゃっていたのでした。

オペラ座も素敵ですね。古典バレエも良いのですが、私が目を引いたのは、現代バレエ(?)でした。やっぱり私は、そういう現代アートっぽいものが好きなようです。

一応、タイトルが判っているもので、観たいなぁというのは「メディアの夢」と「ベルナルダの家」。調べてみたらDVDも出ているようなんですが、図書館にでも入っていないでしょうか。。

それにしても。あぁ、あれを生で観れたら素晴らしいだろうなぁ、という思いが湧き起こりまして、オペラ座観たいな行きたいな病に一瞬かかりました(笑)。せっかく作ったパスポートも全く役に立っていないし、けれど行きたいところもないしでまぁいっか、と思っていたのですが、フランスに行くのも良いかもしれません。フランス語は、、勉強した方が良いですよね・・・(苦笑)。

2009年11月1日(日) No.144


或いは健康的な生活

きゃぁぁぁぁーーーーー、どーん。

と、自動車事故をやってしまいました。相手の人にも自分にも怪我はなかったし、全部保険が使えるので、この程度で済んで良かったと言うべきかもしれません。

事故の原因は、ブレーキを踏んでいるのに効かなかった事。ローファーの靴を履いていたので、ヒールの前の部分、土踏まずみたいなところがブレーキペダルに引っかかったのかもしれません。。まぁそれでも、こっちのミスに変わりはないのですけどね。

そんな訳で代車はあるのですが怖いので、最近の移動手段はバスと徒歩と電車です。なんというか、自分がいかに車ばかりで移動していたのかがよく判りました。公共交通機関は実に楽です。気を張らなくていい。その代わりに時刻を気にしなくちゃいけないし、乗り換えの時は待たなくちゃいけない。自家用車にも公共交通機関にも一長一短があって、どちらが良いとは一概に言えないけれど、たまにはこんな経験をしても良いとは思います。

で、健康的な生活なのです。なにしろバスで会社近くのターミナル駅まで行って、そこからは徒歩か私鉄に乗るかなんですが、そのためには普段より30分くらい早めに家を出なくてはいけないんです。そして、余裕を持ったタイムスケジュールを組んでみたために会社に着くにも余裕が出てきて、実にいい感じです。歩いているから少しは運動できているような気になるし。

せっかくだから、今日はこのルートを通ってみよう、明日はこのお店でモーニングを食べてみよう、などと毎朝楽しんでいる始末です。こんなんでいいのか自分、と思いますが、どうなんでしょう。前向きなのは良い事ですけど・・・(爆)。

さて、「This is it」というマイケル・ジャクソンの映画を観ました。MJのファンではありませんし、有名な曲でさえも私は知りませんでした。ただ、予告編が面白そうだったので観に行ってみたのですが、うーん。。ひとつ言えるのは、MJの顔が大変可愛らしく見えた事。カメラマンが余程愛情を持って撮っているのか、或いは歌ったり踊ったりしていて楽しいからそういう表情になっているのか。とりあえず、亡くなったときに大勢の人が悲しんだ理由は何だか判った気になりました。

2009年11月15日(日) No.145


攻略法

思うところあって、学校の先生にお話を聴いていただきました。

えー、良く言えば個性的な研究室の教授の対応法がまるで判らなく、心が弱っているときに容赦なく降ってくる言葉にグサグサと傷ついてしまった私は、何かありましたら遠慮なく訊ねて来てくださいね、との教務の先生の言葉に甘えさせてもらったという訳です。

なんというか、いろんな事が起こりまくる我が身が恐ろしい。ダイサッカイとやらは今年で終わりますが、来年は本厄です。占いなどに惑わされていても仕方ないのですが、余程気合を入れないと、後1年ほどを乗り越えるのが難しそうで、やれやれ、の日々です。

まぁそんな訳で、お話を聴いていただき、その先生の攻略法はないとの見解に達し、それでも多少は気が楽になったので、行った意味はあったかな、というところです。

ちなみにそのお話を聴いていただいた先生は私よりも10歳年上で、独り身でいらっしゃるのですが、自分は独りで生きるから、と数回。私も独りで生きる事になりそうですよ、と返したら、誰かいないんですか、と。学校に来た意味は、相手を探す事もほんの少しはあったんですけどねぇ、と笑うと、○○先生は独身ですよ、●●先生も。と、危うく独身の先生リストを貰うところでした(笑)。

いやはや、学校の先生とそういう仲になるのは、なかなか難しいのでは、と思うのですが、はてさて。一瞬、○○先生とデート(笑)する自分を妄想してしまいました(爆)。まだまだ喪中ですよ、と。

2009年11月23日(月) No.146


可愛い

研究室の歓迎会なるものに、のこのこと出席して参りました。

いやー、楽しかったです。幹事さんの余りの連絡の遅さとか、いろいろ、自分はもしかして全然歓迎されていないのではなかろうか、とかぐだぐだと考えてしまったのですが、しかし、こういう場でもないと私の場合先輩方の顔と名前を覚える機会がなく、それは今後に十分に差し障ってくる事は判っているので、仕方ない、歓迎されていなくてもとりあえず出席してみよう、と心に決め、自分に言い聞かせたという訳ですが。

私が学生生活で経験したかったもののひとつがここにありました。私は、学園ドラマなどに登場する、気の置けない仲間たちの交流、みたいなものをやってみたかったのです。もちろん私自身はその交流に加わった訳ではないのですが(何しろ共通の話題がない)、その雰囲気だけでも味わう事ができて、なんだかとても嬉しく思いました。

ただ、学生さんの世界が狭いのは、多分本当だと思います。話す事に多様性がない、ような気が。まぁいいのですけどね。

で、工学部の研究室なので、当然男性ばかりなのですが。自分と同輩にあたる男の子たちが、なんというか可愛い!彼らは21歳だそうですが、もう、可愛いったら(苦笑)。こういう事を言うと自分が年を取った人みたいですけど、本当に可愛いんです。顔が幼いというか。研究室には最高で24歳の人もいるんですけど、こちらは可愛いではなく、普通の大人の男性なんですよ。わずか3歳でこの違いは何?と大いに驚いてきました。あ、ちなみに可愛いも大人の男性も、そういうくだりは全て内心で思っていた事で、顔には出してません(爆)。にこにこと愛想良く振舞ってきましたよ。

あと、あぁこの人はきっと私にそういう意味で興味があるんだろう、という人が。私に声をかけてくる内容が「彼」と本当に同じで、言い換えればそれは興味がある人にじゃないとしない質問な訳です。加えて、私に興味を持って実際に声をかけてくる人はどういう訳か外見のタイプが似通っているんですが、その人もかなりジャスト!でした・・・。もちろん外見のタイプが似ているだけで内面は人それぞれ違いますし、その人はただ気遣ってくれただけなのかもしれない。というか、そう願いたい。

私はまだ喪中なんだってばーー。というか、何だってこう、次から次へ、色恋の話が舞い込むのか。私は今、俗に言うモテ期ってやつなのか。それとも私は淋しそうに見えるのか。隙があるのか。などと勘違いである可能性も十分にある事に対して、ぐるぐると妄想してしまったのでした(苦笑)。まぁ、実際にはその人は私の相手には若すぎますよ・・・。

2009年11月29日(日) No.147


いきなり寒い

このところ秋が長くなったなー、12月になっても紅葉が楽しめるなんて、と思っていたらいきなり寒くなりました。

どうでも良いのですが、段々寒さが苦手になってきました。日照時間の関係なのか、冬になるとどうにも憂鬱な気分でいる事が多く。以前は寒いのが苦にならなかったのですけどねぇ。

そういえば、車の修理が終わりました。それで、交通安全の祈願に行ってきて、お守りを買ったのですが、「お守りはパンダ守に換えられます」とあったので、せっかくなので、その可愛いパンダのお守りを買ってみたのですが、・・・すごく薄っぺらくて有り難さが半減です(涙)。同じ金額なのに何この薄さ。多分中に入っているものは同じはずなんですが、見た目がどうにも軽い。重厚さと可愛らしさは並存しないのだと、思い知りました。まぁ可愛いのは歓迎なんですが。

2009年12月8日(火) No.148


可愛い再び

研究室の忘年会があったので、やっぱりのこのこと顔を出して参りました。ちなみに休日出勤だった日の夜から。普段着ないニットのワンピースなんぞを着ちゃったら膝が寒かったですわ。

で、再び楽しかったのです。1次会は普通の居酒屋さんで。なんだかOBの方たちもいらしていたのですが、やっぱり私は先生を除けばその中で最年長なのでした。それでやっぱり、OBの方たちでも私とは何を話していいのか判らない様子で、多分、戸惑っているんだろうというのは察して余りあるので、無理に話す事もなく、にこにことしてきたのでした。

楽しかったのは、2次会でのカラオケですね。どういう訳か私を含め10名でカラオケに行く事になりまして、笑い転げてきました。彼らの歌う歌のほとんどを私は知らなくて、多分、二十歳前後の頃は邦楽を中心に音楽をよく聴くものだろうかと、自分のその頃を思い返しました。それで、その音楽の選曲がもう、面白すぎる。そして上手い!たくさんの拍手と笑い声と賞賛の言葉を惜しみなく贈ってきました。

あぁ、私も二十歳前後の頃に同年代の男の子たちと、こんな風に楽しく遊ぶ事ができたなら、もっと青春!って感じの20代だったのではなかろうか。成長が遅れているのは如何ともし難く、別にいいんですけどね。

さて、前に書いた、私に興味があるんだろう、と感じた人は、今回はほとんど私に話し掛けてくる事もなく。うん、やっぱり勘違いだよね、なんて思って帰ってきました(爆)。というよりも、前は21歳の男の子を可愛いと思って24歳の人は普通に大人の男性に見えたものが、今回は24歳の人ですら、酔って頬を染めている様が可愛らしく思えてしまいました(苦笑)。その、興味があるのかな、と思ってしまった人も、そういう訳で大変可愛らしかったのです。あはは、眼福〜♪

なーんて、すっかり30代が身についてしまった私は、当分の間可愛らしさの虜でいようと思います。大人の色気はまた別の機会で。だって彼らは本当に可愛いんだもん。こんな可愛い生き物たちの傍にいられる機会はそんなにないと思うしね。もちろん可愛い云々は内心で思っている事で、顔にも態度にも出すつもりはないのですけど。

そういえば。「彼」もまた可愛い人でもありました。そう、やっぱり酔って頬を色づかせた様や、子供のような顔で眠る寝顔は、本当に可愛いもので。

男の人を可愛いと思える。これは一体何なのでしょう。私がただ単に、歳を取っただけ?そういう年代なの?既婚者の方にでも、アドヴァイスをいただきたいところです。

2009年12月13日(日) No.149


吹雪の舞い散るを

吹雪の深夜、たまたま車の運転をしていて、雪というのはこんな風に降るものだったかと思いました。勢いよく叩きつけるようにフロントガラスに直撃する、夜の闇とのコントラストが著しい物体は、イメージ的に雪国を思わせてくれました。いや、叩きつけるようにしているのは結局車がそれだけのスピードで動いているからなんですけどね。

「ジャック・メスリーヌ」という映画を観に行くつもりが、撃沈しました。なんでもフランスの「公共の敵1」の人物の映画らしいのですが、しかも2部作なんですが、なんとなく気が進まなくなってしまいました。残念。

そういえば、とても久しぶりに12月の残業をしたのですが、どうって事なかったのが印象的でした。仕事しかしていなかったときは、残業続きの12月は結構疲れるものだったのですが、学校に行っている間に鍛えられたのか何なのか。だって基本的には残業は19時までだけど、学校は21時までだった訳で、仕事している方が断然楽だったりするのでした。学生さんは、社会人を大変そうだと言うけれど、確かに大変な事はあるけれど、学生さんの方が大変な事もあるんだよ、と誰にともなく言いたくなったのでした。

寒くてしもやけができたり、男女の仲というのはままならないものだと思ったり、雪景色の夜景が綺麗で感動してみたり。いろんな事をしていたらもう年末が近いですね。今年の誕生日をどうやって迎えようか、少々考え中です。

2009年12月20日(日) No.150


おひとりさま

31歳になりました。

今回の誕生日は、会社近くの雰囲気の良いお店で豪華ディナーを、と目論んだのですが、年末という事もあり、そこまでの時間が取れなかったので、美味しそうなデザートを食して終わりました。

「まるごと焼きバナナのバニラアイス添え」というものを食べたのです。以前にこのお店に行った時に、そのメニューに妙に惹かれるものがあったので、試しに食べてみました。オーブンか何かで10分間こんがり黒焦げになったバナナの皮に、縦に切り込みを入れ、ラム酒を降りかけて火をつけ、火が消えたら別の容器に盛ってあるバニラアイスと一緒に食べてください、というものでした。多分にショウ的なものはあるのですが、なかなか面白いものでした。

で、肝心の味というと・・・、私、ラム酒が得意じゃないんですよね・・・(苦笑)。全然不味くはないのですが、ものすごく美味しいかと問われると、、どうなんでしょう、という味。

まぁ、ひとりで予約していったので、カウンター席を用意されていて、厨房の様子がじっくり眺められて大変満足です。プロが仕事しているところを見るのって面白いですよね。厨房の中の人が別の人の後ろを通るときに、「後ろ通りまーす」と声をかけていて、「はいよ」と返事をしていたのが個人的にはヒットでした。「はいよ」なんだ、「はい」じゃないんだ。。と。

基本的におひとりさまが性に合っているらしい私は、ひとりで食事をするのも本当に全然平気だと再認識し、ついでにちょっと高級で美味しいお店に出入りするのもやっぱり平気らしいと気付いたので、この一年は、美味しい料理をひとりで食べに行く機会を増やしてみようと思います。お酒は飲まないけど、美味しいものを食べると幸せになれるし、ひとりで行動できる範囲が増える事は望ましいので。

それにしても。こんなにひとりで行動する機会ばかり増えてしまって私は一体どうなるのか、と思う事もあります。「彼」との事があってから、ふたりでいるのも良いものだと認識し、私にも新しい家族が作れるのかもしれない可能性に気付きました。良い相手を探したいとは思うのですよ。その割に、私の周りには両親を始めとして、その意識を挫くようなカップルばかりいるのはどういう訳なんでしょう。誰か、たまには惚気でも良いので、ふたりでいて良い事あるよ、というお話を聴かせてください☆

2009年12月27日(日) No.151



休み終わり、仕事始め

年末年始の6連休も終わってしまいました。よく考えなくても6連休というのは貴重なのです。普段そんなに連続して休めないですからね。

で、そんな貴重な休みに何をしていたか、というと・・・。寝てました(爆)。

2日間ほど寝倒すと、なんだか気力が戻ってきて、ものすごく久しぶりに料理をしました。それから雪が大量に降ってきたので大急ぎで買い物に行き、ものすごい人ごみにぎょっとして必要最小限のものだけを買うと、あとは部屋でおこもり。大晦日恒例の歌合戦は一応見ましたが、他の事もやりながらだったので、全く印象に残っていません。。あ、でも、あの過剰演出は相変わらずだと思いました。元日は、相変わらず引きこもり。2日は母と伯母と従姉と百貨店に買い物に行き、実家にも行って父に挨拶、それから自分の部屋へ戻ってきてようやく年賀状を書き、郵便局へ出しに行きました。このところ、年末は気力不足が著しくて年賀状を書く事もできないんですよ。。ちょっと社会人として失格なような気もするんですが、うん、ごめんなさいです。。3日はやっぱり引きこもりで休みが終わりました。

えーと、嬉しかった事。
何年か会っていない友人が、年賀状を送ってくれて結婚の報告をしてくれました。この友人とは、若かりし頃に毎週図書館で会っていて、よく読了した本の話をしていました。自分の夢を語ってくれて、私もそれに触発された事もあった気がします。お互いの環境が違ってきて、自然と会う事もなくなっていったけど、彼女は自分のやりたい事を実現させていて、私はそれを素直にすごいなぁと感心していて、だから彼女は私にとって尊敬できる人なのです。そういう人からのおめでたい知らせは、とっても嬉しいものでした。

積雪。
雪が降って、積もりました。車にも、こんもり、って感じでした。出かける際にフロントガラスと後ろのガラスの雪を除けて、屋根の雪はそのままでいいか、と思ったのですが、屋根の雪の中に車のラジオのアンテナが埋もれているのを発見し、なんだか切なくなりました(泣)。結局屋根の雪も除けたのですが、切なくなったのが印象深いです。

という訳で、2010年ですね。今年も宜しくお願いします。

2010年1月4日(月) No.152


やっぱり引きこもり

死にたいほどの憂鬱、には襲われていませんが、どういう訳か引きこもりです。3日間外出していなくて、誰とも喋ってなくて、でも全然淋しくないって、私はもう終わっているような気がします・・・(苦笑)。まぁ、引きこもっていても誰にも非難されないのは大変宜しいです。万歳独り身。

「紺碧のサリフィーラ(天堂里砂/中央公論新社)」という本を読みました。作者が会社の先輩の旦那さんの親戚なんだそうで、私が本を読む人なのは知られているので、こんな本読まない?と貸してくれたのでした。感想は、、えーと、もうちょっと若い人向きだと思うよ、ってなところでしょうか。別につまらない訳ではないのですが。いやはや本当に、年を経るごとに興味の向かう方向って違ってくるものですねぇ。きっと10年くらい前までなら、大喜びで読んだのでしょうけれど。

あとは、、何故か現代思想という雑誌を買ってしまい、レヴィ=ストロースという思想家について読んでいました。この方、つい最近亡くなったのですね。で、特集が組まれていたのでした。レヴィ=ストロースは構造主義の人、らしいのですが、では構造主義とは何ぞや、と問われると、はて?となってしまうくらいの知識しか持っていない私は、とりあえず興味のある記事だけを読み読み、面白かったような、良い睡眠薬になったような、そんなで終わったのでした。

現代思想はよく判りません。何年か前までは「脱構築」という言葉がさかんに使われていましたけど、最近はあまり聴かないですね。最近は、何か別の言葉があった気がしましたけど、何だったか忘れました(爆)。

とりあえず、引きこもりだけど普通にしてます、というお話。

2010年1月11日(月) No.153


泥のように眠る

どういう訳か眠ってばかりいます。ついでに食べてばかりもいます。美味しいので麺類を中心に。あと、近頃美味しい苺もたくさん。

そんな訳で太っちゃっているような。そりゃ、食っちゃ寝してたら太りますよね(爆)。

うーん、本当に書く事がないです。短いですけど、これにて。

2010年1月18日(月) No.154


思い立ったが吉日

突然に鎌倉に行きたくなり、瞬間的な行動力を発揮して小旅行をしてきました。

基本的には神奈川県立近代美術館の鎌倉館に行きたかったのですが、今まで鎌倉に行った事がなかった身としてはいろいろ観光もしたくなり、1泊旅行と相成った訳です。

鎌倉はコンパクトな街でした。面白いところですね。小さなエリアの中にたくさんの神社仏閣があり、お洒落なお店がいっぱい。観光客が山ほど。

江ノ島電鉄と湘南モノレールに乗り、鶴岡八幡宮を始めとしたいくつかの神社仏閣を巡り、食べ歩き、湘南の海に沈む夕陽を見て感激してきました。

鶴岡八幡宮ではおみくじが大吉で大喜びし、大銀杏をじーっと眺め、800年くらい前の公暁と実朝を想像し、煎餅とかクレープとかソフトクリームとか団子とかコロッケとかジェラートとかを食べ歩き(実際にはごみを捨てる場所がないのでお店の前で食べた)、江ノ電から見えるオーシャンビューに感激し、稲村ヶ崎で見た夕陽にこれまた感激し、それを上手に撮れたので大喜びし、報国寺の竹林に感嘆し、大仏さまの背中に明かり取りの窓がある事に驚き、長谷寺の境内にあった和み地蔵さまに和まされ、光則寺では南天の赤い実に心奪われ、全体的にどこに行っても鳶がいる事に苦笑し、ブーツは長距離歩行向きでない事を実感したのでした。

湘南の海は本当にサーフィンやヨットをしている人たちがいっぱいでした。海のないところで育った私は、身近にマリンスポーツをする場所がある、というのが不思議に思えて仕方ないのです。という訳で、この旅の目的のひとつに、サーファーを眺める、というのがあったのですが、しっかり眺めてきました(笑)。

それにしても。今回実際に行ってみて、鎌倉が天然の要塞である事が実によく分かりました。3方を山に、1方を海に囲まれているというのは何となく知っていたのですが、実際に坂道だらけ。鎌倉時代に天守閣はなかったのでお城はなくて当然ですけど、その代わりにこの天然の要塞があった訳か、と納得したのでした。

まぁ、そんな訳で実に楽しかったのです。旅行は良いですね。またどこかへ気ままに出かけたいと思います。

2010年1月25日(月) No.155


毒消しの妙薬はいずこにありや

このところ母の毒吐き攻撃を受けていたので、古風な言い回しで誰かに解毒剤の在り処を尋ねてみたくなったのでした。母の気も分かるので、できる限り話を聴く努力はしているのですが、私もまずは自分の身を守る事が優先されるので、なかなか難しいです。生きるって事は、毒を溜め込む事でもあるのかしら。というよりも、朱に交われば赤くなる、の通り、誰かの吐いた毒を浴びればまた自分も毒を帯びる訳で、解毒作業も命がけだなぁ、なんて。あ、毒を食らわば皿まで、とか?

どう言えばいいのかな、結局のところ、当人に問題解決の気概がなければ周りが何をやったところで無駄な訳で。三十何年分の毒を吐き散らす母と、おそらくその原因を作った素知らぬ顔の父と、それぞれに話を聴きながら、この人たちは問題を解決する気なんて全然ないんだろうなぁ、と溜め息溜め息。結婚って何なのかしら。とりあえず疲れてきたので、そろそろ母の助けになるのはやめようかな、と冷酷な一面が出てきたりしています(爆)。

それはともかく、「ベジャール そしてバレエは続く」という映画を観ました。相変わらず現代バレエの映像を興味深く観ています。ダンサーたちの身体はやっぱり綺麗ですねぇ。身体のコントロールが効いているのがつくづく素敵です。絶対に無理だけど、なれるものならあのくらい身体が動くようになれたらいいな、なんて思います。

2010年2月1日(月) No.156


くらくら」と「ぽよぽよ」と「ピッ」

「くらくら」
このところ、頭がくらくらする事が多いです。貧血ではないような気がするのですが、生まれてこの方、貧血と診断された事がないので、貧血がどういうものなのか、いまいち分かっていません(爆)。考えられるのは、睡眠不足か糖分不足か。結局不摂生なんでしょうか・・・。

「ぽよぽよ」
糖分不足を疑っておきながら、何故か必要以上に食べてしまってもいるのです。運動もしていないので脂肪が溜まる溜まる。下腹部だけじゃなくて、上腹部にも溜まる。寝ているときなどに、身体を丸めるようにしていると、その脂肪の存在が実によく分かってしまって、うーむ、って感じです。で、我ながら苦笑するんですが、その柔らかさが結構気持ちいいんですな(爆)。こういう柔らかさはまだ健康的なのかな、なんて思います。以前、あまりに疲れていたときに、大腿部をふと触ったら気持ちの悪い柔らかさだった事があって、それは文学的に表現するなら「腐ったトマトのような」柔らかさで、ぐしゃ、って感じで、思わずぎょっとした事があったのですが、それに比べたらまだ全然ましな気もするのです。でもやっぱり、必要以上に脂肪が溜まっているのは分かっているので、少しは痩せなきゃ、なのですが・・・(苦笑)。

「ピッ」
鎌倉に行った時に、Suicaで改札を通っている人たちを見て、自分もやってみたくなり、岐阜に帰ってきてからTOICAを作りました。岐阜ではSuicaは作れませんで、TOICAなのです。。ICカードは岐阜バスのayucaを持っているのですが、このayucaは、使うごとにポイントが溜まる仕組みで、金額をチャージする時にそのポイントが金額に上乗せされるのです。例えば千円チャージしても千円以上の金額がカードに入る事になっていて、なかなかお得な感じなのですが、それを知っているだけに、TOICAは何もポイントがつかないので、少々つまらないというか(苦笑)。まぁ、ちまちまと券売機で切符を買わずに済むだけ良いのですけどね。一度「ピッ」と使ってみたら満足しました(笑)。ちなみにTOICAはSuicaやICOCAのエリアでも使えるのですが、エリアとエリアをまたいでは使えないとの事で、例えば岐阜から京都に行く時には使えないというのです。え〜、それは残念、ってな感じでTOICAのエリアを見てみると、岐阜がまあ、西の端にある事(笑)。なんだか静岡あたりまでは使えるのですが、熱海になると使えない、と。いろいろとJR各社の勢力図が見えた気がしました。とりあえず折角作ったTOICAなので、これからも「ピッ」を楽しみたいと思います。

2010年2月8日(月) No.157


チョコレート

世間ではオリンピックが始まっているようですが、、TVを見ていない私はその事をすっかり失念し、今でも失念しまくっています(笑)。そんな訳で現在の私の流行は、食べる事、ですかね。ちょうどバレンタインデーで職場の人たちが大量にチョコレートを買っていて、私も便乗させてもらったのです。ちょっと前に届いたので大喜びで食べていました。

今回は、フォンダン・ショコラとチョコレート・ドリンクを買ってみました。フォンダン・ショコラといえば、電子レンジで加熱すると中のチョコレートがとろ〜り、という実に美味しそうなお菓子ですよ。一度食べてみたかったのですが、カタログに載っていたのをこれ幸いと注文してみました。早速食べて美味しかった、と言いたいところですが、買っただけで満足してしまい(爆)、日の目を見るのはもう少し先になりそうです。

あと、チョコレート・ドリンクは、なんというか、普通にココアでした(苦笑)。昔のヨーロッパ貴族の食器やティーセットなどを見ると、時々チョコレート・ドリンク用のポットや茶碗があって、あぁチョコレート・ドリンク!なんて心惹かれる響き、きっと美味しいに違いないわ〜♪と勝手に夢見ていたのですが、うん、ココアだね、という事で(笑)。まぁ、チョコレートもショコラもカカオもココアも、基本的に同じっぽいですからね。うーん、日本語って英語もフランス語も何でも取り入れちゃうんですね・・・。

ところで、大喜びでチョコレートを食べていたはいいのですが、実はチョコレートにはカフェインも結構含まれているんですよね。ちょっと仕事が忙しくなったり睡眠不足になったりしたときに、チョコレートをかじっていたら、胃をやられました(爆)。あぁ、コーヒーを飲みすぎたとかならまだしも、チョコレートを食べ過ぎて胃痛です、なんて格好悪いです(泣)。

2010年2月15日(月) No.158


ベトナム料理かタイ料理か

いきなり無性にライスペーパーを使ってみたくなり、購入しました。以前、ベトナム料理だったかタイ料理だったかのお店で生春巻きを食べて以来です。

そういえば使い方は・・・、つまり水かお湯をつけて戻して、何かを巻けばいいのね。ふむふむ、と説明書きを読み、やってみたものの、難しいです。ま、食べるのは私独りだし、失敗したところで構わないのですが。

とりあえずサラダを巻いてみましたが、どう考えても普通に食べた方が早いです(苦笑)。でも、手で持って食べられるところは宜しいですね。

一応、新しい素材を試せたので、満足といえば満足ですが、まだたくさんのライスペーパーが残っているので、早いうちに食べきらねば!なのです。一番最初に試したサラダ(ちなみに棒々鶏です)の次はポテトサラダを巻き、その次は焼いた肉とレタスを巻いてみました。次は何を巻いてみようかな、と考え中です。

これは多分、おにぎりとセットにしてお弁当のおかずにしたら、箸やフォークを使わずに手だけで全部食べられそうだな、と思うのですが、生春巻きをお弁当にしている人はいるのでしょうか(笑)。とにもかくにも、なんだか平和な、この頃です。

2010年2月22日(月) No.159


大豆に感動する

ふと、大豆を食べようという気になり、大豆の炊き込み御飯を作ってみました。煎り大豆は好きじゃないので、大豆の水煮の炊き込み御飯にしよう、とまずは乾燥大豆を水に浸して戻してみたところ、ものすごく感動しました。

乾燥していたときは丸かった大豆が、水に戻したら枝豆的格好になっていました(そりゃそうだ・・・)。いやーなんか、単に水を吸ってふくれるだけではなく、形まで変わるとは、と妙に感動し、適量を米と一緒に炊飯器に入れて、後は機械におまかせ。美味でした☆

最近はもう、春の日差しですね。私は今年の春の訪れを、車のフロントガラスがほこりで汚れているのを発見して知りました。全然風流じゃないのでちょっと哀しいです。

どうやら冬は私にとって良くない季節のようです。日照量の関係なのか、春の日差しを感じた頃から気分は上向きです。で、いろいろ作って食べているのですが。風邪も引いたらしくて鼻詰まりです(爆)。土曜日にひどく咽喉が腫れて、月曜日には咽喉が治まった代わりに鼻に症状が出ています。もしや、花粉症?と思うのですが、去年のこの時期もやはり風邪を引いて花粉症を疑った事を思い出しました(笑)。できれば花粉症ではありませんように。

さて、いくつか片付けなければならない問題があります。気分が上向きになったからにはそれに取り組まねば。休暇は終わった、のかなぁ。。もうちょっと遊びたいのになぁ、と誰にともなくつぶやいています。

2010年3月1日(月) No.160


再始動開始、のはずが・・・

いろいろあって、何ヶ月か顔も出していなかった研究室にもう一度行く事を決め、とりあえずは先生とお話をしたり、専門書を読んだり、等々やっているのですが。

・・・なんだか眠いのです(爆)。

疲れているのかなぁ。。眠い時は大抵、残業まで仕事をやっていたりするけど、そういうのが影響しているのかしら。

しゃきっとしないまま、気抜け状態が続いております。

そういえば、私が行っている大学は、夜間主であって夜間部ではないので、あくまで夜間がメインであって、昼間に学校に行っても良いのですね。で、どうやら大抵の人は研究室配属になると夜間主といえども昼間に学校に行っているらしい。なんか、研究室の他の学生と議論とかをして、知識を深め合ったりするのだそうで。なにその正しい青春って感じの研究室生活は。

私の場合、昼間に研究室には行けないので、昼間の生徒に、私が研究室に来る時刻まで残れる曜日があるかを聴いてみる、と先生が言ってくださったのですが、、なんか、すごくいろいろ、ごめんなさいな感じです。

私みたいな人を見ると、他の人から、授業料を払っているんだから堂々としていなさい、と言われそうな気もするんですが、まぁそれでも恐縮してしまうんですよ。もうちょっと図々しくてもいいのになぁ、と我ながら思っております。

読んだ本は、意識について。何でも、意識があったからこそヒトはここまで進化ができたんだそうです。自然淘汰の中で、意識がある事が、意識がない事よりも有利だったという事です。自分の心理を自分で読む事ができ、それを他人の心理に置き換えて考える事ができるのは、社会的生活において必須の能力なんだそうで。ついでに、自分が経験していない事も経験したように思える仕掛けがあって、夢だとか本や演劇や映画などがそれに当たるそうです。意識の不思議さや唯我論を勝手に考えた事はありましたが、それと進化の過程を結びつけて考えた事はなかったので、面白いものでした。また、戦争時に兵士が敵軍の兵士や民間人を躊躇いなく殺害できるような仕組みもこの意識に関係があり、なかなか恐ろしいものでした。で、これと研究がどう結びつくかはさっぱりなんですが・・・。

2010年3月15日(月) No.161


保留音でワルツを

仕事で電話をかける事があるのですが、保留音を聴く機会がよくあります。デジタル音の、クラシックが多いですね。3拍子のワルツとか。で、左手は受話器を持ち耳に当てつつ、右手は筆記具を持っていたりするのですが、油断するとワルツのリズムに右手が乗りそうになります(笑)。脳内では私はドレスを着て、どこかのパーティーでパートナーとワルツを踊っているのです。しなやかで美しい右手部分だけが、現実世界とリンクしそうになっている、と(爆)。

悪くすると、電話を切ったあともワルツがリフレインしてくれるので、なんだか頭の中に花でも咲いているかのようです。ちょうど現在は3月。春になるとおかしな人が増えるとかいうし、私もおかしな人なのかも。ともあれ、なんだかご機嫌ハッピーな日々を送っています。

車にETCを設置しました。以前、父の車に設置してあったETCを、父の車を売る際に取り外してそのまま頂戴したのですが、それを取り付けてもらいました。ニッサンの車にトヨタ純正部品。いいのかしら、と思ったのですが、ディーラーの人は大して気に留めていないようで。ETCカードも作ったので、これで高速道路の料金所をスマートに通過する事ができます。試しに走ってみようとしたのですが、風が強くて黄砂が飛んでいたので、止めにしました。時期を見計らって、ETCデビューしてみたいと思います。なんだかんだいって、使える環境にあれば使ってみたくなりますね(笑)。

さて、4月からの職場の異動が発表になりました。今回はいろいろ変わりまくっているのですが、どの道私が班員の中で一番上なのは変わりなし、という事で。他支部からの転入者がいて、班長が他の部署からの異動なので、なんだか私の指導力(?)とかが問われそうで、すごくドキドキです(涙)。上手くいきますように。

2010年3月24日(水) No.162


災い転じて福と成す?

とある事があって胃が小さくなりました。

ちょっと外食をしたら、どうやら脂っこいものだったらしく、その夜にものすごい胸のムカムカに襲われ、そのまま食事するのが怖くなって1日以上絶食していたらなんだか治った後は胃が小さくなった、と。

食べるの大好きな私が食べるのが怖くなったなんて、どれほどのムカムカだったのか推して知るべしなんですが、まぁ、治るまで気持ち悪いムカムカは微妙にずーっと続いていたのですよねぇ。。なので空腹が食欲に結びつかなかったのです。で、実は同じ時期にひどい片頭痛にも襲われ、ムカムカというか吐き気が、消化管の異常か片頭痛によるものなのか、ちょっと判断ができなかったという事にもなっておりまして。この片頭痛は朝目覚めるといきなり発現してくれていたので、さすがの私もびびりました(爆)。おかげで眠るのも怖かったですよ。眠るの大好きな私が眠るのが怖いなんて、以下略。つまり、目覚めると同時に吐き気と頭痛のダブルパンチに2、3日見舞われていた訳でした。

さて、そんな身体の異常は、なんだかすっかり治ったのです。ムカムカが治ったっぽかったので、うどんやらお粥やらを食べるうちに片頭痛がなくなり、気付いたところによると、つまり絶食による糖分不足が原因だったらしい。。そういえば異常に寝汗をかいていたけど、あれも低血糖か、と納得し、自分は低血糖になりやすい体質だったと、何でこんな事を失念していたんだろう、と自分の馬鹿さ加減を笑ってみたのでした。。

踏んだり蹴ったりの日々が終わってみれば、残ったものは胃が小さくなった身体。さすがにまだ脂っこい料理の恐怖は色濃く残っているので、暴飲暴食などできるはずもなく、ヘルシーに行ってみようと久々に弁当なぞを作ってみました。以前は量が少なくて仕事中にお腹が空いてしまった同じ弁当箱で、夜8時過ぎまで持ちました(苦笑)。これは痩せるチャンス!

という訳で、当分の間ヘルシーを心掛けようと思います。久しぶりに食べたお粥が美味しかったので、お粥料理をいろいろ作ってみようかな、とか。いつまで続くか分かりませんが、とりあえず今日も私はご機嫌ハッピーなのです。転んでもただでは起きない、ポジティブシンキングですよ☆

でも、ひとつ身に沁みてしまった事も。なんだか体調が悪かったときは、ぺったり抱きつける体温のある生き物が欲しいなぁ、なんて思ってしまったのでした。体温調整も上手くいっていなくて寒かったのもあって、心細かったのですねぇ(苦笑)。

2010年3月29日(月) No.163


にゃん

本物の虎を間近で見る機会がありました。虎の他に、ライオンと、ライガーという、おそらくはライオンと虎を両親に持つ生き物も結構傍で見られました。

何かというと、木下大サーカスを見たのですよ。友人が特別料金のチケットで誘ってくれたのです。サーカスというと、シルク・ド・ソレイユくらいしか見た事がなかったのですが、これはこれで面白いものでした。

で、猛獣ショー(?)があったのですが。やっぱり虎は猫科の動物だわ、と。前肢で顔をこすっていたり猫パンチを繰り出したり。見ていて楽しかったです。いや、決してそういうところがショーの内容だった訳ではないのですが(爆)。

さて、眠いのです。理由は簡単で、寝ていないから。なんとなく、研究室に夜遅くまで残ってしまうのですよ。最近は、私がhtmlを触れると気付いた先生に、研究室のHPをどうにかしてくれと言われて、せっせとタグ打ちをしています。ソフトがないので手打ちで。リナックスでのプログラミングは少々苦手でも、タグ打ちは得意。なんだか良いように使われている気もしますけど、まあいいや。一応私もある程度役に立っておかなくては。HP担当の院生を巻き込んで、新しいHPを作るのに夢中になっていたりします。これはこれで重要だし楽しいけど、研究に取り掛からなくてはいけないっていうのに・・・。

そういえば、胃が小さくなったと喜んだのも束の間、なんだか元に戻りつつあるっぽいです。夕方5時くらいにはお腹が空いてしまいます。。友人とケーキバイキングなんてものを食べてしまったし、元の木阿弥かしら。まぁ、たまには楽しみもないとね、なんて思いながら、とりあえず、眠りますかね。。

2010年4月5日(月) No.164


折り紙と噴火

なんだか忙しい日々でした。

仕事はずっと残業+休日出勤があって忙しかったし、研究室も自分が読んだ本の内容をゼミで発表するように言われたのでその準備に忙しかったし、その合間に何故かいろんな学生とお喋りしまくっていたし。

学生さんとのお喋りはなかなか楽しいです。私の話術のテクニックが上がった訳ではないと思いますが、なんだか話が弾みまくり。とある人は誰にも内緒ですよ、と恋人がいる事を教えてくれたし、またとある人は私とある種の同類であるかのようなディープな話になったし、またとある人は世界の構造についての話をしてくれました。

そしてどういう訳か、私にしてくれたような話を、彼らは同輩にはしていないのだそうです。うーん、不思議。年齢も性別も違う訳なので、当然といえば当然なんですが、私にしてくれた話はずいぶんと打ち明け話っぽい気が。はて。

さて、母が一昨年に続いて海外旅行に出かけているので、またもや私は父の様子を見に、実家に帰ったりもしているのです。前回はちょうど学校が春休みの時期だったので毎日実家に行っていたのですが、今回はすっかり学校が始まっているので、土日のみ。あとは電話で。基本的に父は足が悪いだけで何でも独りでできる人なんですけどね。

で、母が旅行先のホテルでチップを入れておくための袋を折り紙で作るんだと言って私に手伝いを要請したので、実に久しぶりに折り紙をやりました。私、幼稚園や小学生の頃は折り紙をよくやっていたのですよ。なので今でも普通に折る事ができます。指が覚えているって楽しいですね。母も交えてふたりで折り紙。平和です。

ちなみに、アイスランドの噴火で、母は予定通りに帰ってこられるか不明なのです。母の4日後に同じコースの旅行に出かけるはずだった伯母は、飛行機が飛ばなかったので旅行が中止になってしまいましたしね。自然のもたらす影響力ってすごいなぁ、と他人事のように感心しております。

2010年4月19日(月) No.165


ドアを開ける

このところ、白昼夢を見続けております。私は観音開きの重厚なドアを開けようと右の取っ手を左手でつかんで、今まさに力をかけようとしているのです。現実世界にそのドアはあるはずなのですが、どこのドアなのかが分からなくて少々困惑気味です。はっきりいって、どこのドアなのかさえ分かれば、こんなに繰り返しドアを開けるイメージを見続けなくて済むはずなのですが。

白昼夢というか、夜見る夢ではなく、私は起きているときに普通にイメージが頭の中に浮かぶ人なのですが、最近はそのドアと、水に浮かんでいるイメージが登場します。背泳ぎのように、私は仰向けに水に浮かんで、ただぼんやりとしているのです。まぁこれはきっと、疲れていて、力を抜きたいという意味なのでしょう。私のイメージなんて、頭痛がするときにはコメカミに拳銃を押し当てていたり、目が痛いときには眼球を針で突き刺していたり、肩が凝って痛いときには吸血鬼に肩口を噛まれていたり、とかなり分かりやすいものなのです(苦笑)。それでいくと、水に浮かぶのはともかくとして、ドアを開けるイメージの意味は何でしょうか(笑)。

まぁ、いろいろありますね。私はもしかして、少し立ち止まりたいのかもしれません。先週、学生さん達とのお喋りが楽しいと書きましたが、結局今の私は良くも悪くも調子に乗っていて、私はそれを少し怖いと感じているのです。何かそのうちにガツンと来るのではないか、と。調子が良いときにもそんな事を考えるなんて、私って本当に小心者なんですねぇ(苦笑)。

さて、母は普通に帰ってきました。強運なのか、母が搭乗する飛行機は普通に運行したので、キャンセル待ちも何もせずに済んだそうで。レースの編み物とデルフトの焼き物をお土産にもらいました。

そろそろGWですね。なんとなくドライブに出かけたいのですが、渋滞が嫌なのでGWが終わるまではドライブに出かけられそうにないです。

2010年4月26日(月) No.166


連休終わり

G.Wはどこにも出かけずに終わりました。2日間くらい寝倒したあと、3日目に「1Q84」の3巻を読み、4日目に新しいPCを買いに出かけて撃沈し、5日目は百貨店で多少の買い物をしました。はい、お休み終了。

現在使っているPCは約10年前のもので、アンチウイルスソフトがサポートを打ち切ってくれたりして、ここらが買い換え時なのかな〜、という感じなので、お店に行ってみたのですが。お店に在庫があって即座に持ち帰れるものは私が欲しいものではなかったのですよ。ネットで注文しようとすると、今度は機能面で迷いに迷って高額になってしまうし(爆)。そんな訳で撃沈なのです。私って、本当に買い換えるのが苦手なようで(苦笑)。選べないのですよねぇ。。工学系の人たちって、PCに関しては、2年もすれば今よりも断然性能が良いのが安価で手に入るから、そんなに高額なものを買わなくて良い、という考え方が多数っぽいんですけど、どうも私はそれに馴染めないようで。とりあえずHDDではなくSSDというものにしようと考えているのですが、その容量についてはもうちょっと検討、ですかね。。あぁ物事を決めるのって、ある意味では楽しいですけど、ある意味では非常に面倒です・・・。

買い物に行った先の百貨店で北海道物産展がやっていて、つい、花畑牧場(笑)の天使のポテトというものを購入してしまいました。そういうものがあるのは耳にしていたのですが。さて感想。確かにポテトチップとキャラメルでした。人によっては気に入るのでしょうけど、私は1枚で良いよ、ってなところです。。不味い訳ではないのですけどね。

そういえば、アリス・イン・ワンダーランドを3Dで観たのですが、大変面白かったです。本編が始まる前、場内が暗くなってから劇場に入ったのですが、ちょうどスクリーンに3Dのメガネのかけ方の説明が映し出されていて、お客さんが全員、同じ角度でメガネをスチャッとかけたのが非常にヒットでした(笑)。

2010年5月5日(水) No.167


やさしくなくても大丈夫

映画「ハート・ロッカー」を観ました。アカデミー賞でしたか、それの受賞作だけあってなかなかの見応え。狂気の表現が素敵でした。

つい先日まで私は、やさしいお話が観たかったのです。やさしいというよりも、銃撃や爆撃がないお話が観たかったのです。実際そうした場面がないものばかりを選んで観ていたのですが、予告編でそうしたところが出てくるともう、心臓バクバクの、ひどい不安や恐怖に襲われていたりしたのでした。

そうした身体の事情があったので、この映画も最初は観れないだろうと思っていました。ところが何故か最近、エネルギーが戻ってきているのを感じていて、今なら私はできる、と自信のようなものが湧いてきて、なんだかこんな映画も観れてしまった訳ですね。

こうなると今度は、あのエネルギーの枯渇は何だったんだ、と思いたくなります。あの現象は実際、ひどいものでした。何かをやろうと試みても、何ひとつ満足にできないし、何もかもが億劫で動きたくもない。そもそも試みる気力すらないのです。

どういう訳か、現在はエネルギーが復活しつつあるので、なんだか元気です。なので、やさしいお話でなくても、大丈夫なのです。結局、物語に求めるのは現実の補完であるからして、やさしいお話を求めていたときには現実は私にやさしくなく、やさしくないお話を求める今は、現実は私にやさしいのでしょう。

なんだか人生にはいろいろありますね。心理状態が変わりすぎるのが自分でも怖いです。まぁその分、経験を積めたという事で良しとしましょうか。

さて最近は、何故か眠りを逃す事が多くなりました。仕事中には眠くなるので気休めにコーヒーを飲んでみたら眠気覚ましの効能ではなく、胃が痛くなりました。眠いし胃が痛いし、でも気力も体力も充実。一体全体これって何なんでしょうね(笑)。

2010年5月10日(月) No.168


ダークサイドとその他の部分

とある人とダークサイドについて話をしていました。なんだか盛り上がって夜10時から朝7時くらいまで話してしまいました。何でしょうね・・・(苦笑)まぁ、話したのはダークサイドの事だけではないのですけれど。

基本的に誰にも公開できないくらい恐ろしい部分なんて、誰にでも持っているものだと思います。ただ、どういう訳か時々、そうした感覚が似通っている人がいる。そういう人には少しだけ、他の人よりも深い部分を話す事ができるのですよ。あくまで、話すだけなんですけどね。

その人がコンプレックスについても話していたので、少し自分のコンプレックスについても考えました。私のコンプレックスは少しは消えたのだろうか、と。確かにある種のコンプレックスはなくなったものはあります。ですが笑える事に、古いコンプレックスをなくした代わりに、その行動によって新しいコンプレックスを誕生させる事は普通にあります。そしてコンプレックスが消えた事によって非常識な言動を抑制するのに苦労しなくなった事はありますが、悔しさや惨めさといった感情の記憶はなくなってはいません。記憶は残っても、その感情の生々しさが消えていれば、それは良い思い出になるのかもしれない。けれど今でも一瞬黒い炎が吹き出そうになるようでは、まだまだ良い思い出にはなれないでしょう(爆)

そしてまた、コンプレックスはある意味で自分そのものでもあります。そういう意味で忌み嫌うものではなく、受け入れるべきものでもあるとも思うのです。

という事を、その人に話したかったのですが、そのときは言葉になりませんでした。もっとも、言葉になったところで受け入れてもらえたかは別の話ですけれど。だってそういうものは、理屈で分かっているのと実際に納得するのとは違いますから。彼はまだ、当分足掻くのだろうと。

さてそんな訳で、有意義(?/笑)に徹夜し、朝7時に外に出てみれば、普段は夜の顔しか知らない木々の鮮やかな緑。素敵な朝でした。

2010年5月17日(月) No.169


絶賛肩こり中

どういう訳か肩こり中です。多分原因は、新しく届いたノートPCを肩がこるような体勢で使っているせいかもしれません。まあ、それだけでもないのですけどね。だって眠っていようが何だろうが、休日でも何でも、ひどい肩こりで肩が痛いよー、となっていたはずが、ふと気づくと肩こりが治っていたり、またすぐに肩が痛くなっていたり、で、結局自律神経系が少々狂っているのですね。

まあ仕方ないです。いろいろあるものだし、これまでご機嫌ハッピーで来れた方が奇跡に近いものだと思うし、うん。

さて、学生さんと親交を深めるべく、居酒屋ではない呑みの場所に何人かで行ってみようかと計画を立てていたのですが、頓挫しました。なんというか、学生さんはお金がなくて時間があるものだというのは本当なんだと実感しました。彼らは、積極的に○○したい、という感じではなく、誰かが計画を立ててくれて自分の都合が合ったらそれに乗るよ、という感じなのです。まぁ、やる気のない事。元より昼間の学生さんとはお話する機会も乏しい私に、そんな幹事役など無理も無理。だいたい呑みに行くメンバーの数すら分からない状況ではお店に予約もできないし、なんというか、馬鹿馬鹿しいとすら思ってしまいましたとさ。その代わりに、彼らなりに気を遣ってくれたんでしょう、お食事には行ってきました。なんか、彼らの一人がバイトをしているという、肉料理のお店へ。ドリンクバーの無料券を持っていたから、との事で。由緒正しい学生さんたちの集まりに、そんな訳で参加させてもらったのでした。

私は多分、そうした学生さんたちのような緩やかな集まりを、一度も経験した事がないのです。気の使い方も、物事の進め方も、私にはいちいち新鮮で面白くてまどろっこしい。これはある意味で私にしかできない感じ方な訳で、ひねくれているとは自覚しながらも、興味深い観察の日々は続きます。

2010年5月24日(月) No.170


素晴らしき盆栽の世界

さいたま市大宮盆栽美術館と、その周辺にある盆栽園に行ってきました。

元々は、新聞で紹介されていたのです。別に盆栽の紹介をしていた記事ではなく、美術館や博物館の今後を考えるといった内容のものでした。その記事では立派なハコモノを作らなくても、盆栽美術館のように結構な人数が訪れているところもある、なんていう感じで紹介されていたのですが。記事のテーマとは関係なしに、そんな美術館があるとは!と感激し、是非行ってみようと相成ったのでした。

さて感想。素晴らしいの一言に尽きます。実を言うと、盆栽美術館の方では、あまり天候が良くなかったのも関係しているのかもしれませんが、あまり感銘を受けなかったのです。少々疲れていたのもあるかもしれませんね。ところが盆栽園をいくつか巡ったところ、それはそれは素晴らしいものばかりで、ものすごく感銘を受けました。根の張り具合といい、幹のひび割れ具合といい、枝の複雑に曲がりくねった具合といい、もう素晴らしい!!!そしてそういうものは大抵値段がものすごく宜しいのですけれど、私にも手が出せるくらいの妥当な値段の盆栽もあって、そういうのは本当におチビちゃんの盆栽なのですね。それがもう、可愛い!!!

盆栽園の人に聴いたのですけど、盆栽美術館に展示してあった盆栽は、盆栽界では有名なものばかりで、1億円以上するものなんだそうです。樹齢が確実に百年以上は経っているでしょうし、そんな恐ろしいものだったとは、、と驚いてきました。で、多分、感銘を受けなかったのは、その貫禄が出過ぎていて、素晴らしいと思うよりも、ははー、とひれ伏してしまいそうな感じを受けたから、のような気がします。おチビちゃんの盆栽が可愛いと思ったのは、たとえて言うなら生まれたての赤子を見て、こんなに小さいのに手も足もちゃんと爪があって手相とかもあって、ちゃんとできているんだな、と思うのに似ている気がします。そんなに小さいのに姿形はいかにも盆栽、のギャップが可愛いと思うのかな、と。

可愛いおチビちゃんの盆栽は、ひとつくらい欲しかったのですけどね、確実に世話ができなくて枯らしそうなので、買うのは辞めておきました。ちなみに私が気に入ったのは、よくある五葉松ではなくて、ケヤキの盆栽ですかね。なにかすらりとした姿がすごく良いと思ったのでした。

そんな訳で楽しい休日を過ごしました。本当は現代アートを解する人と一緒に行けたら更に楽しかっただろうと思うのですけどね、妙な遠慮をしてしまって声がかけられなかったり、都合が合わなかったりで、独りでした。別に独りでも十分楽しかったのですけれど、もし機会があるのなら、一緒に観て感想を言い合ったりできたらな、と思いました。

2010年5月31日(月) No.171


つらつら3Sについて

初対面の人と話さない方が良い事を、3Sと呼ぶんだそうで。政治と宗教とスポーツの略なんだそうです。どれもこだわりがある人がいるから、軽く流せないというか、そんな感じなんだそうですが。

ま、そんな事には関係なく、私は気になった事を書くのです。

さて、今回の首相交代劇で見えたのは、世論というバケモノでした。基本的には私は、前首相のH氏を嫌いではありません。善人なのはよく分かるし(前幹事長のO氏は悪人でしょうね・・・)、言葉が軽いとかぶれるとかいう問題も、思考の変遷をたどっていけば至極当然という気もしていたのです。もちろんそれは、政治家という立場からすれば失格なのでしょうね。ですが、いろんな事を勉強して知っていくうちに考えが変わる事は普通にあるし、それを素直に表に出しているだけだというように見えたので、正直者なんだなぁ、と感心するやら呆れるやらで、悪いようには思えなかったのでした。

目を引いたのは各メディアのイメージ戦略です。当初は良いように持ち上げておきながら、一度何かがあると手のひらを返したように何をやっても悪いように書き上げる。それと比例して世論調査とやらも支持率を下げる。それを受けて更に悪いように騒ぎ、更に支持率が低下する。このすさまじいループは一体何でしょう。この国を支配しているのはマスメディアなのでしょうか。

この間盆栽を観たときにも思ったのですが、日本人の宇宙観はそういうものなのでしょうね。細かいところばかりを見て大局が見えない。

私たちはもっと、イメージだけでなく、大事な事をちゃんと考えて話し合わなきゃいけないんじゃないか、と思います。臭いものに蓋をするのではなく、清廉なイメージだけでなく。どの道万人に受けるものなんてないのだから。

こうしたニュースを知るたびに私はこの国の一般大衆に絶望します。私も一般大衆なのですが。けれど同時に、そんな風にイメージだけで支持率を変えられるこの国は、まだまだ平和なのだろうとも思います。絶望のままでも、平和が続いてくれればそれに超した事はないのですが。

さて、つらつらと書きましたが、そんな事とは全く関係なく、やっぱり引きこもりでした。とある人に何故2日間も寝る事ができるのかと質問されたのですが、それはできるから、としか答えようがなかったのですが、今回新しい答えを発見しました。意識レベルが低下しているのです。覚醒している状態で、身体を横にしてどうでも良い本などを読んでいる事があるのですが、そうするといきなり意識が落ちている事があります。そうしてそのまま何時間か眠っているのです。そしてふと目が覚めるとその本の続きを読み始めるのです。そういう事を1日数回繰り返していると、2日間くらいあっという間に過ぎてしまう、と。我ながら勿体ない時間の過ごし方をしていますね。。でもまぁ、精神的には緊張していなくてリラックスモードで宜しいのですよ。身体的には休みすぎて心臓に負担がかかっていたりしますけど。そんな訳で、じっとりと汗ばんで気怠い中、やっぱり普通に昼寝をしていたりした週末でした。

2010年6月7日(月) No.172


散財する

なんだこれ、っていうくらいエネルギーが低下しているので、週末はまたもや寝倒して終わりました。ついでに、なんだこれ、っていうくらいに家事とかやる気がないので、結構久しぶりにコンビニを利用しました。コンビニ、改めて便利だと思いました。

なんというか、コストパフォーマンスが上手いと思う。確かにスーパーマーケットなどに比べると割高ではあるのですが、うろうろ歩き回るのにちょうど良い広さの店内に、一応いろんなものがそろっている。で、例えばサラダとか、容器なども食べやすいようにデザインされているし、もちろん美味しいし、これは高価なだけの事はある、と納得したのでした。

ちなみに例として挙げたサラダは、似たようなものをスーパーでも買ってみたのです。そうしたら、千キャベツとかが、ぎゅうぎゅう詰めで、すごく食べにくかったので、これは似て非なるものなんだな、と思ったのでした。スーパーのサラダは、ちゃんとお皿に取り分けて食べれば家族3人分くらいにはなって食べられると思う。けど、その取り分けるのが面倒でそのまま食べれそうな容器に入ったものをわざわざ買っているのだから、やっぱりコンビニに軍配が上がるのでした。

そんな訳で便利な都会生活(?)を満喫しているのですが、その分散財しています。独り身なのでうるさい事を言う人もいないのですが、そろそろ堅実生活に戻らなきゃ、なんて思ったりもしています。

ところで、エネルギーが低下しているのは、その分使ってもいるからです。ので、ご心配なく。気力が尽きないのが不思議ですが、まあ何とか頑張りますよ。

2010年6月14日(月) No.173


あぁぁぁ・・・と思う事ふたつ

あぁぁぁ・・・ではなく、えぇぇぇ・・・なのかもしれませんが、とりあえず2つの思った事。

ひとつめ。
これは先週のニュースになりますけど、「はやぶさ」という惑星探査機。「イトカワ」という小惑星に降り立って地表に向けて弾丸を発射し、飛び散った土や砂をカプセルに入れて持ち帰る、という使命を負った探査機でした。実はこの探査機が発射されるとき、ちょうど科学雑誌を毎月読んでいたので、そういうものがあるとは普通に知っていたのですが、まさか今になって帰ってくるというのは非常に驚きでしたし、ミラクルだと思いました。で、何が驚きって、人間で言えば満身創痍の状態でようやく地球に帰還したというのに、最後はカプセルを切り離した後大気圏で燃え尽きるという事でした。それが機械に組み込まれた命令であり、その機械の使命なのは理解できますが、なんだか気の毒になってしまいましてね。。機械に感情移入したところでどうしようもないのですが。

ふたつめ。
通勤の車の中でラジオを聴いているというのは以前にも書いた事があると思いますが、そのラジオ局の名前はRadio-iというのですけど、それが9月末で停波というのです。停波というのは、電波を停止する、この場合で言えば放送を中止するという事です。新聞記事でそれを知ったのですが、かなり残念です。外国人向けのラジオ局なだけあって、英語でニュースを読んでいたりして、そういうのは勉強になったし、選曲は良かったし、何より重要なのは、DJがうるさくなかった(!)のが気に入っていたのですが。

そんな訳でなくなってしまうものを知ってショックだったのがふたつ。ま、いろいろありますよね。

2010年6月21日(月) No.174


ニュー哲学者登場

もともと哲学などの、訳の分からない、妙に観念的になるものを考える傾向があるのですが、その哲学者コレクション(爆)に新しい人が加わりました。ダニエル・デネットという人です。この方はまだご存命ですよ。

6月に入って夏季休暇取得期間になったので、私の職場の休暇の取り方を知っている人からすれば少々勿体ないと言われてしまうかもしれませんが、午前中だけ夏季休暇を取り、研究室の全体ゼミに出席しているのです。1週間に1度、水曜日の午前中にそういうのが行われているのですね。で、以前から先生には出席できるなら出席してくれと言われていたのです。何故って発表のやり方などはそうやって見て覚えないといけないから。

現在のところ、その全体ゼミでは自分と同じ学年の人たちが発掘してきた論文を紹介する発表を行っていて、その発表がまた稚拙(失礼)なもので、私はこんな事のためにわざわざ休暇を取っているのか、と思いたくなったりするのですが、まあそれはそれ。有意義に過ごす方法は探せばいくらでもあるものです。現在の私の目標はそういう場で、いかにしたら先生に突っ込まれない発表になるか、という事と、普段楽しくお喋りしている彼らがどんな発表を見せてくれるかという観察と、普段全然お話できない助教の先生と少しはお話できるかな、という事に費やされているのでした。

そんな訳で少しだけ昼間の研究室を垣間見、ついでにその全然お話できていない助教の先生には、デネットという哲学者の名前を教えてもらったのでした。ちなみにその先生にはちょっとした質問もしたのですが、ここにその答えが載っています、と返ったきたメールに掲載のURLには全文英文の論文が。即座に読むのを断念したのですが、英語ができる人っていいよね、と思った瞬間でした。

研究室の先生によれば、哲学というのは考える枠組みを作るものなんだそうです。私にしてみれば言葉遊びにも程がある、極めて暇人がやるものとしか思えないのですが、なんだか高尚なイメージがありますよね。

ちなみに、工学部に入学して改めて実感したのですが、学問はどんどん細分化されています。哲学も然り。私が勉強したかったのは、細分化されすぎた世界をどうにか一本化できる理論がないものか、と思ったから、なのもあるのですが、未だにその理論は見つかりませんねぇ。。はてさて困ったものです。

2010年6月28日(月) No.175



ぱたっ

このところ、ネットに接続する間もなく寝入っていたりしていたのが多くて、気づいたら2週間更新をしないままになっていました。おとと。

何故かやさぐれた気分になり、ひとりでお酒を飲んでみたり(大して楽しくも気持ち良くもなれず、ぱたりっと寝入っただけで終わった)。

最近は、以前書いた、デネットという人の著書を読んでいます。たまたま研究室の蔵書にあるのを発見して、個人的に読んでいただけなのですが、以前に全英文の論文を紹介してくれた先生に見つかり、読み終わったらどんな内容だったか教えて、と言われてしまいました。え・・・っと、私が説明するよりご自分で読まれた方が宜しいかと、、、と言ったのですが、なんだかうやむやのまま、とりあえず説明する事になっている、のかな。。

ちなみに、その著書は、「自由は進化する」というタイトルで、自由意志が存在するか否かの内容です。自由意志が存在するかどうかなんて、それを考える事自体暇人ですね(笑)。私自身は、それがあってもなくても構わないのです。何故って、それがあると言われてもないと言われても、だから?という感じなので。だってもし、私たちに自由意志なんてものがなくて、最初から決められたように考えたり行動したりしているだけだ、と言われたとしても、それでも私たちは、迷ったり悩んだりすると思うのです。その事自体には変わりはない。

私の興味は、そのロジックにあります。最終的にAという論理を説明したいとして、そのためにまずBを説明し、Bを説明するにはCとDを説明し、という事を続けているのですけれど、論理を破綻させる事なく説明しきるにはかなりの技量がいると思うので、興味深く読んでいます。そんな本なので、気楽に内容の説明なんて無理だと思うのですけどね。

さて、梅雨明けまであと少しですね。なんだか雨の降り方が以前と違ってきている気がするのですが、どうなんでしょう。とりあえず雨音を子守唄代わりに眠ります。

2010年7月13日(火) No.176


寂しさ暴走警報

ここ最近は精神的に安定していて大変宜しい時期だったのですが、とある事が起こって以来、寂しさが暴走し、暴徒化してくれました。

こういう事を書くっていうのはつまり、もうそれは治まったので大丈夫なんですけどね、つくづく、私って幸せになりにくい人だなぁ、、なんてしみじみ。

普段は独りで全然平気な私も、さすがにそんな寂しさあふれるときは誰かに傍にいて欲しい。けれどその「誰か」は、多分一生、現れないのではないかという気にもなります。で、ますます寂しくなって、寂しさの無限ループ。馬鹿馬鹿しい限りですね(苦笑)。

実はもうすぐ、自分で設定した喪の期間が明けます。「彼」は生物的にも社会的にも生きているはずですが、私の中では失ったものとしての喪の儀式が必要だったのですよ。で、喪が明けたら積極的にハンティングに繰り出そうかと考えていた矢先、この寂しさ警報は、、、あぁ駄目かもしれない、と思わせてくれました。

寂しさから人を求める事を、私は自分に禁じています。私が抱える寂しさは、ふたりでいたところで解決できるものではないと知っているからです。ふたりの方がより寂しいかもしれないですし。

そんな訳で、未だに私は、自分が結婚相手に何を求めているかすら答えが出ないまま、ぐるぐるしています。最優先で欲しいものは、温かな身体と、私の子供の父親で、それ以外は嫌でなければいいのかもしれません。。

私を抱きしめてください。私は寂しいのです。そう言って、抱きしめてもらって、寂しさが消えたならば、幸せな事でしょうね。私の寂しさは底なし沼なので、私は幸せになれないのでしょう。私が一番恐れているものは、私自身なのかもしれません。

でもまあ、なんだかんだ言っても私はちゃんと生きているし、笑っているし、このところ口内炎ができているせいで食事は美味しくないけど食べているし、睡眠欲はばっちりなので、オーケーなのでしょう。いろいろありますけど、そういうお年頃ですから(笑)。

2010年7月28日(水) No.177


大丈夫。

相も変わらずどんよりしたまま迎えた週末は、花火大会があり、気が向いて下駄姿で歩いて橋のたもとまでてくてく。浴衣姿で手をつないで初々しくデートなんぞをやってみたのも今は昔のお話です事よ、ほほほ。

歩行者天国になっているところに適当に座り、打ち上げ花火を見ていると、なんだか自分が何を落ち込んで考えていたのかが非常に馬鹿馬鹿しくなり、気が軽くなってみたり。

で、人が多くなってきたので花火の終わりを待たずに引き上げ、近所の薬局で日用品を買い物していると、そこでバイトをしている研究室の院生の先輩がちょっかいを(笑)。

うん、たったこれだけの出来事で気が軽くなるって一体どういう事なんだ自分。と思ってしまいましたとさ。

結局、こんな私を愛してくれる人なんている訳ない(泣)という思いが強くなっていたのです。そういう時って自信喪失しているので、自分で何一つできないように思えてしまうのですよ。それで、花火なんぞを見に行って、普通に独りで楽しんでいる事に気付いたので、世界はこんなにも独りでいられるのに、と少し自信を取り戻せたのでした。先輩にちょっかいかけられたのも、ちょっと嬉しかったのですよ、気にかけてくれる人がいるってありがたい事ですものね。

そんな訳で、私は大丈夫です。なんというか、私はちゃんと愛されている、というのが結構身に沁みましてね、たった一度触れた人肌恋しさに感情が暴走し、それに引きずられてグダグダと考えてしまいましたけど、でもまあ、大丈夫です。自分の中にひそむ欠損とかを見直すきっかけにもなりました。

なんだか人生っていろいろあって、私もどうにか生きていて、折り合いをつける方法っていうのを、私は日々探しているのです。なので時々惑うのですよ。いつか何かを、見つける事ができたなら、良いのですけどね。。

2010年8月2日(月) No.178


非日常が終わってみれば

会社の研修で、3泊4日で千葉県にある研修センターに行っていました。実は今までもそういう話はあったらしいのですが、私が学校に行っていて残業をやっていなかったので、他の人に話がいっていた、らしいのです。で、現在は研究室に出入りしているだけで授業がないので残業をやっていたら、早速研修のお話がやってきた、という訳でした。

久々に行った研修は、大変楽しかったです。もちろん研修というのは勉強をしにいくところで、遊びに行くところではないのですが、今回は他支部の人たちと交流するぞ、と野望(というか目標)を掲げた私は、積極的に飲み会等々に参加しまくり、人懐こい(爆)笑みでにっこり笑いかけ、洗練はされていないかもしれない話術で話しまくり、結果として大変楽しかったのでした。まあ、交流ができたのかできなかったのかはともかくとして、とりあえず顔と名前を売ってきて、ついでに、○○さんって楽しい人だったよ、とか言われていればいいなぁ、なんて楽観的希望を。

さて、その後東京で1泊して適当に遊び、戻ってきてからというもの、どうにもやる気がなくて困っています。要は、研修では無理にテンションを上げていたようで、その揺り返しが来ているのです。おまけに、研修ではほとんど常に誰か人がいたので、久しぶりに独りで行動するのが寂しくて仕方がない。特に夜独りで部屋にいると、孤独が堪えて夏なのに凍えそうです(苦笑)ま、これはエネルギー不足も原因であるかと思いますけどね。

なんだか考えていたところでは、これはつまり昔に戻ったのかな、と。10年以上昔の私は、今ほどには強くなくて、おひとりさまでは行動がしにくい人でした。それが、やりたい事がありすぎて、一緒に行動してくれる人との連絡調整が面倒で仕方なかったので、自然と独りで行動できるようになったのですが、このところ落ち着いたのか、他の理由なのか、ふたりで行動するのも良いものだと思うようになりました。私は多分、そこまで切羽詰ってやりたい事がなくなってきたのでしょう。

これは成長なのか退化なのか。新たな様相を見せ始めた30代の私は、落ち着いたなんて嘘のようにやっぱり悩むのです。うーん、基本的に私は悩むのが好きなんですね(爆)

2010年8月11日(水) No.179


釜の蓋は開かない

お盆の頃はいかなるときでも暑いものだと思っていました。それが今年はあまりお盆らしくない天候だったので、会社の後輩と、地獄も省エネで釜の温度が低いか蓋を開けていないのか、と他愛もない事を言って笑っていましたとさ。

なんだか今週は書く事がないですね。このところは特に不安定でもなく、普通にしていたのですが。腑抜けているので言語化が難しいのでしょうか。。

まぁまたそのうちに、です。

2010年8月18日(水) No.180


1300年

平城遷都1300年祭のメインイベント会場に行ってきました。大変楽しかったです。

奈良駅に着いた途端、本日はせんとくんが駅に来ています、とアナウンスがあり、一緒に写真を撮りたい人が並んでいたり。

もともと平城宮跡というのは広大な草原な訳で、そこに1300年前の主要な建物を復元してあるのです。例えば朱雀門とか大極殿とか。そこをオリエンテーリングよろしく、てくてくと酷暑の中歩く訳ですな。うん、本当に暑かったです。1リットル水を飲みましたよ。長袖長ズボン、歩きやすいスニーカー、日傘にサングラス、そして水という、暑さに備えた格好でしたけど、それでも体力を使いました。

さて、平城京と平安京の時代は100年も離れていないのですが、私は奈良時代の方が好きだったりします。なんか素朴な感じがして。別名:意味が分かるとも言うのですが、つまり、平安時代に入ると歌とかが技巧に走りすぎて、私には少々ついていけない世界になってしまうのですよ。奈良時代の歌は、万葉仮名を使っていますけど、意味としては率直で分かりやすくて、実に宜しいので好きなのでした。ついでに、奈良時代は当然ながら十二単ではなく、その衣装も面白かったので、もう一度行けたら、その頃の衣装を体験できるところで着てみようかな、なんて思ったりもしています。

あ、そうそう、その頃の色の呼び方も面白かったです。例えば濃紫(こむらさき)という色があるのですが、これを「こきむらさき」と呼ぶのです。紫やら赤やらの具体的な色名の前に濃い浅いの色の濃淡がつくのですけれど、それを「こき」「あさき」と呼ぶのでした。そっかー、色名も漢字としては現代と同じだけど呼び方が違うんだわ、と感心したのでした。

という訳で、いろいろ大変面白かったのです。遣唐使船を復元したところでは、阿倍仲麻呂という人の名前を久々に聴いて、彼の運命を思ったところでなんだか泣きそうになるし、鑑真さんとか、いろいろドラマチックな出来事を思い出して感動しそうになりました(笑)。

あと、夜には光を使った現代アートの展示もあって、借景を現代風にすると、という作品など大変綺麗でした。

暑かったけど、大変楽しかった、というお話。

2010年8月23日(月) No.181


ほんのりフルーティー

口内炎ができて痛いので、うがい薬を購入しました。ネットで口内炎の治療方法を検索していたら、うがい薬などの消毒効果のあるもので口の中をゆすぐというのがあったので、試してみようかと。

薬局のうがい薬の棚の前で頭を抱える事数分。ほんのりフルーティーと表示してあるものを購入しました。帰宅して早速パッケージを開けてみると、本当に消毒薬っぽい匂いがしなくて、おお、という感じ。まぁ、子供向けみたいなあからさまなイチゴ味とかでもなかったですけど、まずくはなかったですね。

ついでなので会社の洗面所に置いてあるうがい薬も昼休みに試してみたら・・・、激マズでした(泣)。いやはや、うがい薬なんて味わうものでもないですけど、不味いし、ちょっと嘔吐反射がひどくなっているせいで口の中にとどめておけずにすぐに吐き出してしまうし、水温がぬるいせいかますます不味さが際立つし。。。ごめん、ほんのりフルーティーをそんなに評価してなかったけど、ちゃんとすごかったんだね、と心の中でほんのりフルーティーを評価し直したのでした。

それにしても。このところ口内炎が多発しています。疲れているんでしょうか。或いはビタミン不足とか?この間なった口内炎と、今回の口内炎で共通しているのは、眠っている間になったものなんですが。要は疲れていて眠りが激しい間に口の中のどこかに唾液が行き渡らない部分ができて、そこが炎症を起こすみたいなんですけどね。火遊びのキスは、関係ないと思いたい・・・。っていうか、今回は本当に心当たりがないし。

うーん、そういえば、このところ、畜生!と悪態をつく事が多かったですね。意に沿わぬ求められ方をしたせいなんですが、私って雰囲気がエロスなんでしょうか。無自覚のうちに煽る事でもしたのか?と反省してみるものの、そもそも男性心理がよく分かっていないので、反省したところで無意味です。。なんだか最近、周りが色事めいていて、何だよこれ・・・となっているところです。

2010年9月6日(月) No.182


女子会

今流行りの、かはともかくとして、会社の後輩たちとお食事に行ってきました。現在の班は私を含めて3人の一般職員がいて、一般職員の中では私が一番の年長者です。でも年長者といっても一つ年下と二つ年下の後輩がいるだけです。つまり、非常に年齢層が近く、近年まれに見る(?)とてもチームワークの良い班だったりします。なんだかそんな訳で一人の後輩がお食事会を提案してくれたので、乗っかって女子会みたいな事をしてきました。とっても楽しかったです。


このところ、いろいろと考える事が多いです。例えば、切り捨ててきたものについて。以前にも書いた事ですが、私にはやりたい事がたくさんあったのです。そのやりたい事をやるためには、恥ずかしがったり躊躇ったりするのは邪魔でしかなく、私は意図的にそれを切り捨てました。けれど近頃、私は思うのです。それもまた必要なものではなかったかと。思うにそれは、事を成すときにかかる精神的な負荷を軽減する緩衝材の役目をしているのではないかと。

意図的に切り捨てたものを見返す事もなく、結果としてかかった負荷も私はないものとして扱いました。今の私の状態は、その集大成です。バランスを崩しかけているのもその結果です。切り捨てたものの中には本当には必要なものもあったのでしょう。そう、例えば女性同士の多人数の交流とか。

もう一度、必要なものを拾い集めて、もともと持っていなかったものを身につけて、バランス良く生きていけたなら。

とりあえずは涼しくなってきた事に感謝。

2010年9月14日(火) No.183


ぐーぐー

とても久しぶりに残業三昧と休日出勤が2回あり、結構ぐったりの日々でした。慣れもあるのでしょうけれど、結局のところどれだけ残業時間を増やしたところで疲れるばかりで、効率的ではない気もします。頭脳労働の場合、一日にできる仕事量は限られているかのようですけど、どうなんでしょうか。ちなみにそういう疲れているときって、妙にチョコレートやら甘いお菓子やらが美味しくて、上司もそれを承知しているのか、なんだかたくさん差し入れをもらいました(笑)。そういう意味ではハッピーでラッキー♪

そんな訳で折角の連休も、寝倒してしまいました。ダメダメですね。。。

あとは、、そうそう、学生さんたちがなんだか楽しそうな事をやっていましてね、私自身はそれに参加していないのですけど、いいなぁ、と思った事が。えーと、ハンバーガーを50個買ったんですって。で、それをピラミッド型に積み上げて記念写真を撮ったんですって。研究室にはマスコットキャラクターみたいな宇宙人の人形があるんですけど、それと一緒にやっぱり写真を撮ってそのうちにHPにUPするんですって。その記念写真のあとは、皆でハンバーガーを大量に食べたんですって。私が残業が終わって20時過ぎに研究室に行ったら、残っていた院生が、その残りのハンバーガーが3個あるから食べませんか、と誘ってくれましてね、有料だったんですけど(笑)、ひとついただきました。デジカメでその記念写真も見せてもらいましたよ。

あとは、何かゲームの発売日が明日だとかの記念か何かで、先生たちが帰宅された後で、部屋を暗くしてゲーム画面を大型プロジェクタで壁に投射して、皆でゲームを楽しんでいました。私はゲームの事は全く分からないのですけれど、投射されたその画面は実に綺麗でしてね、あら楽しそうでいいわね、と思ったのでした。

何というか、私自身は仲間に入らずとも、そういう楽しそうな事をしているのを見ると心が和みます。どうせなら、楽しそうな様子を見せてもらった方が見ているこちらも楽しいですもの。それに私の性質として、実際に自分がやるよりも、やっている人を見ている方が好きというのもありましてね。そういう意味では今のこの年齢で研究室に入れて良かったなぁ、とつくづく思ったのでした。

2010年9月21日(火) No.184


なんなのよー

えーと、怒っています。
正確には、過去にひどく怒った事があって、その感情と物や状況がセットになって記憶されてしまって、それで、その物を見ると途端にその感情までもが臨場感たっぷりに蘇ってしまう、という事があって、それで今日、その物を使わなければならなかったのですよ。

なんだかものすごい瞬間的な怒りでした。ちょっと疲れますね。だいたいそういう感情っていうのは、理性ではないですから、それが解決した後でも感情だけは残っているのです。やれやれ、なんですけど、本当にこういう感情って、どうしたら昇華させられるのでしょうね。なんだか自分がトラウマだらけの人間みたいでちょっと嫌気がさしています(爆)

そろそろいろんな事が嫌になってきたので、ブチギレ…?たりはせず、生活を見直しましょうかね。。いろいろ無理をしているのは承知しているのです。とりあえずは、「世界はこんなにも独りでいる事ができるのに」という感覚を取り戻したい。なんだかね、ちょっと一緒にいすぎたな、という人がいるのですよ。心の交歓をする気もない人と、心を交わらせすぎた気がする。それで、幻想を見てしまったから、うん、やっぱり、孤独で凍えているのかな、私は。

そういえば、映画「借りぐらしのアリエッティ」をようやく観ました。混雑を避けるために公開されてから観るのにすごく時間が空きました(笑)面白かったです。

2010年9月27日(月) No.185


それもまた一興

下呂温泉に一泊しました。

なんだかひどく疲れた気がして、湯治にでも行きたいな、と思い、一番近郊の長良川温泉はしかしAPECが開催されていて警備が厳しそうだったので、岐阜市を脱出と相成った訳です。

湯治の割には一泊だし、静養したいと思った割には泊まったところは団体客がにぎやかでしたけどね(笑)。元来おひとりさまの私には温泉宿は縁が薄いところなのです。大きなホテルとかじゃないと独りは受け入れてもらえないので仕方ないんですけどね。

せっかくなので、ちょっと贅沢をしてみましたよ。エステをやってみました。よもぎ蒸しという、ハーブで蒸されるので汗をぼたぼた流し、ボディとフェイシャルは普通に。つるつるとか色白とかになったかはともかく、気持ち良かったです☆

あとは、下駄をカランコロン鳴らしながら浴衣姿で夜の下呂市街を散策したり、バーでカクテルを飲んだり、露天風呂って本当にどれだけでものぼせずに入っていられるなー、と思いながら1時間くらい入浴したり、ナイフとフォークでハンバーガーを食べてみたり。

飛騨牛ハンバーガーというものを食べたのですよ。なかなかのお値段でしたがボリュームや食べにくさもなかなかでした。それで、どうやって食べるんですか、とお店の人に聴いたら、手で持って食べる人もいるけどソースで手がべたべたになってしまうし、串がさしてあって固定してあるから、ナイフとフォークで食べるのが良いと思います、串も場所をさしかえていってくださいね、との事だったので、そんな風になったのでした。まぁ、話のネタにはなりますね。

そんな訳で、少しのんびりしてきました。普段どれだけ私が頭を空っぽにしていないのか、人とのコミュニケーションがどれほど負担になっているのか、寂しさと孤独がどれだけ私を浸食しているのか、分かった気がします。そういう訳で、何も考える事なく、誰とも口を利く事なく、ただそこにいれば良い環境は心地よいものでした。

2010年10月4日(月) No.186


不合格確実試験

基本情報技術者試験というものを受験しました。

もともとは、会社関係です。会社の上の人に、本部のシステム関係の部署に行きたいんですけど、必要な資格や求められる能力はどんなものですか、と聴いたら、ITパスポートという資格を持っていてやる気のある人を推薦してくれと言われている、という答えが返ってきた事があったのです。

で、そのITパスポートというものは初耳だったので、研究室の人に聴いたところ、もう一つ上のレベルの資格を皆は受験しているよ、との事で、試しに問題集を見せてもらったところ、普通に解けるレベルだったのですね、これが。そのもう一つ上のレベルの資格というのが今回受験した基本情報技術者試験でした。

さて、そんなこんなで受験はしたのですが、実は全く勉強していなくて臨んだものなので、不合格確実です。確かに普通に解けるレベルではあるのですが、問題数が多いので、考え込まずにさっさと解けるようになるためにはやはりある程度の訓練が必要なのでした。そして今回はいろいろと疲れていたためにそんな訓練をする気力もなく、本当は受験もしたくなかったのですが、せっかく受験料も払ったんだし、せめて問題くらいはもらってこよう、と会場に行ってみたのでした。

えー、それにしても。情報系ってやっぱり男性が多いんですね。。なんだろう、この男性占有率の高さは、というくらい男性ばかりでした。もちろん女性もいたのですけど、何かもう、圧倒的に男性が多い。で、全然爽やか好青年じゃない。何かムサイ(爆)。。研究室の可愛い爽やかクンたちがここにいたらなぁ、と思ってしまいました。ついでに、ものすごく寡黙集団でした。試験は午前の部と午後の部があって、お昼の休憩を挟むのですけど、その間もほとんど声が聞こえない。なんだろう、この黙々集団は、と思っていたのですけど、試験が終わった直後から非常ににぎやかになりまして、なるほどあの黙々は試験の重圧によるものであったらしい、と納得したのでした。

ちなみに試験は、不合格確実、で臨んでいるために、非常にお気楽でした(爆)。16進数を2進数に変換するのは、、、原理は覚えているけど、効率の良い求め方を忘れたな、、という感じでして。。プログラムを読み込むのはちょっと必死になりましたが。

試験が終わってバスで駅まで戻ったのですけど、せっかくだから美味しいものを食べよう、と駅近辺の和菓子屋さんに入りました。夏の間は水まんじゅうが売っているそのお店は、残念ながら今の季節は水まんじゅうは売っていなくて、代わりといってはなんですが、まんじゅうの餡の代わりに種無しマスカットが一粒丸ごと入っているものを食べました。マスカットがジューシーで味わった事のない斬新な歯ごたえと美味しさでした。美味しい、幸せ、と内心で小躍りし、試験は疲れたけど人間観察は面白かっし美味しいお菓子は食べられたし、良かった良かった、と一日を締めくくったのでした。

2010年10月18日(月) No.187


思い立ったがドライブ

名古屋で映画を観たかったのですが、何故か車で名古屋へ行こうと思い立ち、ドライブとなりました。

普段、名古屋へは、電車で行くのですが、この日は雨が降っていたのですね。それで、傘を差して歩きたくないな、と。

えー、ところが、夕方という時間帯のせいか、雨空のせいか、渋滞しまくっていて全然進まない。映画の上映開始時間より3時間くらい前に出発したのに結局間に合わなくて、映画は観れなかったのでした(苦笑)。で、停めるはずだった駐車場と映画館の辺りをぐるりんと回って、大人しく帰途に着いたのでした。

別に良いのですよ。ドライブは楽しかったし、大都市圏を走るのも今までやった事がなかったのですけど、普通にできましたしね。

そう、車に乗り出してから東京へ行って、思った事があるのです。どうやら私は今までそうした大都市圏の道路を、自分も運転できるものだとは全く認識していなかったのだと。もちろん道路であるからして、普通に車は通っているのですけれど、それを自分も運転できる可能性にまるで思い至らなかったのですね。それは名古屋でも同じ事でした。そこで生活していれば当たり前の事なんでしょうけどね、なんか車で行くところじゃない、という印象が強かったのでしょうか。

そんな訳で、普通に名古屋の街も車で運転できる事が判明して、楽しかったです。映画は残念ですが(爆)。あ、でも、戻ってきてから映画「大奥」を観に行きました。原作を知っているからか、声の調子とかがやっぱり違って感じてしまいますねぇ。。

2010年10月25日(月) No.188


ぬるい海に沈みたかった

文化の日の翌日と翌々日を休日にしていたために、5連休でした。どこかへ行こうと思ったのですが、行きたいと思ったところがことごとく駄目だったので、これはどこにも行くなという事だろうと考え、寝倒しました(爆)。文化の日の夜に友人と電話で話した以外はひたすら無言。誰にも会わない。寝る。本を読む。ネットする。食べる。の繰り返し。でも睡眠過多の頭痛が発現したのは休日の最終日になってから。どれだけ私が休養と睡眠を欲していたのか、推して知るべし、ですかね。。。おかげでずいぶん楽になった感じがします。

ちなみに行きたかったところは沖縄の海です。唐突にスキューバダイビングがやりたくなって、行ってみようかな、と思ったのですが、旅行代理店へ行くのが遅かったせいで飛行機とホテル代がセットになったプランなどは締め切りが過ぎていたのでした。なので断念。だって飛行機の正規料金って高いんですもの・・・(涙)

で、沖縄を諦めてそれでも何かやりたい!と考えたところ、そういえば私はグラススキーがやりたかったんだった、と思い出し、県内で一番近いグラススキー場への行き方を調べたりしていたら、なんとそこが閉鎖されたという事を知り、あえなく断念。

そんな訳で引き下がり、引きこもっていたのでした。でも、本当のところ、もしどうしても行きたかったなら、料金が高かったとしても私はどこへでも飛んでいっていたと思いますよ。引き下がってしまったのは、そこまでの気持ちではなかったという事かと。

このところ、子宮回帰願望が強かったようで海に沈みたいとずっと思っていました。体温を拒絶しないぬるい温度の、息苦しくない水の中に、私はずっと沈んでいたいようです。。今さら母の胎内に戻れるはずもなく、代替として南国の海を求めてみたのですが、その海に沈みたいという表現は、なんだか沈みっぱなしになるみたいで、我ながらちょっとぎょっとしてしまいますね(笑)。沈む、じゃなくて潜る、だったら大丈夫でしょうか。

ちなみに旅行社の人が言うには、沖縄以外でダイビングスクールがあるところだったら南紀とか伊豆とか、だそうで、調べてみたらこちらも10日以上前に申し込んでくださいだの、2人1組だの、やっぱり条件が合わなかったのでした。ですけど、失念していたのですけど、スキューバダイビングって、バディという2人1組で潜るのですよね。。いずれやってみたいけど、おひとりさまには難しいかな〜〜〜、です。

2010年11月8日(月) No.189


忙しくとも幸福な日々

寝倒してしまった5連休のあと、今度は動き詰めで睡眠不足の日々を送っていました。どういう訳か非常に身体が軽くて、なんだかとっても楽だったので、動きやすかったのですね。そういう訳で美術館で展覧会を観てきたり、映画を観たり、人と話し合いをしたり。

話し合いをした人というのは、男性です。8月くらいから数回デート(?)していたのですが、はてさて恋人候補なのか楽しく遊べばいい相手なのか、相手の本心も自分の本心も非常に見えにくかったので難儀していました。もともとそのデートに至った経緯も、全然最初はそんなつもりじゃなくて、事故みたいなものだった事もありましてね。おかしな始まり方をした相手だったのですよ。

そういう相手と今後の関係をどう築いていくか、という話し合いをして、一応結論も出て。それで、やっぱり私は話し合いというものが好きなんだな、と思いました。人と意見の相違を見たら、そのまま切ってしまう事もできるけれど、私はできるなら、何故そう思うのか、相手の意見や考え方を知りたいし、自分の考えや思いも相手に分かってもらいたいのです。つまり信頼関係を作りたい。そのためにはまず自分から情報の開示を行わなければならないのですけど、これがまた諸刃の剣なんですよね(苦笑)。そもそも話し合いをしなくちゃいけないほど相手に対して不信感を募らせている人に、その不信感を取り除くための話し合いで、自分から攻撃材料となるかもしれない弱みをさらさなきゃいけないなんて。この場合の弱みとは、例えば自分が不愉快に思った事などを指すのですけど、大抵そういうものは相手は無自覚なんですよ。で、こちらがそれを言って直してくれればいいけれど、開き直ってそんな事で傷ついたりするなんてそっちがおかしい、なんて言われた日には、もう立ち直れませんよ(爆)。そして、自分が嫌だった事などを相手に話すときに感情的になっていてはいけないので、ある程度の感情と理性のコントロールが効いていないといけない訳で。さらに言うなら、その話は論理の組み立てとかができていないと相手にとっては訳が分からない訳で。

・・・書いているうちに、なんて面倒な事なんだ、と思いました(笑)。対人関係の衝突なんて、できれば避けて通りたい事のひとつですよね。ですが、そこでこの面倒な事をやり遂げれば、私にとって価値のある事がひとつ手に入るんですよ!つまり、他の人の、別の価値観を、生の声で聴ける、という事です。

ひとつの事象を、別の方向から見る事をずっとやってきているのですけど、どうしたってそれは私の主観でしかないので、別の見え方を教えてくれる人がいるのは大歓迎なのです。ただし、そんな面倒な事に付き合ってくれる人は、そんなにはいませんけどね。

私の場合は、そんな面倒な事が基本的に好きなので、そんな私の周りに集まってくる人も、類は友を呼ぶの通り、結構面倒な事にも付き合ってくれるのでした。うん、感謝ですな。

さて、そんな訳でその彼は、基本的には恋人にも夫にもできないのですけど、離れがたいとは思っていて、その処遇を困っていたのですよ。私の周りに寄ってくる恋人候補っぽい人は、どうにも困った人が多いですね(苦笑)。ひとつには私が、所謂まともな人には興味が持てないのもありますが(爆)。出した結論はここには書きませんが、現時点ではそれが最善で精一杯のものであった事を言っておきます。幸せになるのは、なかなか難しいですね。

最近は、気分障害の本を読んでいました。もし私が精神疾患を抱えているならば、双極性U型障害というものかもしれません。もともと、うつ病っぽいな、と思う事はありましたけど、躁うつ病(双極性障害)というのは盲点でした。ま、確かに、一生懸命頑張って、テンション上げて社交的とかになって、動きまわったりして、そのあとエネルギー切れで寝込んだりしてますからね。私が病気でないと自分で思っているのは、その事でそんなに困っていないし日常生活に支障も出ていないからですけど、要はそういう行動パターンがあるという事ですね。もうちょっとエネルギーを上手に使いたいな、とは常々思っているのですけど、平坦に生きるのもなかなか難しいです。

2010年11月23日(火) No.190


興味が薄い事

高校の同窓会総会というものに参加しました。私の母校は別の学校と合併しているのですが、その合併後の高校の同窓会の総会という、なんだか微妙なものに参加してみたのですが。

とりあえず参加を申し込んだときは、人脈を広げられるといいな、くらいの勢いがあったのですが、いざ当日を迎えたときにはそんな気力はなく。一緒に行ってくれた友人がいてくれたので淋しくもなく話題に困る事もなかったのが救いでしたかね。

私たちの母校の出身で同じ卒業年度なのは私と友人しかいなかったので、ひとつ上の先輩たちとテーブルを囲んでお話してきました。それで、今さらながらに驚いたのは、高校生の時分でコンパやら飲み会やらをやっていたらしく、またそれが驚く事でもないらしい事です。まあ、高校時代の私は今以上に生真面目な生徒でしたからね。男女間の機敏にも疎かったし、関心もなかったですし。そういえば、当時の私には何故スカート丈を短くしたりピアスホールを空けたりするのかが、本当に意味不明だったのでした。規則破りをしてまでもそれがやりたい事なのか、全く理解ができなかったのですね。

当時は、資格を取る事と本を読む事に血道を燃やしていた事は覚えているのですが、少なくともお洒落を楽しみたいと思っていた記憶はありません。自分の服のサイズも知らなかったし、鏡を見る事も少なかったんじゃないかな。身長には興味があったので、自分が何センチあるのかは知っていても体重には興味がないという、我ながらおかしな人でした(爆)。

私がおかしな人(爆)であるのは今に始まった事ではないので別に良いのですけど、ただそれでも、そのテーブルを囲んだ先輩方が話していたように、一般的に高校生くらいの年代というのは異性に興味があるものなのでしょうね。成熟が遅かったという意味で、私の方が異常なのでしょう。それは了承していても、それが何故なのか、理由を知りたくなったりはします。理由など、ないのでしょうけれど。

私はいつだってマイノリティーで、その時々の絶対的多数の中にはどうしたって入れない。分かっていてもひどく恨めしくも思います。だからといって、高校生の時も今も、例えばコンパなんてものに興味はないのですが。

そんな訳で10年以上経ってから知った事もあり、有意義なものでした。残念ながら人脈を広げるとまではいきませんでしたが、どんな雰囲気だったのかは分かりましたし、話のネタにはなりますね。楽しかったです。

2010年11月30日(火) No.191


なんだか元気

胃の調子が悪くなったので、さすが12月ってな感じでして。例年12月は胃痛が起こるのです。原因は、多忙とストレスと食生活の乱れ、でしょうか。

今年はなんと、12月1日に胃が痛くなりました。なんて律儀な事!と思いましたが、以前のひどい胃痛がすっかりトラウマな私はさっそく医者にかかり、胃の薬を手に入れましたとさ。

原因が食にある事はだいたい分かっているので、胃の保護のために昼食は弁当です。で、とりあえず続いています。そしたらまた単純な事に調子が良いんですよね。弁当を作るついでに朝食も摂るし、昼食は持参弁当だから油物じゃないし、夕食は不規則になりがちだけど胃痛が恐怖なので変なものは食べないし、そんな事を1週間も続けていないくせに妙に体調が良いので、拍子抜けです。こんな事なら普段から弁当を作っていればいいのだとは思いますが、これはこれでエネルギーが必要なのでした。多分12月が終わったらエネルギー切れでまた外食の日々に戻りそうです。あ、でもこの冬は卒研を完成させないといけないので、2月まで多忙が続く予定で、そういう意味では多忙な日々が終わるまでは弁当を作る事を続けた方が身体には良いのかもしれません。

最近は、「みんな同じだよ」という言葉について考えていました。何回も書いている事かもしれませんが、私は自分の感覚が人と同じだなんて、全然思っていないのです。そういうところでは少々苦労してしまったのですが、そういう苦労した事を時折語ってしまう事があるのですが、そういうときに「みんな同じだよ」と言われてしまうと何とも釈然としない思いが残るのですね。で、この正体はなんだろうと考えた結果、分かった事がありました。

「みんな同じだよ」と言う人は、苦労した事は皆同じだと言うのです。苦労の中身が同じだとは言っていない。私は、苦労の中身が皆違う事を認めた上で、苦労した事は皆同じだと言うのなら納得できるのです。でもただ単に「みんな同じだよ」というだけでは私が苦労した事と同じくらいの思いを他の人も背負っているようにはとても思えないために、とても納得できないのでした。だって私の苦労は私がマイノリティーであるからこそ発生しているからで、「みんな」というのはマジョリティーな訳で、全員が同じ思いであるならば、私の苦労した事はそもそも発生しようがないのです。

考えてみると「みんな同じだよ」と言う人は典型的なマジョリティーですね。そういう人は私とは別の苦労があるのでしょうが、私が味わったような苦労をそのまま味わったとは思えない。その苦労がお互い等価であるにしても、私はまず違いを認めてほしい。

実際のところ、苦労なんて他の人にはどうでもいい事だとは思いますけどね。あ、そういえば、「みんな同じだよ」と言う人は、自分だって苦労した、と言うくせに、その苦労の中身は言おうとしないのでした。それでは私には、同じかどうか判断できないのですけどね。ちなみに、そういう事を言う人は、結構います。何で疑いもなく、自分と人が同じだなんて思えるんだろう、と私には不思議なのですが。

ただまあ、大概私もしつこいな、とは思います(苦笑)。自分の感覚が違う違うとどれだけ言い続ければ気が済むんだか。。なにかまだ、捕らわれている事や傷ついて治せていないものがあるのでしょうか。

自分の内面はまたおいおい探るとして、とりあえずは多忙な12月を元気に乗り切りたいと思います。ファイト〜!

2010年12月7日(火) No.192


思い残す事なし

研究室の忘年会があり、参加しました。何だかOBの方々も来ていましてね、はっきりいって、顔は知っているけど名前を忘れたな、という人も。去年気に入っていたはずだった人も、一瞬顔を忘れていたので、本当に私って人の顔を覚えるのが駄目なんだな、と実感しました。

ちなみにその人、筋肉が素敵だった人なんですが、今回気になったのは、顔でした(爆)。そういえば私は、この人がアルコールに頬を染めている様を大変可愛らしいと思ったんだった、と思い出し、今回もやっぱり可愛らしいと思ったのでした。

さて、もしかして以前にも書いた事があるかもしれませんが、私が研究室に入ってやってみたかった事のひとつに、ここに来なかったら話す事もなかったであろう人たちと会話をする事、というのがあるのです。で、それを達成すべくせっせとお喋りに励んでいたのですが、どうしても話す機会が作れていない、私の指導教官でない先生がいるのですね。そんな先生と隣り合わせになったのでこれはチャンスといくつか話してきました。ま、そんな風に言っても大して共通点もなく、お互いの情報もほとんど知らないままでは上手に話せるはずもなく。ただ、私が純粋な学生さんと違うのは、そこでどうしようと困る事もなく、余裕で話せるところなんですが(笑)。だってねぇ。。今回で言えば、私の目的をまず話し、先生と話す機会ができて嬉しいです、と伝え、しかし何を話せば良いでしょうね、と苦笑し、とやった訳ですよ。そうすれば先生だって社会人ですから、ある程度は話してくれます。ましてや、全くの初対面でもなく、私がその先生に質問した事もあったりするので、少しは話題もあるんですよ。そんな訳で、まだまだ話し足りない気はするものの、もうこれで卒研を完成させたら目標を全て達成なのかしら、と思ったり。

着々とゴール目指して進み行くのは淋しくも気分の良いものです。願わくば、どうか体力と気力が持ちますように。

2010年12月14日(火) No.193



そろそろ復活

あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

さて、例年通り、12月後半は様々な葛藤と闘い、32歳になって終わりました。いくつかの事があったのですが、幾人かの人にお話したので書く気が失せています。このところ怒涛のごとく話をしまくっているので、伝えたい欲が満たされているのですね。

最近は、いろんな事が怖いです。人と話す機会が増えているのですが、何をしたり顔で偉そうな事を言っているんだ、と自分自身を振り返って思います。もっと謙虚に、教えを請う気持ちで話さないと慢心してしまって自分の成長が止まってしまう、と恐れています。偉そうな事を言う自分自身をまた恥ずかしくも思います。けれど、その一方で自分が認められているような錯覚があって、それを嬉しくも思うのです。そうした恐ろしさと快感の中で、私は惑うのです。

もっと楽に生きればいいのに、と私は何人かの人に言われます。私にしてみればこれでも大分楽になったのですけどね。肩肘張って生きている自覚もないために、楽に生きるとはどういう事なのか、自分で分からないのもあります。多分それは、甘え方が分からないために甘え下手であるのと似ている気がします。

今年は、もう少し楽に生きてみたいと思います。同時に、楽には生きられないだろうという予感もあります。今年は、私は動かなくてはならないのだろうと思うのです。いつまでも停滞してはいられないだろうと。本当は怖いし泣き言を言いたいし座り込んでいたいけど、でも、身体は疲れているのに気ばかり急いて休まってくれないときと似ていて、何かが走り出している気がするのです。だったら倒れるまで動くしかないな、と。せめて派手に倒れる事のないよう、体調管理をしっかりしなくては。

欲しいのは、生きているという濃厚な感覚。温かな身体。心臓の音。きれいなもの。孤独に耐えうるだけの強さと弱さ。

倒れるほどに動く事で、欲しいものが手に入れられるなら。せめて手の中に掴むものがひとつでもありますように。

2011年1月4日(火) No.194


そ・つ・ろ・ん

現在大学生でもある私は、今度の3月卒業目指して卒論の追い込み真っ最中!のはずなのですが、どういう訳か、のんびり屋さんなのです。

理由はたったひとつ。

データが集まっていないから。

きゃーーーーー!!!!!!!


一応、実験をして、そのデータを解析して卒論を書く事になっているのですが、実験の被験者を集めるのがもう、実に面倒なのですよ。実験そのものは全然どうって事ないんですけどね。あと解析も、多分どうにかなる。でも被験者集めだけは、本当にどうにもならなくて、とっても困っているのでした。

まあ、卒業研究といっても、そもそも何も研究なんてしてないですからね(爆)。研究室配属になってから私がしてきた事は、ひたすら本を読み、ひたすらお喋りをしてきただけでして(苦笑)。それがまた、とっても楽しかったのですけれど。

そんな訳で卒論発表会まであと1ヶ月と少し。落ち着かない日々が続きそうです。

2011年1月11日(火) No.195


終わりました。

無事、卒業しました。

今までここを書いてなくて、もしかして心配してくださった方もいらっしゃるでしょうね、申し訳ないです。

卒論発表会は2月22日にありました。卒業式は3月25日に。5年越しの事が終わったので、少々虚脱に襲われておりますよ。

何をどう書けばいいのか、分からないのですが、そうですね、、、卒論を書いている最中はとてもとても楽しかったです。もちろん極度の睡眠不足故に身体は非常にだるくて辛かったのですが、何か脳内麻薬でも出ていたのか、それを超越したハイテンション状態でした。平日の夜12時を過ぎても、全然宵の口みたいに思えたし、土日もずっと研究室でひたすらデータを取って論文を書いていましたね。そんな状態でしたので、仕事もものすごくてきぱきやっていて、その月の成績(?)は残業をやっていなくて時間がなかった割には良いものでした。

卒論発表会も、まあ上手くいったと思います。発表を学科の先生方が持ち回りで聴いてくださるのですけど、私はある種の有名人で名前が知られまくっているので、持ち回りじゃなくてもわざわざ聴きに来てくださる先生もいらっしゃったりして。ありがたくも恥ずかしくもありました。。。

その発表に単位を出すかどうかは、発表会の当日に、発表会が終わってから会議で決まるそうなんですが、まあ多分大丈夫だろうと仮定して、学務係に挨拶に行きました。仕事とはいえ、毎日夜遅くまで残るのは大変だっただろうし、いろいろ相談に乗ってもらった経緯があったので、手土産持参で。顔馴染みの大学職員の方に、頑張ったね、と言ってもらって、何だか泣きそうになりました。

結局、2ヶ月強に及ぶ卒論作成期間で得たものは、研究室の学生さんとの、ある種の仲間意識のようなものでした。仲間意識といっても、彼らがそれを感じていたかは知りませんが、私の中での変化があったのです。彼らは、普段私が研究室に行く頃には研究時間が終わっているので、大抵ゲームなどで遊んでいたのですね。ですので、彼らの事を、同じ事をやっている人たちだとは思っていませんでした。それが、そういう追い込み期間中、私と同じように夜遅くまでいて、時には泊り込みをして、辛そうな顔をして、同じように論文を書いている姿を見て、とても親近感が湧きました。そういう彼らと時には励ましあったり、息抜きの他愛ないお喋りをしたりするのは、本当にとても楽しいものでした。

そして、卒論発表会が終わった後、卒業式までの間、ものすごい揺り返しが来て、ほとんど引きこもっていて、ようやく多少は回復したかな、というところまで来たのですが、その卒業式(正式には学位授与式)のときに最後に研究室の彼らに会って。やっぱりとてもとても楽しかったので、今、とてもとても淋しさを感じています。

言葉の使い方が正しいか分からないのですが、研究室の彼らは、まさしく群像劇でした。青春そのものの、とても楽しい群像劇。彼ら自身にその自覚はないでしょうが、私はそれを見るのが本当に好きで、いつも楽しませてもらっていました。私自身がそこに積極的に加われなくても、彼らはちゃんと私を受け入れてくれて、良い人たちでした。もうそこに私はいられない訳で、当たり前のように甘受していたものの大きさに気付いて、淋しくて泣いてしまっています。私は新しい就職先とかがある訳でもないので、淋しさは余計にあるのだと思いますが。

まあ、淋しいのは仕方ないので、思う存分淋しがって、それから、5年越しの疲労を回復させようと思います。新しい事を始めるのはそれからかな。まずは、大学に行こうと思うより前の状態に、具体的には退屈を持て余すくらいの状態になろうと思います。

2011年3月27日(日) No.196


いきなり

春ですね。2日間引きこもっていたあと、今日外に出てみたら桜が咲いていたのでびっくりしました。春はいつだって突然にやってくるものであるような気がします(そして私はそれについていけない)。

研究室の先輩(9歳下)と久々に会ってパフェを食べました。彼女と仲良くなれたのも、学校に入って良かった事のひとつです。以前、どういう話の流れでか、パフェを食べましょう、という事になっていたのですが、彼女の就職活動が忙しくて会えずにいるうちに私が卒業してしまった、という訳で、しかし学校の近くに相変わらず住んでいる私にとっては、卒業した後でも問題なしでして、ちょっとだけドライブをして、大仰なパフェを食べて、ガールズトーク(笑)で盛り上がりました。

就職活動なんてまともにやった事のない私には、有用なアドバイスもできず、下手に頑張ってとも言えず、どうしようもないのですが、せめて私とお喋りした事で多少の気分転換が図れればなぁ、と願ったりしています。

なんだか、何を書いていいのか、分からなくなっています。何もしていないので、当然といえば当然ですかね。いろんな事を忘れていくのは早くて、けれど何か新しい事をする気にはなれずに、大して困ってはいないけれど、ただぼんやりとしています。

2011年4月4日(月) No.197


思い出せない

環境が新しくなるときの常として、一時的な記憶喪失状態になっています。記憶喪失といってもそんなに大したものではないのですが。ただ何かがいきなりすっぽり抜けてしまったり、いつもやっていたはずの事がまるで現実味を持って受け止められなくなってしまったりするのです。何なんでしょうね、この現象は。多分、頭の中の引き出しが、開かなくなってしまうのでしょうけれど。時々仕事の事も忘れそうになってしまうので、そこだけは注意なのでした。

例年夜桜見物をするところで、今年も30分ほど夜桜を楽しみました。自粛なのか節電なのか、出店もなく、ライトアップもなく、けれどそれでも人はいて。うん。綺麗でした。

綺麗は綺麗なんですが、今私はとっても淋しくて寒いので、欲しいのはこれではない、なんて思ってしまったり。欲しいのは、幽玄でおぼろげなものではなくて、もっと濃厚な生命のエネルギーで、明るくて強いもの。もしかして私はもう、おひとりさまで行動するのには飽きてしまったのかしら。それともやっぱり、こんな風に思ってしまうのは淋しいから?

とにもかくにも、うずくまる日々は続く、のでした。

2011年4月11日(月) No.198


どたばた喜劇にもならない

仕事が忙しいです。

4月なのでいろいろ変わったところもあり、震災の影響で先延ばしになったものもあり。とりあえず、本当にできるのかこれ、と思うくらいには余裕がなくて忙しかったのでした。

二重生活が終わった今となっては、強制的に気持ちやテンションを切り替える術も必要もなく、気力も体力もあって寝込むような事はないけれど、どうしていいか分からずに、やっぱり私はうずくまっているのでした。

学校の研究室で私が使っていたソフトの使い方を教えてくださいと、同輩である人からメールが来て、少し電話で話しました。一時的な記憶喪失状態にも関わらず、ちゃんとそれを覚えていたのには我ながらびっくりでした(笑)。思ったのは、私はおそらく、誰かから必要とされたいのだろうと。

人を頼らない私は、頼られる事も少なくて、今の人間関係はひどく希薄です。平和ではあるけれど、幸せではあるのかな。少なくとも不幸ではないけれど。

何を望んでいるのか自分でも分からないままに。もう少しうずくまっています。

2011年4月18日(月) No.199


私はできる

例年より1週間ほど開花が遅れていたらしい淡墨桜を観に行ってきました。仕事が終わってから気まぐれにドライブで。最近は日が長いので、夕闇に染まる桜を観る事ができましたよ。ですがこの桜は、散り始めの頃になると花びらの色が薄い墨色になる事からその名前が付いているのですが、さすがに日が落ち始めた時間帯ではその微妙な花色までは分からなかったのでした。

何がどうしてそういう思考回路になったのか謎ですが、結局私に必要なのは、自分の手で何かを作ったり、自分で何かをやり遂げたりする事なのです。だから料理をするのは必要だし、こうして独りでドライブに行ったりして、自分の力で何かができるという事を常に自分に確認させておかなければいけない。そうでないと私は自信を失ってしまって、何ひとつできない人だと自分を卑下してしまう事になるのです。

そんな事がなんとなく分かったので、例えうずくまりたくとも多少は何かをした方が良いのかもしれませんね。我ながら厄介な事で。とりあえず現在は、少しずつうずくまる事から脱してきている感じです。

そういえば、とても久々に映画を観てきました。「私を離さないで」と「ブンミおじさんの森」。どちらも、こう言ってはなんですが、おかしなお話でした。

2011年4月24日(日) No.200


テンションダウン

相変わらず何かをしようとはまるで思わない日々が続いています。ここに書いている昔の日記を読み返してみると、実に精力的に動いていた事が伺えて、今のこの腑抜け状態はその反動であるのだろうと、なんとなく感覚的には納得しているのですが。

以前の日記によく出てくる言葉は、疲れて眠っていたとか、でも大丈夫ですとか、そんなのが繰り返し繰り返し。結局のところ、エネルギーの総量を超えた活動をしていた訳で。多分ずーっと、ハイテンションだったのですねぇ。そりゃまあ、5年もそんな事をしていてそれが終わったなら、少しくらいテンションが低くなっていてもおかしくないわ、と。

最近はもう、人と何を話していいのか分からなくなりました。そもそも積極的に人とコミュニケーションを取りたいとも思えません。別に無愛想な訳ではないし、不機嫌な訳でもないけれど、とっつきにくくはなっていると思います。なんていうのか、情報の開示を自分から行っていないような。それが何故かというと、何を話していいのかが分からなくなっているから、なんですけどね。そしてそれは、今の私の中に語るに値するだけのものが何もないと感じているからなんですが。

学校の事は既に終わった事です。それはもう過去の事だから私は誰にも話さない。聴く人もいないしね。それ以外の事で話せる事が、まだないのですよ。

そういえば、映画を観る事はできているのですが、本を読む事もできています。でもまだ、アートを感じる事はできないですね。感覚を総動員できるようになるには、もう少し時間がかかるようです。

2011年5月2日(月) No.201


暑い

例年の事ながらこの時期は暑いですね。じっとりと嫌な汗をかきながら、ぐったりしています。

G.Wはどこにも行かずに終わりました。休日出勤もあったし、行きたいところもなかったし。

という訳で書く事がないのです。観た映画も読了した本もないし、特別なイベントもないし。これはこれで平和な日々。悪くないです。

2011年5月9日(月) No.202


カラオケ

友人とカラオケに行ってきました。朝11時から夜8時までです。合計9時間?まあ、私は独りでオールナイトカラオケをやった事もある人なんですが。

一緒に行った友人が、別の人とそうやって昼のフリータイムでカラオケをする事がある、と話していたので、私ともそのうちにやってみましょう、という話になっていて、せっかくなので本当にしてみたのでした。

友人とは、以前にパフェを食べに行った大学時代の9歳年下の先輩ですけどね、なんだか気が合って。なんだか世代の違いというのを感じてきました(笑)

結局、歌というのも、例えば本と同じように表現のひとつなんですよね。それで、メディアで流れている歌が妙に心にダイレクトに響いてしまう時期があるんだと思います。というよりも、TVなどで紹介される歌は、相当若い人向けのものなんだろうと。年を取ったら取ったなりに、また違う歌が心に響くのでしょうけれど、少なくともそれは若い人向けのものではないでしょう。結果として今の私には、TVの歌番組などで紹介される歌に、まるで心惹かれず、カラオケの歌も知らないものばかりになっていくのでした。

独りで歌う分には約10年前の歌ばかりで構わないとして、若い人たちとカラオケに行く事になった時の事を考えて、多少は宴会用の歌を仕入れておかなければ、と思ったのでした。

それにしても。彼女は面白かったですよ。主にアニソンというジャンルの歌を歌ってくれたのですが、途中で入る台詞なども全てなりきっていました。そしてまたそれが上手でしてね。元のアニメなんかは全然知らなくても本当に楽しかったのでした。

2011年5月16日(月) No.203


声をかける事

思い立って久々に図書館へ行き、適当な本を借りてきました。図書館で借りる本と、書店で買う本は、ラインナップが全然違いますね。そんな訳で気の赴くまま、ごろごろと読書を。

とりあえず読了したのは「おかあさんになったアイ(松沢哲郎/講談社学術文庫)」。京都大学の霊長類研究所にいるアイというチンパンジーが子供を産んだのは結構昔にニュースでやっていて記憶に残っているのですが、そのあたりの事が詳しく書いてあります。

なかなか感動的な本でもありました。チンパンジーの子育てについても書かれているのですが、人工的な環境で育ったチンパンジーは育児拒否をする事が2例に1例くらいあるらしいです。アイと同時期に出産した別のチンパンジーはやはり育児拒否をしたのですが、人の介助が入って、最終的には子供を手放さなくなった逸話がありました。

あとは、人とチンパンジーの子供の違いが印象に残りました。人の子供は、生まれて間もない頃でも仰向けで安定するのだそうです。チンパンジーの子供はお母さんにずっとしがみついているのだそうで。結局、人のお母さんは子供をあまり抱かないのだそうです。抱かないで寝かせておく。その代わりに声をかけたり顔を合わせたりする。子供に物を持たせたり、お母さんの表情を見せたりする。人の子供は仰向けで安定しているから、生まれたてでも物を持てたり顔を見合わせたりできるんだそうです。チンパンジーの子供はしがみついているから、他に物を持ったりできないし、顔を見合わせる事もできない。その違いは、人が人である所以、でしょうか。

私がもし母親になったとしたら、スリングを使って、カンガルーよろしく、四六時中ずっと子供を抱っこしていたいと思ったりするのですが、そんな事はしないで寝かせておくべきなんでしょうかね(笑)。なんとなく我が子には、人の温もりを骨身に沁みて覚えこませておきたいと思うのですが。

そういえば、京都大学の博物館には以前行った事があって、アイがやっているというコンピュータを使ったテストのシミュレーションもやってみた事があります。どんな結果だったかは忘れましたが、混乱したのは覚えています。例えば、白い字で緑と書かれていて、字の色を選択する問題とか(この場合は白を選ぶのが正解)、画面に無作為に数字が散らばっていて、数字を昇順に選んでいくんだけど、一番最初の数字を選んだら、それ以外の数字も全部四角になってしまうものとか(つまり最初に全部の数字の位置を覚えておかなければいけない)。そこの博物館には面白いものが他にもあったので、アイに関していえば、覚えているのはそのくらいなんですけどね。

そうそう、この本には「心の理論」も出てきました。私が学校で勉強していた事のひとつなんですが、おやおや。まあ、知っている単語にはより強く反応するのでしょうけれど、やっぱり世界は繋がっている、なんて思いました。

2011年5月23日(月) No.204


どうしてあんなに、と

どうしてあんなに、一生懸命になれたのだろう、と思う事が増えました。どうしてあんなにもたくさん、やりたい事があったのだろうと。

やりたい事は特になくて、ただ私はのんびりしたい。面白い事も楽しい事も確かに欲しいけど、そんなに頑張って手に入れなくていい、と今は思います。まあこれは、一種の贅沢ですね。だって、時間がないときに時間が欲しい、と思っていて、いざ時間ができたら予定をぎっしり詰め込んで時間をなくさせるなんて、馬鹿みたいですもの。のんびりできるときはのんびりしよう、どうせそのうち、また余裕のない日々が始まるのだから、とのんびりしています。っていうか、のんびりしすぎ?(笑)

現米大統領の「合衆国再生」を読みました。実は以前にも一度手に取ったのですが、そのときは読了まで至らなかったのですね。今回は途中飛ばしたりもしたので、厳密には読了とは言えないのですが、まあ(苦笑)。現在のアメリカの問題点と、どうしてそうなってしまったのか、という事が書かれてあります。ですが私が一番興味を引かれたのは、著者が忙しくなってしまって、奥さんが独りで子育てせざるを得なくなっていて、奥さんが著者に優しくできなくなっていたところでしょうか。自分の現在の興味がどこにあるのか、如実に分かってしまって苦笑しました。

楽しい読書をしよう、と思います。知識を身につけるためでもなく、教養のためでもなく、ただ楽しい時を過ごすための読書をしようと思います。苦行のような読書は飽きました。読んで、ハラハラワクワクドキドキするような、そんな本を読みたいと思います。

2011年6月7日(火) No.205


雨の中1時間歩いた事

どうにもぼんやりしてしまって、ここの更新が滞り勝ちですね。何か、切羽詰まってやらなくてはならない事がないために、いろいろ忘れてしまっています。

ふと思い立って、ジャズバーなんてところに行ってみました。旅先でホテルのバーに入った事はあっても、街中にあるバーは初めて。バーに行こうと思ったのは、以前ワインを飲んだ事があるのですけど、ちょっと調子に乗って飲みすぎて、醜態をさらした事があるからです。で、アルコールを全く飲まないのも考えものだなぁ、と多少は身体をお酒に慣らす必要を感じ、しかし自宅で飲みたいとは全く思わないために、バーという場所に行ってみようと思ったのでした。お酒が飲める場所だったら居酒屋でも良さそうなんですけどね、バーでも居酒屋でも独りだと敷居が高いんですよね。。せっかくなら居酒屋より更に敷居が高そうなバーに行ってみようと考えたのでした。ジャズバーなのは、バーに独りでいると淋しそうな人か、出会いを求めている人に見られてしまいそうで、ジャズバーならジャズを聴いていればいいか、と考えたからなんですが。

さて結論。とっても楽しかったです。なんと客が私独りという状態で少々びびりましたが(笑)、マスターがいろいろ話してくれて、ピアノとコントラバスの生演奏があって、適度にぼんやりしてきました。ただ、やっぱり私はそんなにお酒に強い訳じゃないみたい。心臓がどくどくどく・・・と速く脈を打ち始める感覚がひどく気持ち悪くて、まるで長湯をしすぎてのぼせたときのようで、それが私の恐怖を誘うのです。そんな恐怖と隣り合わせでは気持ち良くなるにも難しく。本質的に私は飲酒で気持ち良くなるのに向かないのでしょうね(苦笑)。

まあ、知らないお酒の味を勉強してみるのも良いかなと思うので、気が向いたらこれからもバー巡りをしてみるつもりです。

で、せっかくなので運動しようとバーから自室まで1時間かけて歩いて帰ってきたら靴擦れしました(笑)。なんだかんだで楽しんでいるというお話。

2011年6月15日(水) No.206


スーパークールビズなんて

非常に暑いです。

消費電力をどれだけか削減せよとのお達しが出ているので、空調設備が使えなく、汗だらだらの毎日です。いやはや、暑い。

なんというか、経済的にマイナスの効果があると思う。例えば、暑いのでうちわで顔をあおいだり汗を拭いたり冷たい飲み物を飲んだりしているんだけど、その間作業が止まっている訳で。ひとつひとつはそんなに時間がかかっていないかもしれないけど、積もり積もればかなりのものでしょうね。あと、暑い、って思うだけでも結構なエネルギーロスだと思います。

私自身は原発を停止する事に賛成するけれど、だから暑くてもそれは仕方ないと思うけど、それはそれとして、今の社会が電力を大量消費する事を前提として成り立っているのだと改めて分かって、なんだかなぁ、という気分になるのでした。

ちなみに暑いので、会社の窓を開けているのですが、そうするとたまに入ってくる自然の風が実に心地良く(笑)。冷房病になる心配もないし、汗をかいているという事は身体の循環がされているという事でもあり、これはこれで健康的な生活だし、日々の事象をどう捉えるかは自分次第だと思っています。

そういえば原子力の話は、以前学校で平和学を勉強したときに、構造的暴力という名前で出てきた事を思い出しました。だから何だという訳ではないのですけどね。

学生時代はやっぱり暑かった事を思い出しました。それでやっぱり今のようにうちわや下敷きであおいだり汗を拭いたりしていた事も思い出しました。似た経験をするとそのときの状況も思い出すものですね。ただ今と昔と違うのは、昔は学生だったから、やる事といえば授業で先生の話を聴いたりノートを取ったりする事くらいだったから下敷きであおいでいても大丈夫だったのが、今は仕事をしなくてはいけないから、うちわであおいだりしていたらその分仕事ができなくて遅れていってしまうという事なのでした。

暑くなる事そのものは構わないけれど、空調設備が問題なく使える環境にあるという前提で仕事のスケジュールが組み立てられている事を念頭においてほしいな、と思ったのでした。

2011年6月22日(水) No.207


なんだか、

会社の労組でさくらんぼ狩りに行きました。普段はそうした集まりに顔を出さないのですが、今年は労組の執行委員になっているので参加してみたのです。というか、執行委員であるという事にかこつけてみたというべきか。

本当のところ、私がそうした集まりに顔を出さないのは、自由に慣れてしまって団体行動が苦痛である事や、そうした団体の中でも私はやっぱり独りである事、そして集団心理の故か無礼な事をする輩が大抵存在する事などなんですが、それに上手に対処できるくらいには私も強くなれたのかもしれません。とりあえずさくらんぼ狩りは楽しいものでありました。

ちなみにそれは、一般の人も参加する単なるバスツアーだったので、他にもワイナリーやチーズケーキ工房に行ったのですが、中にはさくらんぼ狩りではなくてワイナリーでワインの試飲をするのが主目的だという人もいましてね、そうした観察も楽しいものでした。

ついでにバスで移動の最中、退屈だったので分厚い本を読み読み。読了できたのも達成感を高めてくれました。

なんだかそれでも、やっぱり私はどうしていいのか分からない。何をすべきなのか、せっかく自由になれたのに、愚かな私は頸木を求めたがるのです。

子供が欲しいなぁ、と思うのです。子供の父親である男性も欲しい。けれど私にはいろいろ問題があって、結婚はできそうもないから、いい加減にそれを諦めたい。でも私はまだ子供を生める年齢で、身体も健康で、諦めきれないところがあるのです。この生殺し状態は、私が子供を生めない状態になるまで続くのでしょうね。そういう訳で悶えておりますよ。最近は同じような境遇にある友人と、そんな状態を面倒だねー、嫌だねー、と言い合っていたりします(笑)

2011年6月29日(水) No.208



夏季休暇

あまりの暑さに耐えかね、一足先に夏季休暇を取得し、1週間避暑に行っていました。長野県の蓼科です。白樺湖の辺りといえば想像しやすいでしょうか。

のんびり過ごすはずが、生来の貧乏性でせかせか動き回ってしまいました(苦笑)でもまあ、大変楽しかったです。今回はアウトドアスポーツをいくつかやりましたよ。カヌーとパラグライダーとグレステンスキーとトレッキング。それからドライブとお散歩。

標高の高いところだったので、普通にしていたらまず汗をかかないのです。夜なんか寒いくらいで、危うく風邪を引くところでした。朝は鳥のさえずりが聴こえるような良いところで。

で、そんな汗をかかないはずの気候のところでトレッキングなどをしていたので、やっぱり汗をだらだらかいていたのでした(爆)。でもそういう、山とか高原とかっていうのは気持ちの良いところですね。何か、呼吸が自由にできるような感じがします。ちなみにそれは、カヌーでもパラグライダーでも感じた事でした。

でも、空が近い分、紫外線が強かったらしくて、顔が日焼けして肌荒れです。身体は長袖長ズボンに手袋までして防御していたのですけど、さすがに日傘を差してスポーツする訳にはいかないですものね、一応サングラスに日焼け止めと帽子をかぶる事で防御したつもりだったのですが、やっぱり焼けてしまったのでした(泣)

とりあえず楽しかった1週間でした。あんまり楽しかったので帰りたくなかったくらいですよ(笑)今年の夏季休暇はこれで終了なので、あとは仕事を頑張ろうと思います。

2011年7月12日(火) No.209


蜂と撫子

珍しく、女子サッカーの結果に注目してしまいました。といっても生中継を見ていた訳ではなく、結果を知ってからダイジェスト版を見ただけなんですが。いやはや、すごいですねぇ。。あのチームの主将は私と同年齢なんだそうで、そういうところからも心の中で密かに応援していたのですよ。元気をもらったとか、そういうものではないのですが、私も何かができるだろうか、なんて少し思いました。

「ハチはなぜ大量死したのか」という本を読みました。たまたま新刊のコーナーで見つけたものですが、そういえば以前、ミツバチが大量失踪しているというニュースがあったなあ、と思い出して手に取ってみたのです。

読了して驚いた事は、まずこの大量失踪の原因が未だ特定できていない事。少なくとも1つの要因だけでそれが起こっているのではないらしいので、考えられ得る説をいくつか紹介してありました。

個人的にはハチやアリといった社会性昆虫は苦手なんですが、その習性は興味深いものでした。で、我ながら感化されやすいな、と苦笑するのですが、私もできるなら養蜂をやってみたくなりました。別に、本業にしなくて趣味でいいんです。要はそれで自家製のハチミツを食べてみたいな、と(爆)。

まあ、自家製ハチミツは難易度が高いので、最近は普通にスーパーで売っているハチミツ(中国製)とレモン果汁を混ぜて、適当に水で割って飲んでいます。

そういえば私、自分の車(オレンジ色)に乗っていると時々ハチに襲われるのです。こないだ蓼科に行ったときもかなりしつこく攻撃されましたわ。もちろんガラスがあるので、どこにも被害はないのですが、ハチがガラスに衝突する音が何回も聞こえてきて、なんだなんだ、という感じでしたね。ハチはオレンジ色に反応しているのか、はたまた私の何かに反応しているのか、誰かに教えてもらいたいところです。

そんなこんなで、おそらくハチや他の昆虫が受粉した結果、実っている果物を今日も美味しく食べちゃっているのでした。

2011年7月19日(火) No.210


元気です。

すみません、またもや更新が遅くなってしまっていますね。どうにものんびりしてしまって、ダメダメです。。。

最近は、聖徳太子についての本を読んでいました。「日出処の天子」という漫画を読みましてね、面白かったので、その元となる本などを読んでいたのでした。

あとは、久々に学校の研究室に顔を出してみました。わずか半年足らず前の事のはずなのに、全てが奇妙なほど懐かしいものでした。自分と同輩である学生の彼らは、普通に話をしてくれて、雰囲気も何ひとつ変わっていなくて。楽しかったです。

ここしばらくは、夢の終わりについて考えていました。サイトの名前である"after daydream"は、夢を見たあとで、夢と気付かずに夢を見たあとで、それが叶わずに、私は夢を見たのか、と自嘲して、そんな名前をつけたのですけどね、相も変わらず愚かにも私はやっぱり夢を見ているようです。

そう、夢の終わりが来るのを私は待っている。

愚かにも私は、この人と一緒に生きられるんじゃないかという人と出会って、叶わぬ夢を見たのです。けれど生来のひねくれた性格や、いろんな要因があって、私は怖気づいて、彼の気持ちを尋ねる事もできずにいて、ほとんど諦めかけていて、けれどつい先日、偶然彼と会う機会があって、あまりにも彼が動揺した様を見せてくれたので、もしかして諦めるのは早いのかもしれない、なんて希望を持ちそうになって、相変わらず惑うていたりするのです。

はっきり言ってしまえば、よく分からん。

結末が良いものであるにしろ、良くないものであるにしろ、夢を見たからにはそれの終わりもある訳で。それをどうやって手繰り寄せようか、思案のしどころなのでした。

ちなみに、「光と水と柑橘類」というタイトルは、私が好きなものですよ。普段からサングラスをかけたりして日除け対策しているくせに、私はまぶしいほどの光がとても好きなのです。ついでに水もね。

2011年8月7日(日) No.211


生命の輝き

あまりにも暑いので、できる限り外出しないように心がける日々が続いております。ちなみにそういう訳なので、近頃の昼食はまたもや弁当です。なんか手抜きを覚えたので以前より作るのが楽になりました(爆)。っていうよりも、弁当云々ではなくて、学校に行くのが終わったから、楽になっているのかも。今となってはどうしてあんなに頑張れたのか、既に謎ですねぇ。。。

毎年の事ですが、例えば日に照らされる緑があまりに美しくて、蝉の鳴き声があまりにも生命力に満ち溢れていて、その力に、私はいつもいつも圧倒されているのです。だから何だという事もないのですけれど、力は欲しいなぁ、なんて。

『終わりなのは分かっているのに、行き着くところまで行かないと終わらせられないのは辛かった。どこまで行ったら終わりなのかが見えなくて、半端な希望を持ち続けなければならないのは正直きつかった。』

先週、終わりについて考えていたら、自然と、以前に物事を終わらせたときの事を思い出しました。自分の選択に微塵の後悔もありませんが、笑って済ませられるほど昇華している訳でもなく、我ながら困った事だと思います。本当なら今頃、楽しくハンティングしているはずだったのですが。まあ、動けない現状を選択しているのは私自身なので、誰に文句を言えるはずもなく。仕方ないのですけどね。

今年は何人かの方々に暑中見舞いを出してみたところ、何人かの方々から残暑お見舞いをいただきました。嬉しく、ありがたい出来事でした。

2011年8月15日(月) No.212


夏も終わり

どうにも不安定です。もしかして毎年この時期はいろんな事を思い出して不安定になるのかも。単に暑さ負けしているだけだったら良いのですが、不安定の原因が思い出にあるのだとしたら、一度何かで上書きしないといけないかもしれませんねぇ。。まぁ、体調不良になるから心も弱って、嫌な事を思い出して、無限ループに陥って、淋しさに凍えたり泣きそうになったりする訳で、原因なんてひとつに限った話ではないんですが。

本日は、例年のように花火見物を。今年は震災の影響で毎年恒例の花火大会は中止となり、1ヶ月遅れくらいで鎮魂のための小規模な花火が打ち上げられたのでした。いつものように独りで橋のたもとでぼんやりと花火を眺めていると、やっぱりいろんな事を思い出して泣きそうになります。泣くほどの思い出もないので、これは季節が終わろうとするときの一種の感傷なのでしょう。

過ぎた事ですが、1年前の今頃は、どういう訳か3人の男性に求められたのでした。しかも3人が3人とも本命がいるという・・・(苦笑)。そのお誘いは足蹴にしておいたのですが(注:イメージです)、ひどく気持ち悪い思いだけは残ってしまい、最終的に全てが解決したのは11月くらいになってからの事でした。

その頃に発症した、自分自身に対する拒絶反応のようなものがどうやら今年も発症したようで、いっとき、何でこんなに気持ち悪いのかな、という状態になりましてね。記憶は身体に染み付くものとはいえ、嫌な記憶まで律儀に覚えていなくても良いものを、と恨めしく思ったりして。ちなみに当時その気持ち悪さに参っていた私を、頭をなでなでして(注:イメージです)慰めてくれたのが、現在好きな人ですよ。

過去は過去のものとして、今を生きていけたら良いのですけれど、どうしたって過去の記憶に引きずられるときもあります。夏の終わりはそれが顕著になるのかもしれませんね。

ともあれ、そろそろ9月。こないだの健康診断で腹回りが恐ろしい事になっていたのが発覚したので、本格的にダイエットしてナイスバディを目指そうと思います。

2011年8月28日(日) No.213


会議

労働組合のブロック会議というものがあり、オブザーバーという立場で参加しました。今回は自分のところがホスト役だったので、会場設営やら受付やらもこなしたのですが。

私は今まで組合活動にほとんど関わってこなかったので、オブザーバーというものも何なのか、よく分からなかったのですよね。調べたところによると、要は御付の人って事みたい。発言権はその会議によって認められていたりいなかったりするみたいで、議決権がないのはどこでも同じみたいですが。

そして、せっかく来ているのに何もしないのも何だから、という理由で、オブザーバーだけの意見交換会などというものもあったりして。

今回は、「良い意味でも悪い意味でも目立たない作戦」を決行したのですよ。あまりに的外れな発言をしてもいけないし、かといって「こいつできるな」的な発言もしないように心がけておりました(爆)。まあ、できるな的発言はしようと思ってもできないでしょうけれど。

夜に懇親会があったのですけど、その場でも同じく別の支部から来た女性のオブザーバーの方たちと交流を深める事に専念したのでした。「上の人たちに顔も名前も覚えられる事なくひっそりフェードアウトするぞ作戦」も決行中でしてね(笑)

そういう訳で自分から積極的に動く事もなかった会議は、実際のところ得るものもほとんどなく、つまらないといえば本当につまらなかったのでした。強いて言えば、上の人たちや他支部の人たちの中でダンディな人たちを見て、目の保養ができたくらいでしょうかね(苦笑)

さて、このまま「ひっそり作戦」を続行する予定のはずの私の組合活動なんですが、実はちょっとジレンマが。来月にリーダー研修というものに行く事が決まっているんですが、その中身が実に面白そうなのですよ。就業規則とかの勉強やらディベートやら。私はそういうものが大好きでしてね。そうした場に行ったら出しゃばってしまいそうだなぁ、なんて。好きな知識を得る機会に喜んで質問とかいっぱいしてしまいそうだし、グループで活動するときには仕切ってしまいそうな気がすごくするのですよ。結果として目立ってしまいそうな気が。

まあ、全国から合計で48名参加者がいる訳で、各支部から選ばれて来ている人たちだから、きっと私ごときが出しゃばらなくても仕切りたがりの人がいるはずだ、と楽観的希望も持ちつつ、しかしそういう人がいなかった場合、どうしたものかなあ、なんて少しジレンマに捕らわれたりもしているのでした。実際のところどうするかは、その場で決めます。楽しめる事をわざわざ楽しまないのも変な話だと思うしね。あと、その研修は東京であるのですが、それが終わった後、どこかへ出かけようかな、なんてのも楽しみにしているのですよ♪

2011年9月11日(日) No.214


不調

仕事が忙しかったので、なんだか疲れ気味でした。まあ、一番忙しい時期は終わったので、これからは大丈夫だと思いますが。

誰と話しても、明るく楽しい話ができなさそうなので、誰にも会えなくてちょっと淋しいです。どうしたらいいのかしらん。まあそんな時もあるだろうという事で、引きこもっています。

2011年9月18日(日) No.215


何という事はないけれど、

あまりにも書く事がなさすぎて停滞気味です。といっても別に毎日つまらない訳じゃないし。多分、失って初めて分かる幸せって、こういうものなんじゃないのかしら?

ただ。
やりたい事をやろう、と思います。
天を仰いでその高みに少しでも近づけるように。

会いたい人に会おう。
行きたいところに行こう。
読みたい本を読もう。
話したい事を話そう。
楽しみたい事を楽しもう。

全てを諦めるには、私はまだ若すぎる。

やりたい事を、やろう。

2011年10月3日(月) No.216


今年も

金木犀の甘い香りを今年も楽しんでいます。

他には・・・、書く事がないですね(苦笑)。

2011年10月11日(火) No.217


回遊魚→深海魚→?

相変わらず書く事がない日々を過ごしていたのですが、あるときこれは進化だ、と思い至りました。

以前はとにかく、ずっと泳いでいなければいけない回遊魚みたいだったのが、最近は、じーっとしている深海魚みたいだと気付き、これは新たなる進化だ!と考えていたのですが。

ここ1週間くらい、季節の変わり目なのか風邪を引いたのが原因なのか、仕事中でも何でも眠くて眠くてどうしようもない、という状態でした。で、眠いので、眠らないために刺激を求める日々を過ごしておりましたよ。

まあ、そんな事があっても、書く事がないのは変わらないのですけどね。別に何もしなくても焦ってないからいいんです。何かを欲しがるのは、その分何かを失っているから。何も欲しいと思わない今の状態は、何も失ってもいないのでしょう。

2011年10月24日(月) No.218


停滞期終了

少し前に書いた、組合のリーダー研修に参加しました。大変楽しかったです。「ひっそり目立たずフェードアウト作戦」は、結果として大失敗でした(笑)。なんかディベートが、少しだけ本格的だったので、つい嬉しくて知識を披露してしまったというか、はしゃいでしまったというか・・・。まあ、楽しかったので良しとします。

あとは、TDLでパレードを見たり、横浜トリエンナーレに行ったり。関東地方に住んでいる友人とも会ってお話できたし、大満足だったのです。

なんだか、停滞期が終わったような感じです。楽しくて、エネルギーに満ち溢れていて、何でもできるような気になっていて。それは、傍から見ればとても良い事だと思うのですが、私自身はそれをひどく怖いと思っています。何故ってこれは、一種の振り子状態で、こんなにテンションが上がってしまっては、いずれ来る揺り返しがひどい事になるだろうと予想できるからです。

と言いつつも、今現在楽しいものを無理に楽しくない状態にしようとは思えず。思えば、停滞期の頃は、日々を楽しいとは思わなかったけれど、つまらないとも思わなくて、ただひたすら安定していて、とてもとても安心していられたのですよねぇ。日々が楽しいと、揺り返しを恐れてその分不安になって、不安定になるのはなんとも皮肉なものです。

そういえば、あまりに運動しないので、ちょっとは動いてみようと車通勤を止めました。とりあえずバス+徒歩通勤で。朝はバスと徒歩ですが、帰りは完全に徒歩だけで帰宅しています。経路検索などで調べてみると、会社⇔自宅は6、7キロくらいなのですよね。そしてその距離を1時間で帰宅したので、どうやら私は、時速6キロくらいで歩いているらしいと計算したのですが。

我ながら歩く速度が速いですね(笑)。確かにかなりの早足で歩いている自覚はあります。まあ、歩ける靴で、荷物をリュックサックみたいにしていれば、の話なんですが。そして独りの場合なら、脇目も振らず、結構早足で歩けるんですよ。ただし走るのは駄目だし、少しでも上下運動が入ると途端に心肺機能が悲鳴を上げます。。

でも、やっぱり毎日1時間歩くのはきついかもしれないので、自転車通勤も視野に入れているのですが、このところ自転車の交通ルールが厳しくなってきた事と、運動音痴なので自転車のスピードに対応できる自信がない事で、少々購入を躊躇うものがあるのでした。

とりあえず、当分の間、通勤を頑張ります!

2011年11月2日(水) No.219


のほほん

とりあえず徒歩通勤は続いています。

せかせかと一生懸命歩くのと、のほほんとのんびり歩くのでは5分から10分くらい差があっただけだったので、のほほんと歩く事にしました。多分消費カロリーは一生懸命歩く方が高いのでしょうが、そんなにいつも一生懸命だと体力も気力も持たないので。

歩く事で見えるものがありますね。街中のお菓子屋さんやお惣菜屋さん、農作物の路上販売などなど。それからアート作品などのオブジェ。オブジェの説明書きはふむふむと立ち止まって読みましたが、他は美味しそうね、と思いつつも素通りです。だってなんか、歩くモードになっていて、寄り道モードじゃないんですもの。

あとは、堤防道路に出るための裏道散策。普通に大通りを通って橋を渡っても良いのですけど、堤防下の道路を歩いていると、そこかしこに堤防の上に出るための生活道路的裏道があって、いちいち通り抜けてはひとりで悦に入っているのでした。

軸を頭から身体へ移す、というのがあって、究極的に私はそれを目指しているのです。お遍路さんをやったりすると、悩み事は全然解決していないのに、何故か悩まなくなるというのがあったりするらしく、つまりそれが頭から身体へ軸が移ったという事なんだそうですが、私もいろいろ考えすぎのきらいがあるので、そんな風になれたらいいな、なんて。

歩いているせいで軽い筋肉痛が断続的に起こっているのか、足のリンパ液の流れが滞っているようで非常に気持ち悪いです。筋肉がもっとついたらこれもなくなるのかしらん。いろいろアドバイザーが欲しいところです。

2011年11月9日(水) No.220


暑いやら寒いやら

まだ徒歩通勤は続いています。せっかくなので、専用の靴を買ってみました。なんか、それを履いて歩くと消費カロリーが増えるとか筋肉を使うとか、そういう靴。どこのメーカーがいいのかとかが全く分からなかったので、お店にあったそういう靴を全部試着して、一番気に入ったのを買いました。

とりあえず、靴底が平らでなくて、例えば信号待ちで立ち止まっている時に、ぐらぐらします(爆)。この不安定感が歩く分には良いのかな、と。

そして朝は、そこまで早く起きるのが駄目なので、やっぱりバス通勤なんですが、とにかくバスは時刻どおりに来ない。例えば自分が乗る停留所に4分遅れで来たとして、その後もどんどん遅れていくので、その遅れを見越して時刻の計算をしないといけないのでした。やっぱり朝も歩くのがいいのかな、と思うのですが、とりあえず現在は眠気に負けています。

だんだん寒くなってきましたけど、歩いていると暑いんですよ。汗をかきます。なんですが、立ち止まると寒い。おまけに汗をかいているくせに肌の表面は冷たいので、どんな服装をしようか困ってしまいます。

とりあえず、なんだかんだでまだ歩いているというお話。

2011年11月16日(水) No.221


またもや

気を抜くとここの更新が滞ってしまいます。ごめんなさいです。

最近の出来事は、、、まず、徒歩通勤。
1ヶ月経ちますが、専用の靴を履いたら、ふくらはぎがぱんぱんに腫れてしまいました。つまり筋肉をそれだけ使っているという事なのでしょうが、正座をしたりしゃがんだりしたときにひどい違和感がありました(笑)。しばらく休ませた方がいいかな、と思い、1週間バス通勤をしてみたら治ったのですが、どうもすたすたと歩くとふくらはぎを使うようですね。別に筋肉痛ではないのですが、足が太くなるのは嫌なので、なにか良い手はないものかと考え中です。

ここ3週間くらい交流をしている人ができました。とある事で知り合ったのですが、話していると面白いので続いています。で、その人が自分の事を面倒臭い人だと言っていたのですが、確かに面倒な人でもありました。なんですけど、面倒とかっていうのは、結局関係性の問題なんだよな、とも思いました。家族やら恋人やら友人っていうのは、根本的に面倒な存在なんですよね。その面倒を許している人間関係な訳です。そういう関係ではないと認識しているのに、そういう関係であるかのような振る舞いをされるのが、人間関係において面倒と呼ばれるものなのかなぁと考えました。

まあ私も大概面倒な人ですが。私が人を面倒だと思うのは、甘えてこられるときですかね。どう反応すればいいのか判断に迷うような事が何回かあると、困って面倒になります。つまりそれは、その人の望む反応を、自分がまだ探せれていないのに、瞬間的に判断しなければならないとき、なんでしょうね。自分に余裕がないときは、全部面倒なんですが(苦笑)

あとは、、毎年の事ですが、12月なので胃が壊れ気味で、精神的に少々不安定ですね。寒い時期はどうにもダメダメです。とりあえず今日は、久々に作った味噌汁がとても美味しかったので、しみじみと幸せを感じていましたとさ。

2011年12月5日(月) No.222


丁寧に歩こう

ちょっと悲しい事があってしくしく泣いていたら、次の日には胃が痛くなりました。相変わらず12月はこんな風なんですね。というか、精神面が弱すぎです、私。

といっても12月は忙しいし、人と会って食事をしたりする約束もあるので、悲しんでばかりはいられず、強制的に気持ちを切り替えるべく髪型を変えたり、人と明るく接したりしてみたところ、見事それに成功しました。

でも喜んでもいられないような。何かこれはいつものパターンのような気がするのです。無理にテンションを上げて、楽しく過ごしていて、いつの間にか無理が重なって寝込んでしまうのがいつものパターンなので、無理をするのは止めようと心に誓っていたのですが、でもやっぱり、素直に悲しむのは辛いのですよねぇ。それに、自分ひとりで落ち込んでいるのならまだしも、人と会うのであれば明るく接したいですもの。

そんな訳で、現在は明るいのですが、今月が終わる頃にはどうなっているやら。早いうちに思う存分悲しめる環境を作らねば、なのですが。

そうそう、整骨院というところに行ってみました。歩いているうちに左の股関節に変な違和感があったので。股関節に異常がないなら、骨盤矯正でも姿勢の歪みチェックでもしてください、と行ってみたら、複雑に歪んでいます、と言われてしまいました。

重心が右に片寄っているのですよ、私は。結果として右足より左足が長く、右肩より左肩が上に上がっていて、首の可動域が右が大きすぎて左が小さすぎるという事になっているのでした。股関節の違和感も、足の長さが違う事で起こっていた事だったようです。

で、少しはそれを治してもらって以来、足を組む事も膝を立てる事もできず、仰向けで寝るときは左肩も布団にしっかりつけるように意識しているせいで、妙に疲れています(笑)。歩くときも重心が右に片寄り過ぎないように意識したら股関節の違和感はほとんどなかったのですが、全然すたすた歩けませんね(苦笑)。

まあ本来は、意識しなきゃいけないんだろうな、と思います。という訳で当面の目標は、丁寧に歩く事。いつもいつも、脇目もふらずにまっすぐ前を見て歩いていたから、そうじゃなくて、足元を注意して意識して、ゆっくりでも正しく歩かなきゃ。あ、なんか、人生の教訓みたいだと思いました。

とりあえず、のんびり楽しく、頑張ります。

2011年12月12日(月) No.223


首を寝違えたのか、左側に首を曲げると激痛が走る事となり、まあそれでも痛くない体勢を見つけて仕事などをしていたのですが、だんだん気分まで悪くなってきたので、足の事でお世話になっている整骨院にまたもや足を運びました。

結果、2日間でほとんど治りました。

マッサージやら鍼やら電気やら、いろいろやってもらって、本当にすごく効果があったので、感激しきりです。

で、わーい、と喜んでいたら、今度は左の顎が痛くなりました・・・。

左の顎関節症は、すぐに治ったのですけどね、どうやら右側に重心をかけていたのを治そうとしているので、左にいろいろ出ているみたいです。まあそんな事もあるだろうと思いますよ。そんなにすぐに治るんじゃ、もともと複雑に歪みなんてしませんしね(笑)

そういえば会社の人と食事に行ってきました。以前は私、会社の人と飲みに行ったりするのが苦手だったのですよ。理由は上手く言えないですけど、何をどこまでそういう場で話していいのか、とかが分からなかったりしたので。今は、少しは大丈夫になったのかな。とりあえず行ってみたいお店があったので、たまたまお誘いしたら、いいですよ、と行ってもらえたので、その人と楽しく食事をしたのでした。

寒いですね。節電か何かで暖房の温度が低くなっているので、震えながら仕事をしていたりします。

2011年12月21日(水) No.224



新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

年末から引いている風邪が未だに治っておらず、全然すっきりしない年明けとなりました。咽喉は腫れるわ鼻づまりだわで、なんだか出かける気にもなれず、引きこもり真っ最中です。

まあ、年末の仕事納めの日に、食料をたんまり買い込んで、少なくとも大晦日が終わるまでは引きこもれるように準備はしておいたので、全く問題はないのですが。今は年賀状が来ていないかを確認するために外の集合ポストを見に行くのが唯一の外出(?)です。

さて、例年のように33歳の誕生日はひとりで豪華ディナー、とはならず、人と食事をしていただきました。33年間で最上級の、満ち足りた幸せな誕生日でした。その人には本当に感謝です。

今年はようやく、厄明けなのです。ここ5年間ほどは、厄だったりダイサッカイだったりと、実にろくでもない年であるとあらゆる占いに宣言されていました。そして実際その通りだったような気もします。死にそうになったし、死にたくなったし。でも、その間には、とても好きな人ができたし、たくさんの人と出会えたし、たくさんの知識や興味深い事とも出会えたしで、本当のところ、どこまでろくでもない年だったかは分からないのですが。

今年は、著しいエネルギー切れも多少は改善された事だし、もう少し動いてみたいと思います。といっても、どこまで頑張れるかは分かりませんが。ただ、私はやはり、欲しいものがあるのです。手をつないで、一緒に歩いていける人が、私は欲しいのです。欲しいものを手に入れるまでは、私はやはり惑うだろうし、泣くだろうし、死にたくもなる日もあるでしょうが、それでも、いつか穏やかに笑える日が来ると、信じたい。自分はそれを、手に入れる事ができると、信じたい。

とりあえずは、風邪っぴきを早く治して、初詣に行きたいですね。それから買い物かな。

皆様、今年もどうぞ宜しくお願いします。

2012年1月2日(月) No.225


怖かったり楽しかったり

以前書いた、11月くらいから交流している人に会いに行ってきました。

会う事で、ようやく彼の情報を全て一致させる事ができました。なんというか、メールや電話だけで交流していると、彼の内面を知る事はできても、どうにもいろいろな情報がちぐはぐになっていて、上手に統合する事ができなかったのですよ。基本的に彼は良い人なんですが、時々ブラックになったり、普通に大人なのに、時々子供過ぎる面が出てきたり、素なのか冗談なのか、どう反応して良いのか一瞬困る事を言ってくれたりしていたのです。で、私の中でこの人はいったいどういう人なのかが本当に判断できなかったので、一度会ってみる事にしました。

会ってみて、それら全てを併せ持つ、一個の人格として彼の情報を統合できました。まあ彼は、外見からしてかなりちぐはぐな人だったので、なるほどそういう人なんだな、と私の中で密かに納得でき、やっぱり直接会うって重要だよね、と思ってみたり。

彼は埼玉に住んでいるのですが、せっかくなので今回は車で行ってみました。行きは中央道、帰りは東名・名神を利用して。一度関東地方まで高速道路を使って行ってみたいと思っていたので、良い機会だとそんな事をしてみたのですが、楽しかったです。ただ帰りにどういう訳か強烈な睡魔に見舞われ、死ぬかと思いました。居眠り防止用の路面になっていたりしたので、その辺りで眠くなるのは私だけではないようなんですが、危ないし怖かったので、多分二度とやらないと思います。

そんな訳で、楽しかったり怖かったり。ようやく風邪も治ったので、人づきあいにしても何にしても活発になろうと思います。

2012年1月17日(火) No.226


頭がいっぱいってこの事

2月上旬に旅行に行く事にしたので、その準備に追われています。

一応、宿と往復の交通手段は手配済みなんですが。

旅行代理店でホテルと往復交通手段がセットになったパックもあったのですが、私がひとりなので、ものすごく高額になってしまうのですよ。なので今回は全て個人で手配です。最近は良い時代になりましたね。何しろネットという手段があるので。

私が初めて泊まりがけの一人旅に出かけたのは、今から14年くらい前の話なんですが、そのときはまだほとんどネットなんて普及していなくて、当然私もネット環境になくて、ぶ厚い時刻表の該当ページを隅から隅まで読み読み、高速バスやら限定列車やら少しでも乗り継ぎの良い列車やらを探しまくり、それを代理店に持ち込んで予約などをしてもらった記憶があります。

今回の旅行先は、列車の接続が悪く、本数も少なく、バスを使う事も検討したかったので久方ぶりにぶ厚い時刻表を手にしたのですが、欲しい情報を探すためだけでなく、ただ読んでいるだけで実に楽しいです。昔は暇つぶし(笑)に、時刻表片手に架空の旅をやってみたりもしたものですが、本当に楽しいものですね。今のように出発地と目的地を入力して最短・最速ルートを出すのも良いのですが、自分で工夫して、あれやこれやと考えるのは心が浮き立つというか、これぞ旅の醍醐味!という感じがして私は好きなのです。

そんな訳で、あとは道中何をするか、という事を詰めれば良いのですが、適当な体験ツアーをやろうと思っているのですけどね、最小決行人数は2名というのが大半なので、申し込みが私だけだったらそのツアーは行われない訳で、うーん、おひとりさまの悲哀・・・(苦笑)という訳なのです。別に1名だっていいじゃん、何で2名様からなのさ、と思ってみたりするものの、まあツアー会社にも採算性があるでしょうからね、仕方ないんですが。もうちょっといろいろ探しつつ、考え悩み楽しむ日々は続きそうです。

2012年1月24日(火) No.227


寒い寒い

雪がちらつく日が多いですね。寒いせいと空気が乾燥しているせいで、またもや風邪を引きそうです。

さて、相変わらず旅行の準備をしているのです。先日はようやくキャリーケースを買いました。そういうものも買った事がないので、勝手が分からないのですよねぇ。いろんなお店でいろんなものを見て、まあこんなところかな、というものを買いました。今回行くのは国内ですが、海外でも大丈夫なものなので、次の夏くらいにこのキャリーケースを持って海外旅行にでも行こうかな、なんて思ってみたり。わーい、夢が広がるって楽しいなぁ。

そんな訳で来週の今頃は旅行の真っ最中です。相変わらず寒波が来ているらしいので、飛行機が欠航になっちゃったらどうしよう、とかいろいろ心配事はあるのですが、まぁなるようになるでしょう。ひとりというのはこんなとき、小回りが利いて良いものです。行き先はまだ内緒。帰ってきてから報告します。

では、無事を祈っててください。

2012年1月31日(火) No.228


旅行

旅行からは無事戻ってきていたのですが、ちょっと冬眠モードに入っていたのでここの更新が遅れました・・・。

さて、出かけた先は北海道のニセコでした。5泊6日で、旅の目的はスキーと温泉。

なんだか今回は、やけに気力を使う旅でした。まあ空港からニセコまでレンタカーを使って移動していたり、下手なくせにスキーをやっていたりしたので、当然といえば当然ですね。

なんかね、私のスキーの実力は初級者なんですよ。でも初級者コースよりもファミリーコースとか、そういうところが一番安心して滑れるくらいの、本当に下手っぴーなレベルなんです。でもまあ、せっかくだから山の頂上付近まで行って、そこに用意されている初級者コースを滑っていたんですけどね、どう見てもこれは初級者コースには見えない、というくらいのすごい傾斜角度の斜面とかあったりして、でもそこまで行ったら滑るしかないから気合いを入れて滑っていたんですが、そういうので気力を使いました(笑)。

スキーの初日はスクールに入ったんですが、そこで体重移動のやり方とかが分かったんですけど、ついでに転ぶパターンも分かったんですよ。つまり、スピードが出すぎて怖いときっていうのは、足ばかり前に出ていて身体がスピードに着いていっていなくて仰け反ってしまっているときというのが分かったので、怖くとも身体を前に倒して足に力を入れて、というのを心がけていたのです。で、逃げるな!前へ出ろ!攻めるんだ!と自分に言い聞かせていたのです。非常に楽しかったのですけど、滑り終わったあとは、ふいー、という感じでした。

冬の北海道で車を運転する事も、いろんな人からずいぶん驚かれたのですけどね、他に方法がなかったので決行しました。結局、路面状況が悪いときの運転の仕方なんてどこも変わらないので、普通に運転できましたよ。吹雪のときの視界の悪さや、陰影がなくて方向感覚がなくなってしまう場面ではびびりましたが、まあ、良い経験ができました。

そうそう、他に方法がなかったと書いたのは、私がコテージに泊まったからです。コテージからスキー場やその他の場所に移動する手段として、どうしても車が必要だったのでした。ニセコにもレンタカー屋さんはあったのですけど、格安のところは空港にはあってもニセコにはなかったので、必然的に空港・ニセコ間もレンタカーで移動となったのでした。

そんな訳で楽しくも気力を使った旅でした。久方ぶりに飛行機に乗ったし、もっと久方ぶりにスキーをしたし、綺麗な雪景色を飽きるほど見たし、毎晩温泉三昧だったし、大変満足です。旅は良いですね。またどこかへ行こうと思います。

2012年2月15日(水) No.229


あたる

最近、いい意味でも悪い意味でも「あたる」事が頻発しています。

スキー場でゴンドラに乗ったら、出口のところで係員さんがゴンドラの中にあるカードを指していて、そのカードをふもとのカフェに持っていくとチョコレートがもらえるというものでした。どのゴンドラにもそのカードがある訳ではないそうで。で、めでたく大仰な板チョコを手に入れたという事がありました。

新千歳空港で初音ミクの展覧会がやっていて、友人でそういうのが好きな人がいるのでメールでその写真を送ったんですが、ガチャガチャで手に入るミクのフィギュアが欲しいとメールされましてね、実はそのガチャガチャは北海道土産が8種類入っていて、ミクは8分の1の確率で手に入るものでした。で、飛行機の搭乗時間まであまり時間がなかったので、1回だけやってみたら、なんとその1回で望みのものが出てきた、という事がありました。

会社の自販機でりんごジュースを買って、普通に飲んでいて、何の気なしに賞味期限を見たら、賞味期限切れという事がありました。まあ、別に変な味もしなかったのですけどね。

同じく会社で、ちょっと人と話しながら後ろ向きに歩いていたら、廊下に会ったゴミ箱(苦笑)に激突した事がありました。

・・・という、いろいろ「あたる」事があったので、宝くじを買ってみました。まあ、買った次の日には買った事を忘れていたのですけれど。

そんな訳で、なんかちょっと怖いのですよ。事故とか食中毒とか、そういうのにあたる気がして。そんなのは気の持ちようだと思うんですけどね。

いろいろ惑わされて楽しい日々です。

2012年2月20日(月) No.230


風邪或いは口裂け女のふり

自転車を買いました。ミニベロという種類のスポーツバイクです。

歩くのにも疲れたというか飽きたし、かといってバスは本当に時間通りに来ないし、でも車は本当に運動しないから嫌だし、という訳で通勤の選択肢に自転車が浮上したのでした。

会社の近くの自転車屋さんに行って、こんな感じの自転車が欲しいんです、と言ったところ、カタログを渡されたのでそれを眺めたところ。目に留まるのが折りたたみタイプのような小さい自転車ばかりだったので、どうやら私はそういう小さい自転車が可愛いと感じているようだ、と気付いたのでした。元々欲しかったのは、クロスバイクという街乗り用スポーツバイクだったのですが、それを見てもどうにも欲しいとは思えなかったのです。それでミニベロが可愛くて格好良いと思っているらしいと気付いたとき、クロスバイクは可愛くなくて格好いいけど怖いと思っているらしいと気付き、食指が動かなかった理由が分かったのでした。

さて、注文してから何日かして納車したので早速引き取りに行き、乗って帰ってみると。タイヤが小さいので安定性が低い事が判明しました。何かふらつくのですよ。ただし変速機がついているのでものすごくよく走ります。そして本当に疲れない。会社⇔自宅は街中を走るので、そこまでのスピードが出せないのが残念なんですが。

で、早速。負傷しました。。。

裏道を走っていたのですが、後ろからトラックが来て、非常に狭い道なので威圧感にびびり、バランスを崩して転んだのでした。右側に腰か胸くらいの高さの壁があり、その壁の上に顔と手をこすってしまったのでした。当初は右手指の関節が全滅して血みどろになっていたのですが、一晩経ったら顔が腫れて、内出血が徐々に出てきて、自分で見ても痛々しい顔になっていました。心配かけるのは本意じゃないのでマスクをして出勤したのですが、やっぱりいろんな人から心配していただいて、病院に行きなさいといろんな人から言われ、仕事中に(緊急の仕事がなかったので)行かせてもらったのでした。

やれやれです。本当なら颯爽と自転車で登場して、その自転車を可愛いとか格好良いとか言ってもらうつもりだったのですが、私がそんな風なので皆さんまず私の心配をしてくださって。ありがたいのですけど、とっても残念。

まあ結局私にそれだけの力がないから転んだり怪我をしたりする訳で。その力が身につかないうちはこれからも怪我をしたりする事はあると思います。痛い思いをしないと身につかない事はあると思うしね。そういうのも折り込み済みで自転車に乗っているので、まあいいんですよ。

そんな訳で当分は外出するときマスクが手放せなさそう。本当は会社で口裂け女ごっこをやりたかったのですけど、皆さんがあまりにも真剣に心配してくださるのでそんな遊びはできなかったのでした。

2012年2月27日(月) No.231


顔と手を負傷してから1週間が経過しました。傷の治りは順調です。

だいたい1週間でこのくらいは治るだろうと予想していた、その通りくらいには治っているので満足です。ただひとつ予想外だったのは、口内炎。顔をぶつけたときに口の中も切っているのですけど、当初は全く痛くなかったのですよ。時間と共に唇の端がひどく腫れあがってしまって、目の下の内出血と頬の腫れと合わさって本当にDV被害者みたいだったんですけど、でも痛くなかったんです。もちろんそこに傷がある事はよくよく承知していたのですけどね。

ところが時間が経って、腫れが引いて、口の中の傷もでこぼこから滑らかになってきたな、と感じ始める頃からとにかく痛くて。何かを食べるのも飲むのも歯磨きをするのも痛い。でも食べたい。という状況でした。

そんな状況でもめげない私は、痛くない食べ方を模索し、とても人様にはお見せできない体勢やら何やらで、とりあえず食べたいものを食べていたのでした。まあ結局これも一種のゲームみたいなものですよね。人生楽しんだもの勝ちだと思っていますので。

とりあえず傷を受けた口腔粘膜が死滅していて、再生するまでは痛いのは承知しているので、早いとこ治ってくれないかな、と。

さてこの1週間で本当に本当に、よくよく分かったのが、人がいかに人の顔を見ているか、という事でした。多分怪我をしたのが手だけだったらここまで大騒ぎにならないんじゃないかと思うくらい、皆さん大騒ぎして心配してくれましてね。私としては顔の怪我は見かけが派手なだけで、より重傷だったのは手の方だったのですけれど、皆さん見事に顔の心配をしてくださいましたわ。結局目につきやすい箇所なんでしょうけど、良くも悪くも顔は人の注目を集めやすいという事に、ありがたくもしみじみと納得したのでした。

2012年3月5日(月) No.232


1年前の事

東日本大震災から1年。各メディアで報道がありましたけど、あまりにも自分がその頃なにをやっていたのか覚えていないので、はてそれは何故だろうと思い返してみたら、その頃は卒論がようやく終わって抜け殻になっていた時期だったから、という理由に思い至りました。

あの頃の記憶は曖昧です。確か仕事中にいろんな人の携帯電話から緊急地震速報が鳴って、強い揺れが来て、それであとは普通に仕事をしていたような。関東地方の友人から電気だか水道だかが止まって洗濯ができなくなったというメールがあったかな。TVを見ないから津波の被害がどれだけなのかを知ったのは2日後くらいで(つまりその間新聞には写真が出なかったか、私が新聞を読まなかったか)、もしかして大変な事が起こっている?と実感したのは地震発生から相当遅くになってからでした。

あのときの、ざわめいた、浮ついた、落ち着きのない雰囲気を、ぼんやりとしていた中で、なんとなく覚えています。

地震の恐怖も放射能の恐怖も、計画停電の不自由さも、私は多分、なにひとつ肌で味わっていない。安全に気を配るべき幼い子供もいない。だからその辺りの意識の差は、被害を目の当たりにした人とはものすごくあると思います。なにか、そのあたり、日本全国、全員が同じ感覚であれと強制されているようで、近頃の「絆」という擦り切れた感のある言葉も私には温度差があります。どの道、今は被害のない私が住む地域も、北陸地方の原発がどうにかなったら2時間で放射性物質が飛来するそうで、決してひとごとではないんですけどね。

さて、地震とは無関係に、快適な自転車通勤を楽しんでいます。傷はかなり治りました。自転車を走らせていると気持ち良くて、その気持ち良さをもっと味わいたくて、もっともっと、とペダルをこいでいると、息切れを起こす有様。もっと体力をつけたい今日この頃です。

2012年3月12日(月) No.233


何事もない日々

4月から他支部に転勤となる年上の後輩と食事をしました。1週間の中で何かがあったとすれば、そのくらいですかね。

彼女は、なんだか仲良くしてくれて、最近では同じ自転車通勤をしているのでその話をしていたり、同じくひとりで旅行に行ったりするので、そういう話をしていた人です。会社の中でそういう、おひとりさまを楽しんでいる人はなかなかいなくて、もうちょっといろいろご飯を食べに行ったりしたかったな、と転勤が少し残念なのですが、でも、何でもできる人なので、どこに行っても頑張って欲しいな、とも思ったり。

転勤も何もない私は、とにもかくにものんびりしているのでした。

最近は、とある事が原因で不安定になりやすくなっています。原因は分かっているのです。今すぐにその原因をどうにかする事ができないだけで。もう少し、もう少しだけ頑張れ自分、となだめなだめて過ごしています。

2012年3月19日(月) No.234


うーん

なんとなくぼーっとしているので、ここの更新を忘れがちです。。

さて、最近あった事は、、去年までいた研究室の人たちに、卒業式に会いに行って、女性限定ですが花束を渡してきた事ですかね。すごく自己満足の世界だとは思いましたが、やってみたかったので。喜んでもらえて良かったです。

あとは、好きだった人とお友達になりました。どういえばいいのか少し難しいのですけど、私は彼の事が好きだったけど、何故かすごく怖くて、どうしても手を伸ばせなかったのですよ。でも好きだったので傍にいたくて、ときどき遊んだりもしていたのですけど、このところ無視されていて。友達としてだったら傍にいてあげるよ、なんて言うので了承したのですけど、まぁ、体のいい断り文句ですよね(笑)

ふられちゃったので、彼への気持ちはそこでストップで、それでいいんですけど、今後この彼とどう付き合っていくべきかなぁ、と頭を悩ませたりしています。私は、彼とどうこうなる前に楽しくお話をしていたときが好きだったので、できればそういう関係になりたいんですけどね、彼がどう見ても私に未練たらたらだったので、下手をすれば都合の良い女になっちゃうし、私が傷つくかもしれないし、もっと言えば私は彼を傷つけたいんですよね。でもまぁ、それは健全ではないし、彼が傷つく事は百歩譲っていいとしても、私がそういう人になりたくない訳で。そうやって憎しみに捕らわれるのは、私自身を貶めるものだと分かっているので、止めておいた方がいいよなぁ、と他人事のように思っているのでした。人を呪わば穴二つ、なんて言いますしね。でも時々、許せない!という気分も沸き起こってくるので、どうしたものかなぁ、と。

そんな気持ちになっちゃうのも、自尊感情が正常に戻っていないせいかな、とは冷静に分析しているのですが。このところ自傷感情が強くなっているので、ちょっと困っているのです。以前付き合っていた人と別れた後よりかは、今回は傷が浅いはずなので、まぁ大丈夫だとは思いますよ。普通に生活していますしね。

まぁ、人生にはいろいろあるって事で。

2012年4月3日(火) No.235


うーんうーん

相変わらずぼんやりしてしまっています。といっても、仕事が忙しいのもありますが。

例の彼の事なんですが、今回は実に早く思い出し怒りが発生しました。それで、彼と話をしたあとは、恨んでも憎んでもいないし、見下されているとか馬鹿にされているとか許せないとかは思ってない、と思っていたんですが、やっぱり彼は私を、馬鹿にしてたし見下してたよなぁ、と考え、恨んだり憎んだりしちゃうかもなぁ、なんて思い、許すもんか許すもんか許すもんかー!!!と気炎を吐いたところで面倒になり、怒りを終了させたのでした。

で、思ったのは、なるほどこれは良い感情処理の方法だな、という事。

いつも怒りなどを感じてもそれを認識しないようにしているから、私の感情処理は心に負荷がかかるのです。それは、その怒りが正当なものなのか、判断に自信が持てないから、なのもあるのですけどね。今回は話を聴いてくれた友人が怒ってくれたので、安心したというか。持つべきものは良い友人ですな、感謝です。

結局ね、エゴとエゴのぶつかり合いなんだから、望みが叶わない事は多々あると思うんですよ。理不尽で納得のいかない事なんて、いっぱいあるんです。そういうときは、望みを持っていた事自体、忘れてしまうんです。許せないと思った事そのものを忘れてしまうんです。事実は覚えていてもいいけれど、感情を忘れるようにするんです。許す許さないはどうでも良くて、怒りに捕らわれないようにする事の方が重要だし、怒りを憎しみに育ててしまったらそれこそ取り返しがつかないので。

それにね、許さない許せない、と思っていると、相手が私に許しを乞う事を願ってしまうけど、自分が望む形で相手が謝罪するなんて絶対にないんだから、何故ってそれは、相手がどんな形で謝罪しても許せないんだから、そんな不毛な願いは捨てた方が良いんです。

という訳で、怒りを認めた上で眠らせ、今回の騒動は幕を閉じたつもりです。彼にはもう、会わないと思いますよ。5月に会って食事をしようと約束はしましたが、彼を傷つけたいという願いに気づいてしまった以上、会わない方が良いなぁ、と。私から連絡しなければ、彼から連絡はないでしょうしね。

そんな事を考え、一応今回も縁切り神社へ。私の中の恨みや憎しみや自傷感情と縁を切り、いとおしさや自尊感情と縁を結ぶ事を願ってきました。それからお花見。京都の桜は満開の一歩手前でしたが、宴会客の喧騒や、屋台のにぎやかさを楽しみ、夜間拝観をやっていたお寺を見てきました。往復4時間くらいの電車の中では久しぶりに読書を楽しめたし、良い週末でした。

2012年4月11日(水) No.236


あらら

なんだか、タイトルを考えるのが難しいです。

さて、最近は仕事が忙しいです。4月から仕事の分担が変わったので、新しく覚える事が満載なのですよ。

という訳で、今回は短いですけどこれにて。まあ結局、書く事が何もないんです(苦笑)

2012年4月17日(火) No.237


暑い

この間まで寒かったというのに、今では実に暑いですね。毎朝自転車で通勤していると、会社に着いたときに汗だらだらです。なんか、着替えているときに鏡を見ると、顔が赤いんですよ(笑)。自転車は、走っているときは実に気持ちいいんですが、止まった瞬間に汗が噴き出てくるんです。今からこれじゃあ、もっと暑くなったとき、どうなる事やら、ですわ。

そういえば、父方の祖母が、なんと100歳になったそうで、内祝いが実家に届いたとか。4人の祖父母のうち、存命なのはこの祖母だけなんですが、なんとまぁ。ちなみに祖母は、明治45年生まれ。同級生には明治45年と大正元年と大正2年の生まれがいるんだそうです。昭和63年と昭和64年と平成元年の生まれが同じ学年にいるのと同じ事なんですが、祖母にしてみれば、明治生まれというとすごく歳を取っているかのように思われるから、大正生まれがいいんですって。それを聴いたとき、ずいぶん歳を取ったというのに、なんとまあ可愛らしい事を言うお祖母さまだと思ったのでした。

もしかして私にも長寿の遺伝子が組み込まれているのかもしれませんが、100歳だなんて、ねぇ。年齢を3倍してもまだ足りませんな。だいたい長生きした分、親しい人を見送る事も増えるんだしねぇ。。祖母も、自分の子供をひとり、子供の連れ合いをひとり、もう見送っているのですよ。それを思うと、長生きするのも考えものだなぁ、なんてね。こればかりは天の采配なんでしょうけれど。

さて、長寿に思いを馳せたところで、なんだか淋しいです。淋しくなくなるためには、本当に一体どうしたらいいのかしらん。定期的にやってくる淋しさから逃れようと、私はいつも足掻いている気がします。淋しくないときは本当に全然淋しくないんですけどねぇ。本当に一体、どうしたらいいのかしらん。

2012年4月25日(水) No.238


身体は生きろと言ってる

「KOTOKO」という映画を観ました。Coccoという歌手(?)を私はずっと好きでいるのですが、その人が主演だったのです。

で、まあ、観に行ってみたのですが。ちょっときつかったです。

多分、統合失調症の人の内面を表しているのだと思うのですけど、あまりにもダイレクトにそれが表現されているので、引っ張られすぎるというか。あとは、リストカットなどの血みどろの描写がきついのですよ。歌はとっても素敵でしたけどね。

正直、この症状がもっと進んだら統合失調症になるのだろう、と思うものを私は持っているのです。以前にここに書いた事もある白昼夢ですけどね、例えば頭痛がしているときにこめかみに拳銃を押し当てられているイメージが浮かぶ、みたいなものなんですけど、結局それは起こっている物事をすごく単純化したイメージな訳です。Aという事象が起こるためにはいくつもの原因があるのに、それをすっ飛ばして一番単純化したものが、私の白昼夢なんです。身体の状態を表したものはそんな風に猟奇的ですけど、心の状態を表したものは劇場仕立てなもので、またちょっと違うのですけど(笑)。こないだも息苦しかったらしくて、首を絞めるイメージが出てきたのですけど、別にそんなのが浮かんだからって私が誰かの首を絞めたい訳じゃないし、誰かに首を絞められている訳でもないのですよ。身体が勝手にそんな風に判断してしまっているだけで。

で、そんな風に勝手にぬるく統合失調症のメカニズムを考えていた身には、この映画の描写はとってもきつかったのです。いやはや、この映画の登場人物は架空の人ですけど、Cocco自身も似たようなものを持っているはずだし、それだったら生きてきたのは、生きていくのは辛いだろうなぁ、と。

ただ、とてつもなく共感できるところもあったのですよ。自分の知らないところで、自分の知らない人に、自分の子供を好き勝手にされるのは嫌だ、許せない、と子供を殺そうとしたシーンがあったのですが、子供を殺そうとする事の是非はともかく、その心情は非常によく分かるものでした。私は未だ母親ではないけれど、きっと私も母親になったら、そんな風に子供を愛するのだろうと。多分それは、世間的には全く正しくないのでしょうけれどね。

タイトルは、劇中の言葉です。「身体は生きろと言ってる」のを確かめるためにリストカットをするのですって。私自身はそんな依存症になりそうなものをした事はないし、する気もないのですが、ずっとずっと昔、同じように思った事を思い出しました。ずっとずっと昔、本当に生きていたくなかったとき、それでもお腹は空いたし、眠かったし、適当に眠ったら起きたし、で、身体は生きたがっているのだと思ったのでした。そうか、それなら仕方ない、と思って以来何年経つのやら。とりあえずきつかった割には、思った事の多い映画でした。

2012年5月2日(水) No.239


休み終わり

G.Wは引きこもって過ごしました。別に気力が尽きていたとかではなく、ただ単に出かけたいところもなかっただけなんですが。そしてとても久しぶりにこのHPのトップページを新しくしました。記録を見てみたら、なんと前回の更新は2006年。6年ぶりでした。

いろいろ忘れちゃってるところもあるし、写真をWeb用に低画質にしたら、なんか本当に画質が悪いしで、6年前と現在との技術の進歩などなどを思い、楽しい時間を過ごしました。

あれ?書く事が終わっちゃった・・・。うーん、私って本当に最近何もしていないし、何も考えてもいないんですね(苦笑)。とりあえず、平和な日々をご機嫌ハッピーで過ごしています。

2012年5月9日(水) No.240


日差しが強い

タブレットPCを買いました。二つ折りにできるタイプのものです。これでやりたかったのは、電子新聞を読む事でした。4月から紙の新聞を取るのを止めていたのですが、TVを見ないので、情報源といったらネットからだけになっていたのですよ。さすがにそれは片寄りがあるし、やっぱり新聞読まなきゃなぁ、と思っていました。

で、とりあえずそんなタブレットを買ってみて、電子新聞の購読の手続きも済ませて。アプリもダウンロードして。全国紙2紙を読んでみたのです。N紙はシンプルなレイアウトで情報量が多いような。読み切れない・・・。A紙はレイアウトが考えられていて読みやすいけど、夕刊がYou刊になっていて、同じ記事が配信されてるし。

こういうのって通勤に電車で2時間くらいかかる都会の人が使うツールのような気がします。私の通勤は車か自転車かバスなので、バスはともかく、車も自転車もタブレットを触る事などできない訳で、私が持つには意味のないものなのかな、とも思ってみたり。とりあえず少し重いものの紙の新聞に比べてかさばる事はなくなったので、当分楽しみます。

最近は日差しが本当に強いですね。頬が既に日焼け気味で、ちょっと困っています。日差し除けを期待して帽子をかぶって自転車に乗ってみたのですが、空気抵抗がひどくて駄目でした。私は片手運転ができないので日傘を差す事はできないのですが、日傘も空気抵抗がすごいでしょうね。これから夏というのに、今からこれでは、本当にどうしたものかと考えあぐねています。

2012年5月16日(水) No.241


金環日食と皆既日食

久々に自分の周りで、しかも仕事とは関係ない時刻に日食が見られるという事で、太陽を観察する適当なグラスを買い、楽しみにしていました。

実は私、今回の日食は金環日食であると言葉では知っていましたが、皆既日食であるかのように思い込んでいたので、当日のその時刻になっても外が明るいのを不思議に思ってしまいました(笑)

おっかしいなぁ、天岩戸状態になるんじゃないのかな、影があるし、はて?と思いながら観測はしましたよ。ちゃんと綺麗なリングになっているのが見えて楽しかったです。

そして観測を終えてそれから30分後くらいに出勤のために家を出ると、そのときにはもう太陽がぎらぎら。思えば確かに観測のために外に出ていたときには肌寒い感じだったし、そこまで紫外線や赤外線を感じなかったのですよね。別に私は紫外線や赤外線が見える目をしている訳ではありませんけど、なんとなく肌で感じるものがあるような。言葉で表すとそれが「ぎらぎらしている」という事なんですが。あれだけ隠れてもまだ明るいのもすごいですけど、隠れていたのが出てきたら、ぎらぎらしていたので、やっぱり太陽の力は強いなぁ、なんて思いました。

そういえばずいぶん昔、「白ける」だとか「白々しい」だとかの語源は太陽であるのだろうと思った事があります。もしかして違うかもしれませんが。ただ、夜明けの時刻、まだ朝陽が射さない時刻は、影がなくて、なんだかすごくのっぺりしていて、なにもかもが現実味がなくて、それまでやっていた事が興醒めになってしまうのですよ。太陽の力は大したものだと、そのときも思った事を思い出しました。

2012年5月23日(水) No.242


あっという間に

更新しなくなってあっという間に1ヶ月くらい経ってしまっていますね。ちょっと梅雨の湿度の高さにやられています。

なんかね、朝起きた瞬間から、だるくてだるくて、会社行きたくない・・・と毎朝思う始末ですよ。まあ結局ちゃんと行っているんですが。

一人暮らしを始めてから顕著になった事のひとつに、体調を崩す時期があります。梅雨入りの頃と秋口ですね。学校に行っていたときは体調不良が更に顕著だったのですが、とりあえず現在はそこまででも。毎年のように季節に振り回されるのが面白くないな、と思ったりもするのですが、仕方ないですね。

とりあえず私は無事ですよ、と。

2012年6月20日(水) No.243



お久しぶりです。

えー、実に久しぶりとなってしまいました。普通に生きています。

梅雨時の湿気にやられて、だるくてへばっていたのは6月から7月にかけて、の事でした。あまりにもだるかったので、こうして日記を書く事もできなかったのですが、一応生活を破綻させないためにもちゃんと3食食べて、SNSに日記を書こうと試み、一応2週間くらいは続いた、のかな。そうやって無理やりにテンションを上げたらなんとか体調も上向きになったので、元の自堕落な生活に戻っていたのですが(笑)

この夏は屋久島で休暇を過ごしました。1週間の夏季休暇を取り、屋久島に7泊8日滞在しましたよ。で、縄文杉を含めて何箇所かをトレッキングし、ダイビングと沢登りもしていました。海亀の産卵なども見ましたよ。

屋久島は、なんというか、人が多いですね。観光客だらけです。レンタカーもいっぱいでした。まあ私も観光客だし、レンタカーを使っていたのですが。

楽しかったです。今回は民宿に泊まったのですが、去年に比べたら私は、人と話す事がそこまで気負わなくても良くなっているのかな、と思いました。回復なのか新境地なのか、とりあえず私は以前に比べたら人と接するのにそこまで頑張らなくても大丈夫になっているようです。

そういえば、友人や職場の人たちに、屋久島に行ってくると話したところ、いいね、と大多数に言われました。自分が行くところは一般受けしないだろうという勝手な自覚があったのですが、どうやら屋久島は私のあずかり知らぬところで一般的にブームなのでしょうか。世界遺産だし、流行りなのかな?

さて、とりあえずまた適当に書いていきますので、宜しくお願いします。

2012年9月15日(土) No.244


どうにも

なんだかここに何かを書くのが難しい。。。

別になにかすっごく落ち込んでいるとか、そういうんじゃなくて、ただ単にPCを触る機会が減っているんですよ。その代わりにタブレットPCとスマートフォンを主にいじっています(笑)。そしてここの更新はタブレットPCからはできないのでした。

スマートフォンは、実はあまり使っていません。何でもできるくらい、何でも搭載されているハイスペックなものを買いましたけど、結局のところそれが通信機器である以上、外出先での電池切れは避けたいので、主に自宅で使っていますね。私はWi-Fiが使えるモバイル機器が欲しかったのでスマートフォンに買い換えたんですけど、別に今までどおりのケータイでも良かったくらいです。

という訳で主に外出先ではタブレットPCが活躍しています。例えばバスで通勤するときなどは、ダウンロードした音楽をイヤホンで聴きながら停留所まで歩き、バスに乗ったらやはりダウンロードしておいた電子新聞を読むのです。そんな事をしていると、全く退屈ではなく、実にいい感じです。特にイヤホンで音楽を聴くのは良いですね。ちゃんと自分に向けて話しかけられた声や警告音は聴こえるのですが、ちょっとした人の話し声や街中のざわめきが全く気になりません。なのでストレスを感じる事も本当に少ない。その代わり、周りに対して気を配っていない状態なので、多分危ないのでしょうね。何かがあったときに反応が遅れると思います。とりあえず、多少は周りに気を配りながら、都会人のふりをしていたりしているのでした。

2012年9月24日(月) No.245


清流

国民体育大会が始まったので、開会式をTVで見ていました。スポーツにはさして興味がないのですが、メイン会場が自室からまあまあ近くて通勤経路である事から、その大会がある事はしっかりと頭に刷り込まれていた事と、母がその開会式の余興的イベントに出た事から、とりあえず見てみようかと。

母はここ2年ほど、健康のためか、近所の運動をするところに通っていて、そこで太極拳もやっているのだそうで。太極拳の先生の教室の生徒たちがその開会式で太極拳をやる事になって、母も一緒に参加したという事なんですが。

なんか面白かったです。太極拳は、母がどこにいるのか、人数が多すぎてさっぱり分かりませんでしたが、開会式は、ブルーインパルスが飛んできたり、炬火(聖火ではない)リレーでは、47年前に最終ランナーを務めたという県知事が今度は第3ランナーで登場したり、各県の選手団の入場では旗だけでなく、花やぬいぐるみを掲げたりしていて、見ごたえがありました。あとは、式典前演技という、章だてで演じられるものもあったのですが、そちらも良かったですね。

という訳で、実に楽しく見ていたのですが、会社でそれを話しても、誰ひとりそれを見ていないというのです。まあ、そんなものかもしれませんけどね(苦笑)。そして私も、しっかりと開会式を見た割には、その後のスポーツの結果には全然注意を払っていないのでした。

さて、台風一過のあとには、巨大な十六夜の月を見ました。秋ですね。

2012年10月1日(月) No.246


100歳

またもや1週空いてしまいましたが・・・。

えーと、父方の祖母が亡くなり、葬儀に行っていました。ここには書いていなかったような気がしますが、祖母はこの4月で100歳で、各地にいる子供や孫や曾孫たちがお祝いに行っていました。私の家族も少し遅れて7月に会いに行っていたのです。祖母は100歳になったら表彰(?)されるから、と頑張っていたらしいのですが、その目標がなくなったらちょっと元気がなくなってしまったのだとか。

死因は老衰ではなく、心筋梗塞だそうですが、まあ100まで生きれば大往生でしょうね。それで、足の不自由な父と、世話役の母を乗せて高速道路を飛ばし、通夜と葬式に行ってきました。運転そのものはどうって事はないのですが、高速道路がトンネル三昧なので、ちょっと神経を使い、精神的に疲れました。

で、20年ぶりくらいに会ういとこ達とも交流してきました。子供の頃は関西弁でまくし立てる大阪に住むいとこ達に、すごくびびっていた記憶があるのですが、大人になった今となっては、どんな人とでも言葉を交わすのは容易い事です(笑)。酒も飲まずに普通に楽しくお話してきました。

何人かのいとこ達には、そういえば子供の頃もそんな話し方をしていた、と言われたのですが、私の話し方は変わっていないそうです。でも、私ってそんなに特徴的な話し方をしているのでしょうか?ちょっと自分では分からないのですが。それに、そういういとこ達の話し方が格別に自分と違うとも思えないのですが、はてさて。

とりあえず、これで4人の祖父母全員がいなくなってしまいました。これからはより身近な、親世代を見送る事が多くなるのだろうと考えると、なんとも嫌な気分になります。そういう話はできる限り、先送りにしたいなぁ、なんて。

さて、このところどこかに出かけたり人に会ったりしたかったのに、何故かそれができなかったのですよ。その原因はどうやら祖母の事だったらしいので、それがなくなったからには、また遊ぼうかな、なんて思っています。

2012年10月15日(月) No.247


甘い香りがそろそろ終わり

1週間前くらいは、金木犀の甘い香りがそこかしこに漂っていました。秋だなぁ、と思いました。バスに乗っていたときなどは、停留所の近くに金木犀があったらしく、甘い香りが車内に運ばれてきてなんだか素敵でした。

という事を1週間前に書きたかったのですが、なんだか時間が空いてしまい、既に甘い香りは終わりに近づいていますね。最近は寒くなってきたので、もうちょっと厚手の服を着ようとしたのですが、この時期ってどんな服を着てたっけ、と思い出せない始末。ぼんやりしすぎていますね(笑)

2012年10月29日(月) No.248


ジャンプ!

久々に会社の研修があり、3泊4日で研修センターに缶詰になっていました。なんだか今までで一番気負わずに人と交流ができた気がします。多分今私は、そんなにストレスになっている事がなくて、睡眠不足でもなくて、体調も悪くなくて、心身共に健康なのでしょう。だからそんなに頑張らなくても人と交流できるし、それが楽だなぁと感じます。逆に言えば、以前は無理にでもテンションを上げなくては人と接する事ができなかったくらい、平静時のエネルギーが落ちていたという事ですね。

さて、金曜日に研修が終わったのでそのまま旅行にでかけました。群馬県みなかみ町の温泉宿に2泊。そこでバンジージャンプをしました。あとは、谷川岳の紅葉を見に行ってみたら紅葉どころが既に雪景色だったり、土合駅というすごく地中深くにコンコースがある駅に行ってみたり、水上駅でSLを見てみたり、いろいろ。

バンジージャンプは、やってみたかったのですよ。ここのバンジージャンプは橋の上から川に向かって飛び降りるもので、景色が綺麗っぽかったので行ってみました。

勇気とかそんなものは全くなくて、ただネガティブな感覚を遮断しているだけの私は、ジャンプ台に立ったときも、飛び降りた瞬間も、全く怖くなくて、でも、だんだん落下速度が増してきて水面が近くなったときにようやく、もしかして怖いかも、と思ったのですが、その一瞬後には繋いでいるロープの長さに限界が来て落下は止まり、何回もバウンドして、そのGがなくなる浮遊感にきゃーきゃー悲鳴をあげ、逆さ吊り状態で救助され、終わったのでした。

面白かったし、楽しかったですよ。どうやら私はただ落ちるだけでは怖いとは思わないようですね。おそらく何か地面や水面にぶつかりそうになると怖いと感じるようで。なるほどねぇ、と思いました。

久々の旅行は楽しかったです。

2012年11月12日(月) No.249


途方にくれる

このところご機嫌に暮らしていたのですが、あるときいきなり死にたくなり、途方にくれていました。

死にたくなっても自分から自殺未遂などは絶対しないので、そこは安心してもらいたいのですが、なんだかひどい気分の落ち込みがあったのですよ。仕事も人づきあいも、普段と同じようにできるけど、素に戻った瞬間、どうすればいいのか分からないくらい、ひどい気分が続いていました。

どうすればいいのか分からなくて、なんでそんな気分なのかも分からなくて、ただひたすら、あれ?あれ?あれ?と困惑し、途方にくれました。まあだいたい3日間くらいで元に戻ったので良かったのですけど。

以前にお別れをした人の名前を目にする機会があったのですけど、その人の名前を見た瞬間、なんだか様々な感情が体中を駆け巡り、結果として何故か死にたくなるような気分になったのでした。私は確かに、その人の事を、許すもんかー!と気炎を吐いたりもしたけれど、それは全部終わらせたつもりだったんだけどな、と思ったり。

学校に行っていて忙しかった頃なら、忙しくて睡眠不足だから誤作動を起こす事もあるだろうという言い訳が自分に対してできたのですが、今となってはそんな言い訳もできないですね。セルフカウンセリングでもやった方が良いのかもしれません。

と、暗い話題を降っておきながら、私は今は別に普通なのです。きっと落ち込んだのは、日照時間の変化で、セロトニンの分泌量が減ったんだよ、と勝手な事を思ってみたり。まあ実際のところ、私は二十歳くらいのときにも気分の落ち込みが激しかったような気もするので、上手に付き合っていくしかないんだろうとも思います。ただ、既に感覚としては忘れてしまっているのですが、嫌な気分の渦中にあるときは、それに耐えるのは本当に大変なんですよ。こんなものが一生続くなら、死んだ方がいい、と結構簡単に思っちゃうくらいには嫌なものです。

そんな気分を久々に味わい、それとは全く関係なく、Twitterを始めました。メールなどしてもらえたらアカウントをお教えします。

2012年11月27日(火) No.250


34歳

ひとつ歳を取り、34歳になりました。

今回の誕生日は、星空登山と相成りました。

以前にお話をした人が、ときどき夜に登山をするのだと言っていて、仲間を誘うと最初は億劫がるけど、最後は星を見て感動するなどと言っていたので、是非私も連れて行ってください!とお願いしたのでした。

誕生日の1週間前の週間天気予報では雨だったのですが、なんだか天気がどんどん変わっていって、当日は晴れました。でも何故か山頂に着いた頃には雪雲が厚く空を覆っていてあまり星は見れなかったです。まあ、月は綺麗だったし、久々の山登りは楽しかったし、その後のお食事も美味しかったし、で、全体として楽しかったので良しとします。

それにしても、34歳かぁ、って感じですよ。別に歳を取る事を恥だとは思っていないのですが、なんだか全く成長できていないような気がして、うーむ、です。

そういえば、今年は誕生日の1日前が冬至でしたね。何年か前から長良川で冬至の夜にアートイベントをやっていると聴いていたので、今年は行ってみました。「こよみのよぶね」というイベントです。1から12までの数字の形をした提灯が屋形船にくっつけられていて、しばらくの間長良川に浮かんでいるのです。ただそれだけの事なんですけどね。見ていて楽しかったです。

いろいろあるけど、私は元気ですよ。

2012年12月24日(月) No.251



お久しぶりすぎますね。。。

気づけば1月も終わりに近づいていました。もはやちっとも近況報告とか生存確認といえなくなってしまったような・・・。

さて、何を書けばいいのかも全然分かりませんが、えーと。

最近はまた自転車に乗っています。実は車を当てられまして、今、修理に出しているのです。2週間くらいかかるとかで、修理そのものはすぐにできるのですが、代車が順番待ちといわれてしまったので、もういいや、と代車はなしで車をディーラーに置いてきたのでした。という訳で、これは自転車に乗るようにとの天の声と思う事にし、颯爽と乗っています。

でも今日は怖かった。前日からの雪が道路にまだまだ積もっていて、さすがに橋の上などは自転車を引いて、歩いて渡りました。だってつるつるに凍ってるんだもん。その横を普通のおじさんおばさんが自転車に乗って悠然と行き来しているのですが、私の実力では心許ないし、なによりスリップしたときの怪我が怖すぎる。なのでちょっと格好悪いけど、安全第一で。

あ、でも、1回膝をつきました(爆)。明日はきっと派手に内出血が広がっていると思います。

あとは・・・、来週の今頃は、北海道を旅行中です。今年は雪が多いらしいし、どのくらい寒いのやら。雪で飛行機や電車やバスが欠航や運休にならないように祈っててください。

2013年1月28日(月) No.252


ちょっと日記を続けてみます。

ちょっとここを書くのが億劫になってしまって放置してしまったので、少し習慣付けをしてみようと思います。

そういえば昨日雪で怖い思いをした自転車は、今日は普通に乗って帰りました。昨日の帰りは気力が萎えて、会社に自転車を置いて、バスで帰ったのです。で、今日の朝もバスで行き、帰りは自転車。どうにも普通の道を普通に走るのが怖いと身体が覚えてしまった感じなので、変な違和感があるのですよ。なにかびびってるような。へっぴり腰というか。気が進まずに、橋を渡るあたりから自室までは押して歩いて帰りました。普段、ネガティブな感覚をポジティブな感覚へ自動変換しているので、昨日の朝もスリルを楽しんだつもりだったのですけど、やっぱり怖かったらしいです。認識しなければ恐怖も何も、ない事と同じとしているのですが、一度身体に染み付いてしまった恐怖はなかなか拭うのが難しいですね。ゆっくりゆっくり、安全運転でもう一度自転車に乗らなければならないのでしょうが、歯がゆいです。

次の自動車保険をどうしようか考え中です。車を当てられたと書きましたけど、走行中の事故は、追突とかでないと被害者側にも多少の保険の負担が出てくるそうで、それはまあいいのですけど、私が車両保険を使いすぎているせいで、次の保険は今の保険を継続するのが難しいんですって。という事を代理店の人から聴いて、うーむ、と考えているのです。正直にいえば、面倒臭い。よきにはからえ、とか言って誰か決めてくれないかな、なんて思ってしまうのですが、そんな人はいないので、保険会社とやり取りをしなければ。いろいろ、面倒ですねぇ。

2013年1月29日(火) No.253


早速続けられていないですが。

昨日は帰宅して早々に眠ってしまいました。どうやら存外に疲れていたようです。

11月に会社の研修があったのですけど、ちょうどその後バンジージャンプをやったのですけど、その内容を支部の人たちに伝達研修で伝えるというのをやったのですよ。パワーポイントを使ったりエクセルを使ったりして、自分なりに分かりやすくまとめたつもりだったんですが、誰一人感想を言ってくれないので、本当はどうだったのやら。そして帰宅したらなんだか眠くなって眠ってしまったのでした。

なんだかねぇ、別に感想を言ってほしい訳じゃないけど、何も反応がないのは淋しいと思ってしまいます。私が普段、独りで能天気に生きているのは、人に何も働きかけをしていなくて、だから何も返してほしいとも思っていないからなんだな、とつくづく思いました。

2013年1月31日(木) No.254


うわ、3月

すみません。すっかりご無沙汰でした。

といってもここの更新が途絶えても、今となっては誰からも何も言われないので、気楽といえば気楽なんですが。うーん、ここは誰か読んでくれているのだろうか。

えーと、2月初旬にまたもや北海道へ旅行に出かけていました。今回は知床で流氷の上を歩き、釧路経由で富良野へ移動。そこでスキーとエアーボードをやりました。

寒いといえば確かに寒いのですが、装備をかなりしっかりしていったので、そこは全然大丈夫でした。が、北海道は室内の温度がすっごく高いのですよ。なので完全装備でホテルなどにいると暑くて気持ち悪くなってくる始末。かといって室温にあわせた装備のまま外に出ると寒い訳で。防寒のための上着などを脱ぎ着するのが大変でした。

さて、流氷の上を歩く、ですが。実に面白い体験でした。ドライスーツという水がしみてこないものを着て、氷の上を歩くのですが、ここが本当は海の上だというのがなんだか不思議で。自分の背より高い氷とかもあって、それが光の反射ですごくきれいな青色をしていて、素敵でした。あとは、氷の薄いところを割ってざぶん、と海の中に飛び込んでみたり。これが、本当に水がしみてこないのですよ。冷たくもないし。そういう訳できゃーきゃーはしゃぎ、楽しい思いをしてきました。

そして、富良野。富良野には一度行ってみたかったので今回行ってみたのですが、なんだか街中が「北の国から」とラブレインという韓国ドラマだらけでした。その中でとりあえずスキー。なんだか私、スキーが上手になったんじゃない?と自分で思ったのですが、多分傾斜角度が私の実力にちょうど合っていたのでしょう。もう少し急な傾斜になると途端にへっぴり腰になるのが自分でも分かったので、上手になったのは気のせいだろうと思います。

それから、エアーボード。大雪山なのか十勝岳なのか、実はそれをやった場所がよく分からないのですが、ゴムボートみたいなものにうつぶせに乗って、頭から滑り降りるものをやりました。パウダースノーが派手に飛び散って、綺麗なのですがすっごく濡れました(笑)。楽しかったのですけど、私は下手ですね。バランスをとるのが難しくて。そして滑り降りるのは一瞬なのに登るのはスノーシューを履いて1時間くらい。なので結構体力を使いました。

そうそう、今回は北海道までの往復は飛行機で、道中は電車とバスを使いました。それで釧路経由で知床→富良野まで行った訳ですが、途中の釧路湿原で普通に丹頂鶴や白鳥を見る事ができました。

あとは、、なんだろ。富良野ではB級グルメなのか町おこしなのか、富良野オムカレーという食べ物がありましてね。泊まったホテルの喫茶店にもそれがあったので食べてきました。

という、盛りだくさんな事をやってきていたのですが、すっかりここに書くのが遅くなり、今は3月ですね。なんとか更新できるよう、PCだけでなくスマホやタブレットでもここを書けるようにしてみたいと思います。

2013年3月4日(月) No.255


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